歪な関係 鬼道と宿舎に戻ると、円堂が大喜びで迎えてくれた。 心配をかけた事を謝り、これからもサッカーを続けると伝えると、ニッコリと笑って肩を叩かれる。 「誰よりもサッカー好きなくせに、もうやめるなんて言うなよなっ!」 「ああ」 手放しで喜んでくれる円堂の顔は、眩しくて正面からは見れなかった。 とても口には出来ない約束で、ここに戻ってきたのだから。 * 「先に言ってくれ」 「何がだ」 宿舎へ戻る途中の居たたまれない雰囲気の中、突然鬼道から言われた。 「…っまた、ああいった事が…その…したくなったら」 「……っ」 「早めに言って欲しい。心の準備が、必要なんだ……頼む」 「…わかった」 そんな事はもうしない、と言えない自分が情けなくて恥ずかしかった。 鬼道は自分を好きでいろと言った。最悪、我慢できなければ、抱いてもいいとまで。 けれど、わかっている。 本当は死ぬ程嫌な筈で。俺に触れられるのは、あの夜を思い出して怖いだろう。 ……傷つけたくない。 出来るだけ耐えて。普通に振る舞って。 近くには寄らないよう、ただのチームメイトとして接しよう。2人きりには、絶対にならない。 もう、鬼道だって不用意に近付いてきたりはしないだろう。 今後の鬼道との接し方を考えながら、少し離れて隣を歩く鬼道を見ると、ぱちりと目が合う。 「……何だ」 「っいや、何でもない」 少し眉を顰め、訝しむ様な顔をしている。 俺に見られるのすら、嫌なのだろうか? 「そうやって溜め込むから、最後にはあんな事になるんだ」 「……っ、!?」 突然、胸ぐらを掴まれ、グッと引っ張られる。 抵抗する間もなく、柔らかな感触が唇に当てられた。 「──…っ!?な?」 頭の中が真っ白になる。 鬼道に、キスされた? 「豪炎寺、最初に言っておくが、正直俺はお前に抱かれたくない。あんな辛い思いはもうごめんだ。……だから、ああなる前に出来れば欲求は解消して欲しい」 「…解消っ…て」 鬼道は、何を言っているのだろう。 「キスくらいなら構わない。だから、溜め込まないで早く言え。対処は早い方が軽くて済むだろう?」 「……」 そんな、無茶苦茶な理論で片付く様な事じゃない。鬼道は何も分かっていない。 キスなんて煽るだけだ。ともすれば、引き金にだってなりかねないのに。 「…あと、キスする時は出来れば俺からしたい。されるのはまだ、少し怖いんだ…」 抱かれたくないからキスをするなんて、矛盾している。 鬼道は、人を好きになった事がないのかもしれないと思った。 「……鬼道は、酷いな」 小さく呟いた声は、鬼道の耳には届かずにアスファルトに落ちた。 「何か言ったか?」 「何でもない」 無自覚に人の心を乱す鬼道に、考え違いを一から説明する気にはなれなかった。 * おかしな関係だった。 鬼道は、俺が落ち込んでいる時や必殺技が上手く出来ない時などに、慰めるようにキスをしてきた。 エサをやる感覚なのだろう。定期的にキスしておけば、身体までは要求されないと考えている様だった。 正直、苦しかった。 唇が触れるたび、抱き締めたい衝動に駆られる。けれど、与えられるキスには、恋愛感情など微塵も含まれていないのだ。鬼道は俺にサッカーを続けさせる為、義務でやっている。 分かっているのに、好きな人からのキスを拒めない自分も情けなかった。 気持ちの籠もらないキスは心をどんどん傷つけて、するたび胸が切なく震えた。 鬼道との関係は、いびつで、ガタガタで、もう耐えられそうになかった。 * 3週間が経ち、鬼道はもうキスする事に抵抗がなくなった様だった。練習中や休憩時間に、隙を見つけては触れてくる。 なんて無邪気で、残酷なんだろうと思った。 練習終わりに木陰で唇を触れ合わせた後、そっと鬼道に告げる。 「鬼道、もういい」 「何がだ?」 「もう、キスはいらない」 「…っ、しかし…それでは…」 その先を要求されるのではと、あからさまに警戒心を露わにされ胸が痛い。 「明日、したい」 「何を…だ」 「わかるだろう?」 「…っ…それは」 やはりキスさえしていれば、その先は求められないと安心していたのだろう。 「嫌か?」 「……いや、構わない…」 構わないと言いながらも、鬼道は落ち着きなく視線を彷徨わせ、両腕で自らをぎゅっと抱き締めている。 わかっている。 1度した約束を違える事が出来ない、鬼道はそういう性格だ。 たとえ、どんなに嫌な事だとしても。 そんなに拒絶しないで欲しい。最後にするから。想うのも、欲しがるのも、もうやめるから。 鬼道を、諦めるから。 「明日、家には父さんも夕香もいないんだ」 「……そうか」 「練習後でいいか?」 「ああ…」 沈痛な面持ちの鬼道を見ると、辛くなった。見ていられなくなり、会話を切り上げ鬼道の元を後にする。 心の中で訴えた。 明日で最後にする。だから拒まないでくれ、と。 ←→ |