相談相手




──朝起きたら、女になっていた。


身体がふわふわ柔らかい。背丈はあまり変わらないが、全体的にひとまわり縮んだ気がする。胸がささやかながらあるし、造りも完全に女だ。


これは……どうしたらいいのだろう。


いつも冷静であれと幼い頃から教えられてきたが、さすがにこれには動揺を隠せなかった。

一体、自分の身に何が起こったのだろう。
散々考えたが、どう足掻いても自分1人での解決は無理だとの結論に達した。しかしこんな話、誰に相談すれば良いのだろうか。

キャプテンである円堂には、相談しても全く解決する気がしない。そもそも、円堂は性別なんて気にしなさそうだ。

本来ならば真っ先に監督に報告すべきなのだが、それにより練習や、下手をすると日本代表から外されるのではないかと思うとやや躊躇ってしまう。

こんな、恥ずかしくて嘘みたいな話も真剣に聞いてくれる、口の堅い信頼出来る奴──。


豪炎寺だ。


丁度今はFFI合宿中で、近くの部屋にいるし、豪炎寺の父親は医者だから、特異な症例等何か知っているかもしれない。

早速携帯で呼ぼうと思ったが、もしかしたら声もいくらか高くなっているかもしれない。
少し考えてから、メールを打つ事にした。


『今日の練習は体調の問題で休むと監督に伝えてくれ。あと、大事な話がある。出来れば練習前に部屋に来て欲しい』


我ながら愛想のない文章だと思ったが、メールが苦手なので仕方ない。
送信してから15分程すると、ドアがノックされ控え目に声を掛けられた。

「鬼道、俺だ。体調はどうだ。部屋に入っても大丈夫か?」

「ああ、入ってくれ」

ドアが開く音と共に、心配そうな顔をした豪炎寺が入って来た。普段と大した変わらない様子の俺を見て、安心したのかホッと息を吐いている。

「練習を休むくらいだからよっぽど酷いのかと思ったが、割と平気そうだな」

「心配かけてすまない。……その…」

「少し声がおかしい。風邪か?取り敢えずベッドに入れ」

やはり、声もおかしくなっているのか。自分では中々分かりづらいものだ。

「いや、風邪じゃない。その、驚かないで聞いてくれ」

向き直ると、豪炎寺は雰囲気で察したのか黙って続きを待っている。

冗談だと思われない様に、真剣にゆっくりと言葉を選んで。

「あ、朝起きたら女に…なっていた……」

全体的に小声になってしまったが、豪炎寺の耳には何とか届いた様だ。一瞬眉をひそめてから、不思議そうに首を傾げている。

「女になった、の意味がよく分からないんだが」

「だから、身体が…その…女に」

「別段、いつもと変わらないように見えるぞ」

やはり言うだけでは無理か。

確かに豪炎寺の言う通り、見た目にたいした変化はない。普段から殆どマントで隠れているし、元々体格も小柄な方だ。
でも造りが完全に変わってしまっている。どう説明したら伝わるだろう。

「口では説明しづらい。そうだな……触ってみてくれ」

「触る?どこをだ」


1番それと分かりやすい部分は──。


「胸、だな」

言えば豪炎寺が微妙な表情で、何か考え込んでいる。

「どうした?」

「もし、鬼道が本当に女に変わっているなら触れない」

何故だ?と視線をやれば、恥ずかしそうにフイと逸らされた。

「女子の胸に触るなんて失礼だろう」

答える豪炎寺は、微かに戸惑っている様に見えた。
女子に対する紳士的な態度には感心する。しかし幸か不幸か、自分は女子ではない。

「そんな事を言っていたら確かめようがないだろう」

面倒だ。

やや強引に豪炎寺の手首を掴み、掌を自分の胸に押し付ける。

「なっ!?」

「いいから、ちゃんと触って確認しろ」

「……っ、分かった」

おずおずと胸に当てられた手が移動する。やんわり確かめる様に揉まれて、思わずピクンと身体が揺れた。

「わ、悪い…痛かったか?」

「いや平気だ。どうだ、信じたか?」

確認できたであろう所で手首を解放してやる。
豪炎寺はサッと手を引っ込めながら、普段より小さな声で返してきた。

「何というか……正直よくわからない。男にしては柔らかい気はするが、それは個人差もあるだろうし」

ならば、どうすれば分かってもらえるだろう。信じて貰わなければ話が先に進まない。

「下も触るか?」

「っ馬鹿言うな!」

豪炎寺に、やけに強く止められた。そんな、向きになって怒らなくても良いと思う。
胸で判らないなら下を触るしかないだろう。それとも脱いだ方が早いか?

