好き、ということ 豪炎寺の部屋に泊まりたいと、そう言うのがやっとだった。 昔から、様々な事を我慢して欲しがらずに生きてきたのだ。自分から求める行為に慣れていない。 抱いて欲しいなんて、自分からはとても言えなかった。 結局豪炎寺には意味すら伝わらず、それどころかベッドは使って良いだなんて気まで遣われた。 馬鹿みたいだ。完全に空回っている。 それにあの時の、豪炎寺の顔。 恋人と一夜を過ごす、ではなく、可愛がっている親戚の子が泊まりに来る、みたいな顔をしたのだ。 ショックだった。この温度差はどうだろう。 求めているのは自分ばかりだと、思い知らされて。あまりの惨めさに、もう豪炎寺の部屋には居られなかった。恥ずかしげもなく自分から誘って、躱された。 しかも、動揺から言わなくていい事まで言ってしまった。 距離を置くなんて、今の自分達には逆効果な気がする。こんな、自分に興味の薄れた豪炎寺と離れたら、本当に友人に戻ってしまう。 もう友人じゃ、足りないのに。 もしかしたら、普通付き合ってから暫くは、身体の関係など持たないのかもしれない。 豪炎寺とは、付き合う前に既に2度もしてしまっている。明らかに普通じゃない。 きっと、豪炎寺はやり直してくれてるのだ。きちんと手順を踏んで、大切にしてくれているのだと、そう思うしかなかった。 何にせよ、自分が感情に任せて心にもない事を言ってしまったのだから、早く謝らなければならないと頭では分かっている。 けれど、どうしてあんな態度を取ったのかと問われても、上手く説明出来そうになかった。 触れられないと不安、だなんて。 我ながら随分と浅ましいと思う。けれど、豪炎寺に優しく抱かれた時の事を思うと、今でも胸がドキドキするのだ。 多分、あれがきっかけで豪炎寺を好きになった。 あの時、本当に愛されていると肌で感じたから。どんな言葉より心に響いた、だから。 また、して欲しい。実感させて欲しいと思ってしまう。 ──これでは、俺は豪炎寺の身体目当てで付き合ったみたいだな。 好きなら傍にいるだけで満足なのが普通で、欲しいと思う方がおかしいのか。 相手を好きになるという事が。 もう、分からなかった。 * 鬼道が出ていって、暫く呆然として動けなかった。 俺が、鬼道に興味がない? どういう事だ。 鬼道とは、ここ1ヶ月特に問題なく過ごしてきた筈だ。興味だって、なくなるどころか更に増している。 けれどさっき部屋から出て行った鬼道は、何だか複雑な表情をしていた。 口調は強かったけれど、声には寂さや諦めが滲んでいて。 どうしてだろう。鬼道は部屋に泊めて欲しいと言い、自分はそれを快諾した筈だ。 鬼道と少しでも長く一緒に居たかったし、そう鬼道も思ってくれていたのが嬉しかった。 恥ずかしそうに泊めて欲しい、だなんて言うから可愛くて抱き締めてしまいそうなくらいで。 そこまで考えてふと、そういえば、と思う。 最近、鬼道を抱き締めたりしただろうか? 手に触れるくらいはしたかもしれないが、抱き締めたりキスしたりは……していない。 傍にいられる事が嬉しくて、特にスキンシップについては意識していなかった。 もしかして、付き合ってから今まで何もしていない? 先程の鬼道の様子を思い出す。 泊めて欲しい、と何度も言い淀みながら、頬を染めて一生懸命伝えてきて。 まさか、"そういう意味"で言っていたのか? 求めてくれていた? だとしたら、鬼道が必死の思いで言ってくれた誘いを、俺は笑って断った事になるのではないだろうか。 鬼道はベッドで俺は床に、なんて、鬼道には「お前とはそんな事をするつもりはない」と伝わったかもしれない。 だから、興味がないと思われた? だとしたらこの1ヶ月、俺は鬼道をずっと無意識に傷つけていたのだろうか。 正直、ずっと好きだった鬼道に気持ちが通じた事が奇跡みたいに思えて、それだけで満たされた気になっていた。 それに、知りたかった。 普通のプロセスを飛ばして付き合う事になった為、鬼道の事をあまり詳しく知らなかった。 本当なら、話したり出掛けたり、もっと相手の事をたくさん知る期間があり、それから付き合うものなのだろうが、生憎俺にはそれがない。 知っているのは、サッカーをしている時の鬼道と、抱いている時の鬼道だけで。 浅い表面部分と深い一部分、両極端で僅かな鬼道しか知らない自分は、恋人として薄っぺらに感じた。 だから、やり直していた。ささやかな発見が嬉しくて満たされて。欠けた部分を勝手に埋めようとして、結果的に鬼道を傷つけた。 何より自分の中にはまだ、鬼道を無理矢理抱いた負い目があり、想いが通じた今でもまだ、あの時の行為は許されるべきではないと思っていて。 どこか無意識に、触れる事を避けていたのかもしれない。 いてもたってもいられず、部屋から飛び出した。鬼道に、一刻も早く謝りたい。 あの鬼道が、自分から部屋に泊まりたいだなんて、どれだけ悩んでいたのだろう。言わせてしまった自分が情けない。 きちんと説明して、お互い話し合わなければならない。このまま距離を置かれて、最悪別れるなんて、絶対に嫌だと思った。 ←→ |