もっと知りたい 部屋のドアをノックする音に返事をすれば、やけに焦った豪炎寺の声がする。 来るかも、とは思っていた。 一方的に距離を置きたいと言い放って出てきたのだ、どういう事か問い詰めに来たのだろう。 「鬼道、入ってもいいか?」 「別に、構わない」 まだ心の準備は出来ておらず、どう説明したら良いのかも分からない。 けれど門前払いなんてしたら、余計にこじれると思った。 慌しく部屋に入ってきた豪炎寺は、開口一番に謝罪を口にした。 「鬼道、すまない!」 「…え…?」 どうして豪炎寺が謝るのだろう。本当なら、俺が謝らなければならないのに。 「鬼道の気持ちも考えず、嫌な思いをさせてしまって」 「…嫌な…思い?」 「泊りたい、と言ってくれたのに俺は…」 「っ!?……あ…」 豪炎寺の遠慮がちな表情から、すぐに分かった。気付かれたのだ。遠回しに豪炎寺と寝たいだなんて言った、醜い自分の欲望に。 「鬼道?」 「…っ、ちが…そんな意味じゃ…」 違わない。 けれど、あまりにも恥ずかしくて、認められなかった。その気のない相手に悟られ、気遣われる程惨めなことはない。 「鬼道…?」 「違うっ…、俺はそんな事っ」 今更そんな事、気付かれたくなかった。 豪炎寺が好きで、本当に好きで付き合ったのに、まるで身体ばかりが欲しくて仕方が無いみたいな。 抱かれる事でしか気持ちを確認できない様な自分を、晒された気がした。 豪炎寺が好きなのに、一緒にいるだけじゃ満足できない。優しく笑ってくれるだけじゃ足りない。好きだと何回言われても、言葉だけでは満たされない。 本当に好きなら、きっと一緒にいるだけで幸せだと感じる筈なのに。 自分は、どうして。 こんな自分の浅ましさが、許せなかった。 「泣くな、鬼道」 「……っ、いや…だ…、見るな」 いつのにか溢れていた涙を、豪炎寺が拭おうとする。泣き顔を見られたくなくて、腕で顔を覆って何とか避けた。 もう、いやだ。豪炎寺を求める自分が、気持ち悪い。消えてしまいたい。 「鬼道、俺が悪かった。きちんと説明するから……泣き止んでくれ」 「……っ、…」 恥ずかしい。自分の欲望が暴かれて、もう顔を上げられない。 「鬼道が好きで」 豪炎寺は俺の肩をさすって慰めながら、ゆっくりと話し始める。 「傍にいられるのが本当に嬉しくて、ちょっと浮かれていたんだ」 「……っ、…」 「鬼道の事がもっと知りたくて、夢中になってしまって、いつの間にか鬼道の気持ちをないがしろにしていた」 夢中?興味が薄れたのではないのか? 問うように顔を上げ豪炎寺に視線を向けると、濡れた頬をそっと撫でながら続ける。 「鬼道に興味が無くなるなんてあり得ない。もっと知りたい」 「…だって…全然触らな、かった…」 好き過ぎて一緒に居るだけで満たされてしまったんだと、済まなそうに言い訳をする。 俺はそれでは満たされない。全然足りない。 思った事が顔に出てしまっていたのか、豪炎寺に更に重ねて謝られた。 「すまない。ずっと、前から本当に好きで……でも叶わないと思って諦めていたから、受け入れられて、それだけで胸がいっぱいだったんだ」 「なら、もう満足か?」 傍にいるだけで満たされるのなら、もう触れたりはしないのだろうか。 「まさか。俺がそんな聖人君子じゃない事は、鬼道が1番良く知っているだろう?」 豪炎寺が、少し苦笑している。まだ1番最初の時の事を気にしているのだろう。 「でも、今はもうしたくないんだろう?だったら…」 「したくない訳じゃない。ただ、それより普段の鬼道の事がもっと知りたかった。俺は…その、無理矢理身体の関係から入ってしまったから、色々と順序を飛ばしているし……」 「順序?」 「手を繋いだり、一緒に遊びに行ったり、そういうお互いの事を知る期間があまりなかったから、もっといろんな鬼道を知りたくて」 やはり、恋人をやり直してくれていたのだ。豪炎寺は、俺の事を知りたいと思ってくれていた。 「飽きたり、興味がなくなった訳じゃないんだな……」 「不安にさせて、すまない」 「……よかった…」 ここ1ヶ月の悩みが解消され、ホッと胸を撫で下ろしていると、少しからかう様な表情の豪炎寺に軽く上を向かされた。 「むしろ、鬼道の事をもっと知りたい。……例えばどんな味がするのか、とか」 途端に、ぺろりと涙を舐め取られる。一瞬の出来事で、反応が出来なかった。 「しょっぱい、な」 「あ、当たり前だ!」 「ならこっちは?」 反論する間もなく落とされた唇は、柔らかくて確かにしょっぱかった。 「…味、した…か?」 「1回じゃ、よく分からないな」 優しく何度も繰り返されるキスは次第に甘くなり、久しぶりの豪炎寺との触れ合いに、我も忘れて夢中で応えた。 触れれば、分かる。豪炎寺も俺を欲しいと思ってくれている。求めても、いいんだと。 後頭部を支えられ、奥まで口内を舐め上げられる。かと思えば、舌でちろちろと上顎を擽られて、思わず高い声が洩れた。 激しくなる口付けに豪炎寺に必死に掴まりながらも、更に深く唇を合わせようと舌を絡ませて。 「ん……ぅ、…は…ぁ」 息苦しさから口を離せば、細く引いた糸がプツリと切れた。 ドキドキして、息が苦しくて、もう我慢できない。 「ご、豪炎寺…っ」 もっと、したい。足りない。 「何だ?」 「部屋に、泊まっていかない…か?」 今度の誘いは、明確な意思を視線で伝えて。 「もちろん。と言いたい所だが」 「……だめ、か?」 「鬼道とするには、その…色々と必要だから、やはり俺の部屋に泊まりに来てくれないか?」 少し情けなく笑いながら、でもこちらの身体まで気遣ってくれる優しさが豪炎寺らしい。 「もう、我慢…できない」 わざと煽る様な言葉をかけて困らせると、ほんのり頬を染めた豪炎寺が、誘惑を堪えるみたいに小さく呟く。 「俺だって、今すぐしたい……」 熱っぽく欲望で揺れる瞳に見つめられて、酷くゾクゾクする。暫くこんな豪炎寺は見ていなかった。 ああ、俺は豪炎寺の自分を欲しがるこの表情が好きなのだと再確認する。情けない顔も、優しい顔も、全部好きだ。 「なら、お前の部屋までは我慢するから、気持ちよく…してくれ」 「──…っ、あまり挑発すると、後で後悔するぞ」 豪炎寺の、余裕のない声が嬉しい。もっと、もっと俺を欲しがればいい。 「1ヶ月も我慢したんだ。期待している」 お互いに視線を絡め、どちらからともなく、またキスをする。軽いつもりがつい深くなってしまって、中々先へ進めない。 これで最後とやっと唇を離すと、少し離れた豪炎寺の部屋へ何とか場所を移した。 ←→ |