溢れる感情は




はじめは、チームメイトとして信頼をよせていた。

標準よりは少し小柄で、しかし力強いボールを蹴る頭脳派プレーヤー。同じ妹を持つ兄としても、親近感を抱いていた。

一緒にプレーをするうち次第に仲は深まって、親友と呼ばれる程距離は縮まり、いつも円堂と共に3人で居ることが当り前になった。

その頃からだ。

鬼道のふとした仕草に、いちいちドキリとする。
肩や腕にポンと軽く触れられただけでも、心安らかではいられなくなった。

鬼道の部屋に行った事があるという、円堂の言葉が妙に引っ掛かったり、鬼道がチームメイトと単にふざけあっているだけでも、気になって集中できない。

なんだか心がもやもやとして、そんな自分は少し嫌いだった。

きっと親友が取られたみたいで、少し面白くないだけなんだと思っていた。……思いたかった。


けれど。
夜中にベッドの中で鬼道を想像して自らを慰めた時、もう自分の気持ちから目を逸らす事も、誤魔化すことも出来なくなった。



鬼道の事が、好きだ。



いつの間にか、自分の中で鬼道は親友を越えていて。

恋愛感情を自覚すると同時に、ゾッとした。
鬼道にそんな気持ちを抱いている自分に嫌悪感が募り、罪悪感は比例するように増していく。


信じたくない。こんなのは違う、鬼道を裏切っている。


何故鬼道を好きになったのか、自分でもまるで理解出来ない。別段、これといった瞬間があったわけではなかった。
今まで同性を好きになった事も、好かれた事もないのに。


自分は、男としてどこかおかしいのではないかと不安になる。


誰にも、相談出来なかった。


同性が好きだなんて、とても明かせない。
けれど、1人抱えるにはあまりにも重たくて。とても自分の感情を直視できない。客観的に見れない、こわい、どうしていいかわからない。

こんな、誰も認めてくれない、自分すら認められない感情はどうにかして無くしたかった。

けれど、消そうとすればする程、忘れようとすればする程、鬼道を欲する気持ちは止められなかった。




鬼道を想う気持ちは、じわじわと身体と心を侵食する。
日中、鬼道の事ばかりを見て、気にして。夜も、眠れば幾度も鬼道を犯す夢を見た。

夢の中で行われる行為は1度として合意の上ではなく、いつも鬼道は嫌がり泣いていた。自分の意識の中に、鬼道に好かれるという事が想定出来なかったせいかもしれない。

鬼道が、男である自分に恋愛感情を抱くはずがないと分かっていた。だから、最初から望まずに諦めて。

そのかわり、夢だけでなく想像でも何度も鬼道を組み敷いて、喘がせた。
やめてくれと懇願する姿を思うだけで、体はゾクゾクと熱く反応した。
想像の中ですら、鬼道に求められる事は1度もなかったけれど。



鬼道が、欲しい。



一方で、際限なく膨らみ続ける自分の欲望に怯えた。もし、現実であんな事をしてしまったら。



それだけは、なんとしても避けなければならない。



次第に、鬼道の隣に居る事が苦しくて辛くなった。傍にいると、嫌でも自身の醜い部分が露わになる。

鬼道を穢してしまっている気がして、正面から顔も見れなくなった。
出来るだけ視界に入れない様に、接触しない様にと可能な限り距離を取ってしまう。


近くに居たくない。


手の届く範囲に、居てはいけないと思った。
昼休みや下校時を別々に。出来るだけ離れて。

俺の態度に気付いた円堂に、鬼道とケンカでもしたのか?と問われても、たいした事じゃないんだと適当に笑って誤魔化す事しか出来ない。

例え相手が円堂でも、こんな醜い自分を曝け出す勇気はまだなかった。

円堂が気付いているくらいだ。聡い鬼道は、とっくに自分が避けられていると分かっているだろう。
このまま避け続けて、もしサッカーに支障でも出そうものなら、容赦なく詰問されるだろう。鬼道は公私混同を嫌う傾向にある。

いつ問われるだろうと、鬼道の一挙手一投足にビクビクしてしまう。
断罪されるのを待ち続ける日々は、ひどく神経をすり減らした。



誰よりも好きな鬼道が、何よりも怖かった。






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