許せない




信じられない。豪炎寺があんな事をするなんて。
衝動的な行為なのかは分からないが、全く理解も同情も出来ない。

豪炎寺に無理に開かれた身体は、どこもかしこも軋むように痛んだ。
けれど、それ以上に心が痛い。


親友だと思っていたのに。


裏切られた。

やめて欲しいと何度も何度も言ったのに。痛くて、怖くて、男としてのプライドをズタズタにされて。

あんな、卑劣な行為許される事じゃない。許すつもりもない。

見損なった。
豪炎寺の事を親友として、チームメイトとして信頼していただけに、精神的ショックは大きかった。


翌日、翌々日は熱がでて丸々2日間、練習も出来ずベッドで寝て過ごす事になった。

激しく痛む身体に、赤く泣き腫らした目で皆と練習するわけにもいかなかったので、止むを得ない。

何気なく手に視線をやれば、戒められていた手首の擦過傷がまだ薄っすらと赤く残っている。思い出すだけで涙が滲んだ。

鮮明に植え付けられた恐怖で浅くしか眠れない上に、見るのはいつも悪夢ばかりで。
こうして部屋に居ても、豪炎寺が訪ねて来るのではと思うと、廊下を歩く足音すら怖かった。

トラウマになっているのが自分でもわかる。あの夜の行為が時折フラッシュバックし、体が勝手にガタガタ震える。

それと同時に、思い詰めた顔の豪炎寺を嫌でも思い出した。



あんな感情を剥き出しにした豪炎寺は、見たことがない。



あれだけの事をして、挙げ句の果てには言い訳の様に、俺が好きだなんて言っていた。


好きだなんて、信じられる筈がない。


好きな相手に、あんな酷い事が出来るものだろうか。

そもそも、豪炎寺には最近極端に避けられていた。それを問い質す為に、部屋まで行ったのだ。
どちらかというと嫌いだからした、と言われた方がまだ納得できる。

どちらにせよ、もう理由なんてどうでもよかった。知りたくないし、今後一切関わりたくもない。

豪炎寺の部屋を出る直前、かなり傷つける様な言葉で罵った事も思い出した。怒りにまかせて、酷く突き放した言葉をぶつけた気がする。

豪炎寺はただ黙って頷いて、すまないとだけ繰り返していた。今頃、後悔しているのだろうか。


たとえしていたとしても、許す事はできない。


ただ、サッカーを奪うことだけは出来なかった。
豪炎寺の真っ直ぐなサッカーへの情熱は知っている。一緒にプレーすれば、嫌でもわかるのだ。サッカーが好きで、そして誰よりも才能に溢れている。



なにより、豪炎寺のサッカーが好きだった。



こんな、思い出すだけで身体が震える傷を負わされても、サッカーだけは一緒に出来たらと思わせる程に。



*



「鬼道、入っていいか?」

練習を休んだ2日目の午後。コンコンと鳴ったドアにビクンと身体が揺れたが、聞こえてきた声は円堂のものでホッと胸を撫で下ろす。
同時に、こんなに怯えていて豪炎寺と一緒にプレーなど出来るだろうかと不安も覚えた。

「ああ、構わない」

ガチャリとドアを開け入ってきた円堂は、やけに沈んだ顔をしている。

「どうした?」

昨日に比べればまだましな、軋む身体を起こしながら問う。

「鬼道、おととい豪炎寺と何かあった?」

「…っ!!?な…にを……」

血の気が引いた。
なぜ、あの事を円堂が?まさか豪炎寺がばらした…!?いやそんなの有り得ない。豪炎寺にとっては隠したい事の筈だ。

「鬼道?」

「……いや、特に何も。軽く話しはしたが……どうしてだ?」

冷静に、取り乱さずに。
心臓がドクドクと早鐘を打ち、身体が熱い。

問えば、円堂が苦しそうに下を向いている。手に持っている手紙の様なものを握りしめ、潰してしまいそうだ。

「……っ」

「円堂?取り敢えず力を抜け。その手紙、ぐちゃぐちゃになるぞ」

「…っ豪炎寺が」

「豪炎寺が、何だ?」

その名前を聞くだけでも少し動揺してしまう。

「サッカー、やめるって」

「なに?」

「日本代表を降りるって……!」


サッカーをやめる?


