昨夜の事は




起きたら玄関にいた。

頭の下にはきちんと枕が敷かれ、身体には掛け布団がかけられていたところを見ると、豪炎寺に大分迷惑を掛けた様だ。

「……っ、痛て…」

飲み過ぎて頭がズキズキするし、平らな床で寝たせいで、身体もギシギシと痛む。
軽く肩を回したり伸びをしながらリビングへ向かうと、ソファーに小さな塊がある。タオルケットを身体に巻き付けて、豪炎寺が小さく丸まっていた。

そっと近寄ると、ソファーの前のテーブルに二日酔いの薬と水の入ったグラスが用意されているのに気が付いた。

俺が玄関で寝ちゃったから、心配して部屋で寝れなかったのかもな…。

ふと、目尻が赤く頬に泣いた跡があるのが気になった。

ホームシックか?

中学生がたった1人で未来に飛ばされて、そりゃあ不安だろう。

やっぱり飲み会なんて断って傍にいてやれば良かったな、と思いながらタオルケットを掛け直そうとして。

不意に目を奪われた。


首筋に色濃くついた赤い痕。


昨日までこんな痕はなかった筈だ。

豪炎寺は出来るだけ未来の事は知りたくないと、この部屋から出ない様に過ごしていた。
何かの拍子で未来が変わらないように、細心の注意を払っていたのだ。

だとしたら、 思い当たるのは1人しかいない。



昨日、俺は酔った勢いで豪炎寺に何をした?



まさか、無理矢理?
いや、玄関で寝ていたのに、そんなはずない。でなきゃ困る。

けれど、身体の関係はなかったとしても、この首筋の痕と涙は明らかに自分のせいだろう。

泣かせる様な酷い事を言ったりしたのだろうか?

中学生の豪炎寺は、小さくて一生懸命で、なにより寂しがりで可愛くて仕方なかった。
いっぱい甘えさせてやろう、抱き締めてやろうと思っていたのに、よりによって泣かせるなんて。

昨夜の事を詳しく聞きたいけれど、すやすやと眠っている豪炎寺をまだ起こしたくはなかった。

取り敢えず、テーブルに用意されていた薬を口に含み水で流し込む。不味い。

テーブルにグラスを慎重に置いたが、小さな物音に豪炎寺を包むタオルケットがぴくりと揺れた。

「…ぅ…ん…、円堂…さん…?」

「悪い、起こしたか?」

まだ完全に目が覚めていないのか、トロンとした瞳が幼い。

「いえ……、体調は大丈夫ですか」

「ああ、迷惑かけたみたいで悪いな」

「迷惑……?…っ!」

突然バッと身体を起こし、完全に目が覚めた様子に、これは絶対に何かあったな、と直感する。

「豪炎寺、俺、お前に昨日何かしたか?」

「覚えていないんですか?」

「……面目ない」

おそるおそる豪炎寺の様子を窺うと、口元に手を当て何やら考え込んでいる。

「豪炎寺?」

「……何も、なかったです」

「え…?」

「何もなかったです。帰ってきて、円堂さんが玄関で寝てしまっただけです」

スッと豪炎寺の瞳が冷めた色を帯びた。

「いや、隠さなくていいから教え…」

「何もありません」

きっぱりと拒絶すら感じさせる口調に、言うつもりはないのだとの決意が表れている。

「だから円堂さんは安心して下さい」

明らかに様子がおかしい。昨夜の話題をあからさまに避けている。そんなに酷い事をしたり言ったりしたのだろうか。

「嘘、つかないでくれよ」

「嘘なんて…」

なにより距離を置く様な態度が寂しい。

「それ、やったの俺だろ?」

「……それ?…な…っ?」

バッとタオルケットを引き寄せ、首元を隠していたがもう遅い。

「俺、お前に何をしたんだ?」

「……あ…、何も」

そっと隣に座るとビクリと身体を揺らしている。嫌がられているんだろうか。

「教えてくれないか?なあ、頼むよ」

タオルケットの上から手を回し、抱き寄せる。

「……っ」

「嫌いになった?」

「…え……」

「酷い事されて、俺なんか嫌いになったか?」

「そんな、ことは…」

おどおどと視線を彷徨わせながら、何とか距離を取ろうと手を突っ張らせている。

「さっきから俺の目を見ない」

「っ…別に…」

「嫌いじゃないなら、こっち向いてくれないか」

「…っや……です…」

見るのも嫌なのか?

「豪炎寺」

「いや、です!」

頑なに拒絶する豪炎寺に、ここまでさせてしまう様な事をしたのかと、悲しくなった。
何をしたのかは覚えていないが、余程傷つけたのだろう。


豪炎寺に嫌われちゃったな。


「ごめんな」

嫌がっているのに、無理に聞き出す事は出来ない。頭を軽く撫でて、もういいよと、豪炎寺から身体を離す。

「円堂さん…?」

「ごめん。少し頭冷やしてくる」

「えっ、待って下さ…っ、円堂さん…!待って、違う、ちがうから…っ」

ソファーから立ち上がり、豪炎寺の制止も振り切り部屋を後にする。



少し外の空気でも吸って、冷静になろう。



頭の中は昨夜の反省と後悔で占められていて。だから部屋を出る時かけられた豪炎寺の声の悲痛さも、気付く事は出来なかった。






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