同棲生活




何日か経つと、元の世界で自分は行方不明扱いになっていたりしないだろうかと、少し不安になってきた。

学校や家族、なにより円堂の事が心配で落ち着かない。

そんな俺に大人な円堂は「こっちの豪炎寺が上手くやってるだろうから、大丈夫だ」と、ニッと笑った。

結局、いくら心配しても今の自分にはどうしようもない。10年後の自分を信じて、それ以上は出来るだけ考えない様にした。

こっちの俺の職場や家族には、既に円堂さんがフォローを入れてくれていた様だ。

それにしても、この人は本当にここで一緒に暮らすつもりらしい。このマンションから仕事に出掛け、終わると当たり前のように帰ってくる。

朝、見送りに行けば玄関先でキスされて。両頬に、額にと決まった順番にする癖から、いつもしているの事なのだろうと推測する。


奥さんにか、未来の自分にかまでは分からなかった。


帰宅は大体午後6時前後で、2人一緒に夕飯を食べる。
円堂さんは早く帰って来たら、食器並べを手伝ったり、後ろから抱き締めたりしてきた。

何度、調理中は危ないと言っても離れようとはせず、2日目にして止めさせる事は諦めた。

「豪炎寺ー」

「はい」

「今日、一緒に寝よーぜ!」

「嫌です」

「ごーえんじー」

なんて子供な人だろうと思った。
しかも彼は自分に対して、タイムスリップする前とほぼ同じに接しているらしい。

10年後の、愛人である自分と同様に。

「なあ、豪炎寺は俺が嫌いか?」

「そんな事は…」

「だって、あんまり目を合わせないだろ?」

「円堂さんの気のせいじゃないですか?」

正面からなんて、見れるはずがなかった。

中学の頃と変わらない真っ直ぐな瞳をみれば、罪悪感で押しつぶされそうになる。

未来の自分は、円堂の幸せを妨げている。

不倫なんて関係は早く解消して欲しい。円堂は優しいから、別れたいと言えなかったのかもしれない。


ぎゅうっと胸が苦しくなる。


こうして、数日一緒に暮らしただけでも痛感した。
10年後の自分は、本当にこの人が好きなのだ。

部屋にある料理本には、どれも円堂の大好物のページに開き癖が付いていた。
作る時、彼を喜ばせたい、美味しいと言って欲しいと思いながら作っている自分を想像しただけで切なくなる。

「どした、豪炎寺?」

「何でもありません」

少し黙ってしまった俺に、円堂さんが心配そうに声を掛けてくる。

「ならいいけど。そうだ、何か元に戻れそうな気配とかあるか?」

「特には……」

「そっか。ま、せっかくだし、こっちでの生活楽しめよ!きっとすぐ帰れるさ」

「はい」

帰れるだろうか。それにもし帰っても、今まで通りではもういられない。

円堂とは別れる。手遅れになる前に、何とかしてこの未来を変えなければならないと思っていた。

中学生の、ままごとみたいな…けれど幸せな恋人ごっこはもう終わりだ。

「豪炎寺、こっちに来いよ」

「何ですか?」

「ほら」

いつの間にか居間のソファーに座っていた円堂さんが、手招きをしている。近寄れば自分の隣をポンポンと叩いて視線でここに座れ、と伝えてくる。

「いえ、まだ食器を洗っていないので…」

「そんなの後でいいから、ほら」

「……」

仕方なく言われた通り隣に座ると、すぐにスルリと身体に腕が巻き付いてくる。ぎゅうぎゅう抱き締められ、頭を撫でられた。

まるで恋人のじゃれ合い、みたいな。

従順にされるがまま、あたたかい腕に守られて。こんな毎日を送れば、確かに彼とは別れ難くなるだろう。
心地いいし、なにより甘えられるのが嬉しい。癒してあげられている、と錯覚してしまう。


流されて、しまう。


と、脇腹をさわさわ撫でられて、思わず高い声が出た。

「…っあ!…え、円堂さん、擽ったい…ので…」

「知ってるよ」

「っなら、やめ…て下さいっ」

わざと、とか!

非難の視線を向けても、手の動きは一向に止まらない。脇腹からスルリと下へ移動し、腰骨の辺りを執拗になぞる。

「ちょ……や…め」

「気持ち良いとこ、全部知ってるぜ」

「っ!?」

「豪炎寺が好きなとこも、な」

「ふ、ざけないで下さい!…もう洗い物しますっ」

勢いをつけて腕を振り切り、足早にキッチンへと向かう。

円堂さんが一瞬垣間見せた艶っぽい眼差しに、ドキリとしてしまった。
欲望を映した瞳に、身体がじわりと反応する。


あの人は違う。円堂だけど、円堂じゃない。


自分に必死に言い聞かせて、動悸が治まるよう洗い物に集中する。

「豪炎寺、怒ったのか?」

すぐに円堂さんがキッチンに顔を見せた。

「怒ってませんっ」

「怒ってるじゃん。……ふざけてごめんな?」

つい可愛いくってさと、後ろから抱きつきながら謝ってくる。
ふざけてた…のか、やっぱり。

「怒ってないです、から」

これ以上、傍に寄らないで欲しい。自分の中の何かが、おかしくなりそうで。

「豪炎寺、何もしないから今日一緒に寝ようぜ?」

「嫌です」

「後で枕持ってくな!」

「……話を聞いて下さい」

本当に子供みたいだ。

「豪炎寺が何でもダメダメ言うから」

「そんな事は…」

「一緒に寝るのも、風呂入るのも」

「だめです」

「ほらな?だから返事は聞かない事にした」

「…っ…だめに決まってるでしょう?円堂さんには…お」


奥さんが。


「お?」

「お…れが、10年後の俺が…いるでしょう?」

怖くて言えない。聞けない。

「豪炎寺は豪炎寺だろ?」

揺らぎない愛しむ視線に、居たたまれなくなる。違う、俺はあなたの"豪炎寺"じゃない。

「俺にも、中学生の円堂がいますからっ」

そうだ、俺には円堂がいる。こんな大人な人じゃない。違う、から。

「真面目だなぁ」

「円堂さんが不真面目なんです」

「ひどいな」

中学ん時こんな厳しかったっけ、と困ったように頬を掻きながら笑うその顔は、自分の知る円堂と全く変わってなくて。


また胸の奥が、ドキリとした。






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