「理由は…?」

「わかんないんだ…、何度聞いても、もう決めたの一点張りで……」

俯いた円堂は、悔しそうに握り締めた手紙を見つめている。

「…その手紙は」

「今日の昼に豪炎寺から渡された。監督に渡して欲しいって」

「見せてみろ」

円堂に握り締められヨレた封筒から、手紙を取り出す。
中には少し角張った丁寧な字で、日本代表を降りる事、また突然の辞退を詫びる言葉が書かれていた。みんなが世界一になれる事を心から祈っている、との文で手紙は終わっている。

「鬼道はさ、ここ2日間体調崩して休んでたから分からないだろうけど」

「?」

「豪炎寺、練習中も近寄れないくらい鬼気迫った感じでさ。虎丸に技とか、たくさん教えてて。何か様子が変だと思って聞いても、答えてくれなかったんだ」

「そうか…」

「なのに、今日午前中の練習が終わったら突然手紙渡されて……日本代表を降りる事にしたから、チームを頼むとか…言って」

「……」

あの夜の事が原因だ。
そうとしか考えられない。

「でも豪炎寺、苦しそうだったんだ」

「!」

「苦しくて、辛くて、上手く言えないけど……全部、何もかも諦めた感じがして」

「諦めた…?」

「絶対あいつ、サッカーやめたくない筈なんだ!いくら考えても納得できなくて、今もう1度説得しようと思って豪炎寺の部屋行ったんだけど」

「ああ」

「…でも、……もういなかった……っ」

「何っ?」

「部屋に、荷物とか何もなくて……っ」


豪炎寺が居ない?


「外出しているんじゃなくてか?」

「違う……ボールもユニフォームも、何もなかった…!」

「豪炎寺…」

関わるなと言ったせいなのか、罪悪感からなのかは分からないが、明らかに原因は自分だ。

「……鬼道、具合悪いのにごめん。でも、相談できるのは鬼道しかいなくて。大事にしたら豪炎寺が戻りづらくなるだろ、だから」

さすがキャプテンだ、きちんと配慮すべきところは押さえている。

「円堂、その手紙はまだ監督に見せるな。……俺が豪炎寺を説得して連れ戻す。それまでは、もし皆に何か聞かれても適当に誤魔化しておいてくれ」

「わかった!ありがとな鬼道」

「礼は、連れ戻してからにしてくれ」

「ああ!」



もう部屋から出ていったなんて、豪炎寺の行動の早さには舌を巻く。
きっと自宅にいるはずだ、行けばインターホン越しに会話くらいは出来るだろう。

サッカーをやめろだなんて、言った覚えはない。サッカー以外で関わるなと言ったんだ。

豪炎寺に会いたくない、怖い、という気持ち以上に、サッカーをやめるという選択に怒りを感じる。

無責任にも程がある。俺達は日本中の中学生の希望を背負い、代表に選ばれなかった者達の意思を継いでいるのに。

1、2発殴らなくては気が済まない。

説得出来るかはわからないが、もし駄目なら脅してでも連れ戻す。俺にした事を思えば、逆らえないだろう。

ふと思う。

放っておけば豪炎寺には2度と会わずに済む。怯える事もなく俺はサッカーを続けられる。

どうして説得しに行くのだろう。

サッカーをやめると聞いて、こんなにも腹が立つのは何故だろうと思う。はっきりとは分からない、けれど。



豪炎寺のサッカーが見られなくなるのは嫌だ。



こんなことで潰れて欲しくない。



まだ痛む身体を苦々しく思いながら、タクシーを拾い豪炎寺の自宅の住所を告げた。






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