近づかないで




暫く一方的に鬼道を避け続けた、ある日。

とうとう耐えきれなくなったのか、鬼道が夜中に突然部屋に訪ねてきた。
控えめなノックの音が、部屋に響く。

「豪炎寺、ちょっといいだろうか」

急な来訪に、動揺してうまく対応できない。
こんな夜更けに、鬼道と2人きりになりたくない気持ちがさらに焦りを生み、満足に追い返す嘘すら思いつかない。

「っ悪いが…もう遅い。明日にしてくれないか」

「今、話したいんだ。時間は取らせない、失礼する」

こちらの都合などお構い無しに、鬼道は勝手に部屋に入ってきた。

ゴーグルはしておらず、Tシャツにジャージとラフな格好だ。滅多に見れない赤い瞳はひそめられ、苛立ちを顕わにしている。

散々避けられ続け、更に今もまた追い返されそうになったのだ、当然だろう。

「……出て行ってくれ」

「きちんと話を聞くまでは、帰らない」

「……っ」


頼むから、帰って欲しい。


話す事など、話せる事などなにもない。
お前が傍にいると性的興奮を覚えるだなんて、誰が言えるだろうか。

「最近、お前は俺を避けているだろう?その……俺は何か、気に障る事をしてしまっただろうか?」

教えてくれと、怒るのではなく諭すような声で問う鬼道を、真っ直ぐ見れない。

鬼道は悪くない。

それだけに、何も言葉が見付からなかった。答える事も出来ず黙っていると、おい聞いてるのかと、距離を詰められた。

「…っ、こっちに来るな!」

咄嗟に肩を掴もうと伸ばされた腕を、強く払いのけてしまう。ばしんと乾いた音が、やけに大きく部屋に響いた。

触られなんてしたら、タガが外れてしまう。ただでさえ、この状況なのに。

「なん…で…」

手を払われた事に少なからず動揺しているのか、鬼道の声が震えて弱々しくなった。

もう、ハッキリつき放すしかない。

「……嫌、なんだ」

「!」

「鬼道のそばに居ると、イライラする。こうして、練習後にまで干渉されるのも、ハッキリ言って迷惑だ」

「…っ!突然、なぜ…」

「突然じゃない、前からずっと思っていた。鬼道とは性格的に合わない」

鬼道に嫌われてしまえば。そうすれば離れられると思った。なのに。

「……前から、なんて……。そんな、最初に雷門に誘ってくれたのは…お前じゃないか…っ」

「……昔の事だ」

「っ今まで、嫌いなのに…無理してた…のか…?」

「……」

「ずっと…か…?」

「ああ」

だからもう出て行ってくれ、と続けようとした、その時。思いもよらない事が起きた。

少し歪められた赤い瞳から、涙が溢れる。瞬きをする度に次々とそれは頬を伝って、いくつかは床にぱたぱたと落ちた。



そんな顔を、されたら。



心音がドクドクと、やけに大きく響く。他の音が何も聞こえない。

鬼道の涙を見た瞬間、夢や妄想の中で犯され泣き叫んでいた鬼道の顔と、それとが重なって見えて。



ぎりぎり保たれていた理性は、一瞬で跡形もなくなった。



ただ静かに涙を落とす鬼道を引き寄せ、強く腕の中に抱き込む。無防備な身体は、あっさりとそれを許した。

腕の中で驚きながら見上げてくる瞳に構わず、何か言おうとした唇を強引に奪う。

想像通りの柔らかな感触に、思考が霞んで抑制が効かなくなる。


嫌がる声も、熱い身体も、夢と同じなのだろうか。


確かめたい。


抑えていた欲望に逆らえない。




もう、止まれなかった。








- ナノ -