ただいま




円堂さんに触れられながら、身体の中で何かざわざわと違和感を感じる。
きっとじきに元の世界に戻るのだ、と薄ぼんやりと理解して。

「円堂さん」

「……ん?」

呼ぶと荒く呼吸しながらも動きを緩めて聞いてくれる。

「好きです……、どんな事があっても」

もし他の人と結婚していても、不倫の関係だったとしても、タイムスリップしても。

「豪炎寺?」

何歳でも、いつの時代でも。

「っ……、好き…だから…」

それを忘れないで欲しい、これからも未来の自分の傍に居て欲しい。

お願いします、と懇願すると、円堂さんは一瞬切ないような表情をしてから、俺の耳元に唇を寄せて呟いた。

「──…っ、そんな事言われたらヤバい」

「え……、ぁ!」

途端に動きを再開され何も話す事は出来なくなってしまったけれど、気持ちは十分に伝わったようだった。

「ひう、ッ……ぁ、奥や、ぁん…っァ、あ!」

「悪い、手加減出来ない」

「あ、ぁ……ぅ…っふ」

「ごめん、な」

最奥をがつがつ突かれ身体が揺れて、涙がこぼれた。これまでとは違う、気遣いや遠慮のない動き。

今までは優しく守るように、快感を引き出す様に触れていたのに、今は中学の時と同じだ。そんな円堂さんの余裕のなさが嬉しかった。
身体に触れる手は性急で荒々しくて、でも想いが真っ直ぐ伝わってくる。

豪炎寺、と何度も呼びながらキスを求めてくる様子は何だか可愛くて、もう年上だとか大人だとかは気にならなかった。円堂は円堂だ。

全部受け止める。

弱い部分を容赦なく責めたてられ、身体が絶頂に震えて。
意識を手放す寸前、身体がスッと落ちるような、後ろに引かれるような感覚がした。



ああ、戻る。



自分を呼ぶ円堂さんの声が小さく遠くなってゆくのを聞きながら、身体に満ちる不思議な浮遊感を受け入れてゆっくりと目を閉じた。



*



目が覚めたとき、隣には円堂がいた。幼くあどけない寝顔は、中学生のそれだ。
枕元のデジタル時計を見れば、日付は未来を見たいと願ったあの日のまま。

戻ってきた。いや、全て夢だったのか?あんなに鮮明に感情も感触も憶えているのに。

再度隣に視線を戻すと、円堂はすやすやと気持ち良さそうに眠っている。あまりにも無防備な顔を見ているうちに、何だかもう夢でもタイムスリップでも良いか……と力が抜けてしまった。

「ただいま」

随分長い間離れていた気がして、そっと呟きながら円堂の頬に触れると、んんっと呻きながら身動ぎしている。

ふにふにとした感触が懐かしくて気持ち良くて起こさない程度に触れていると、円堂の口からうわごとのように小さく声が洩れた。

「豪炎寺……さん…」

「!」



──ああ、お前も。



という事は、きっとあれは本当に俺たちの10年後で、夢じゃなかったのだ。

勿論これからの自分達の行動によって幾多に変化はするだろうけれど、それでも星の数程ある可能性の中に、男同士だからと諦めなくて良い、円堂の隣にこれからもずっと居られる、そんな幸せな未来がある事がとても嬉しい。

「10年後も、よろしくな」

起こさないよう小声で囁きそのまま隣に寄り添いながらふと手首を見れば、いつ切れたのかミサンガが無くなっていた。

夕香から貰った大切なものを無くしたというのに、何故か笑みがこぼれる。



願い事は叶った。



手首に触れながら10年後での日々を思い出して、改めて隣で眠る円堂に視線を移す。そして思った。

目を覚ましたら、どんな夢を見たのか詳しく聞かせて貰おう。10年後の自分とどんなふうに過ごして、どんなキスをしたのか、と。

嘘を付けない円堂が、赤くなりしどろもどろに言い訳する様子が容易に想像出来る。

口元が自然と綻ぶのを止められないまま、早く目が覚めれば良いのにと円堂の指に自分のそれを絡めて軽く握り締めた。



*



「おかえり!」

「……ただいま」

目が覚めると元に戻っていた。すぐ横に居るのは未来を約束した恋人だ。

「中学生の豪炎寺、可愛いかったぜ!修也あんなだったっけ?」

「守も不器用で一生懸命で可愛いかった。余裕がない所は今と変わらなかったけどな」

タイムスリップを目の当たりにしても取り立てて騒ぐ訳でもない様子に相変わらずの順応性だと感心していると、さらさらと前髪を撫でられる。

「?」

「いや、この髪型も好きだけど、前髪上げてると豪炎寺って感じがするなーって思ってさ」

「切った方が良いか?」

「うーん、いや!このままで」

そういえば"邪魔じゃない?"と向こうでも聞かれたな、と中学生の円堂との会話を思い出していると、突然力一杯抱き締められた。

「守?」

「中学生の豪炎寺がさ、何があっても俺を好きだって。修也の傍にずっと居てって」

「そうか……」

あっちの円堂も同じ様な事を言っていた。そんな2人なら、きっとこれから訪れるどんな障害にも負けないだろう。

「俺、死ぬまで修也と離れないから!」

「ああ……頼む」

本当に大袈裟だ。死ぬまで、とか。

ふと枕元に目をやると、見慣れない物が落ちていた。赤とオレンジの鮮やかなそれは既に切れていて、中学の時無くしたものだ。


こっちに落としてたのか。


切れたミサンガを拾い上げながら思う。
これがあったから今がある。可能性を信じて、希望を失わずに円堂の傍にあり続けられたのだ。

ぎゅうぎゅうと子供の様に抱き付いたままの恋人を空いた手で撫でてやりながら、10年前の自分達に思いを馳せて。



そっと、ミサンガをサイドボードの引き出しに大切にしまった。



END






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