シャツの裾をたくし上げ、脱ごうとするとガッシリと手を押さえられた。

「……鬼道、お前何考えてる」

「脱いだ方が分かりやすいかと思ったのだが」

「だめだ」

あれもダメ、これもダメ。一体どうしろと言うのだ。

「なら、どうしたらいいんだ?お前の言う通りにするから、言ってみろ」

なかなか思う通りに話が進められず、苛々した。こんな事より元に戻る方法を早く相談したいのに。

大体、裸なんて部室で着替える時に散々見ている筈なのに、何をそんなに慌てているのだろう。

こちらの苛ついた雰囲気が伝わったのか、豪炎寺も少し憮然とした顔をする。

「どうしたも何も、大体、突然身体が女になるなんて医学的にまず有り得ない」


有り得ない?


「しかし現に…っ」

「夢でも見て、現実と混同しているんじゃないか?」

豪炎寺の、少し呆れた様な響きがショックだった。女になったとの告白を信じて貰えないどころか、更に疑われるなんて。


どうして。


何故信じてくれない。


「有り得なくても、朝起きたらなってたんだ!こんな事、誰に相談したらいいかわからなくて、恥ずかしくて、でも豪炎寺ならと思って呼んだのに……っ」

「鬼道?」

突然大きな声を出したせいで、豪炎寺が驚いている。だめだ、こんな感情的に責めてはいけない。豪炎寺は悪くない。

けれど悩んで悩んで、豪炎寺ならばこんな訳のわからない事態も親身に聞いてくれる筈だ、と思ったのに。

感情が高ぶって、朝からずっと堪えていた感情や不安が溢れた。




もし、このまま元に戻れなかったら?




「こんなの、どうしたらいいんだ!?お前すら信じないなら他の誰に言っても無駄だろうっ、笑われておしまいだ!」

こんなヒステリックに叫んで本当に女みたいだ。感情が抑えられない。

マズい、泣きそうだ。

「鬼道、落ち着け。信じてない訳じゃない!」

「嘘だ、信じてないっ!」

いつも真摯に耳を傾けてくれる豪炎寺から否定された事で、もう世界に独りきりの様な気持ちになって。

きっと誰も話を聞いてくれない。分かってくれない。

「もう、出て行ってくれ!」

「鬼道!」

「出て、け……っ!」

途端にぎゅっと抱き締められて、言葉が詰まった。少し痛いくらいの力に驚いたせいもある。

「落ち着け」

力はすぐに緩み、こちらの様子を窺いながらまるで子供をあやすみたいに背中をさすられた。

「……っ放せ…」

「鬼道は嘘は言わない。それはよく分かってる」

離れようと押しても、豪炎寺の身体はビクともしなかった。

「信じてない様な事を言って、すまない。鬼道はひとりで不安だったのに……気付けなくて悪かった」

豪炎寺の言葉に、身体中の力が抜ける。

「……ッ、…う…」

豪炎寺の肩に額を当てると、我慢していた涙がぼろぼろとこぼれた。
朝からずっと最悪の想像ばかりしてしまって、不安で怖くて、心細かった。無理に何とか虚勢を張っていただけだ。

何度も"すまない"と繰り返す豪炎寺に、大丈夫だという意味を込めて首を振る。

「鬼道、一緒に戻る方法を探そう」

一緒、という言葉が胸に響いた。1人じゃないのだという事が、少しだけ不安を軽くする。

豪炎寺に相談したのは間違いではなかった。

「……頼む…」

「ああ」

迷わず頷き、絶対に大丈夫だと力強く背を抱く豪炎寺を、いつになく頼もしく思った。





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