もう1回好きに




乱れた心を落ち着けて、そろそろ寝ようと思った頃には、もう深夜1時を過ぎていた。
寝る前に軽く水を飲もうと、部屋から出て。


動けなくなった。


「…き、どう」

部屋を出てすぐの所に、マントにくるまり蹲っている鬼道がいた。
ドアの開く音で気付いたのか、ゆっくりと顔を上げる。

「……豪炎寺…」

どうしてこんな所に?あれから、ずっといたのか?

聞きたい事は山程あったが、取り敢えず腕を掴み立ち上がらせる。氷のように冷たい腕に、ドキリとした。

手足が固まってしまったなと呟く鬼道は、軽くフラついている。

「……鬼道、お前なにを…」

「豪炎寺が中に入れてくれないから、ドアが開くまで待っていた」

俺が寝てしまっていたら、朝までこうしているつもりだったのだろうか。

「いくら冬じゃないと言っても夜中にそんな格好で何時間も、体調を崩すだろう!」

Tシャツとハーフパンツにマントを羽織り、ゴーグルは外して首に掛けている。

目元が少し赤い。

「……心配してくれるのか?」

「当たり前だろう!試合だって近いんだ」

「試合……か。そうだな」

何だろう。
少しやつれたように見える。最近ちゃんと正面からまともに見ることが無かったから、分からなかった。

「鬼道、お前少し痩せたか?」

「どうだろうな…、計ってないから分からないが」

弱々しく微笑む鬼道を目の前にしては、もう帰れと追い返す事は出来なかった。

「……取り敢えず、入れ」

「ああ」

部屋に入る様に促しながらも、一定の距離を保つ。


出来るだけ、近づきたくない。


ベッドに腰掛けた鬼道は、黙って膝の上で組んだ手をジッと見つめている。

何か、大切な話があると言っていた筈だ。

「鬼道、話とは?」

「あ、ああ……もう、部屋に入れて貰えない時点で結論が出てしまったんだが……」

「何だ」

「…豪炎寺はもう、俺が嫌いなのか?」

「な…に…?」

「あの日から、ずっと距離を置いているだろう」

あの日。
俺の家で鬼道を抱いた、2回目の日の事だ。

「……別に、そんな事は」

予想外の問いに、上手く答えられない。

「つまらなかったか?」

「え?」

「俺なんか抱いても……つまらなくて、だから…嫌になったのか……」

「何、言って…」


意味がわからない。


「俺が気持ちに応えないから、だからっ…」

「鬼道?」

「──…っもう、俺を好きじゃないのか?」


どうして、そんな事を聞くのだろう?


好きに決まっている。けれど、それを言っても鬼道には迷惑なだけで。

鬼道の質問の意図が読み取れない。

「もう好きじゃなかったら、何なんだ?」

「好きじゃ、なかった…ら…」

「だったら?」

「……っか……い」

「…?」




「……もう1回……好きに、なってくれ…」




赤い瞳から涙が落ち、前で組んでいた手の甲に当たってはじけた。

「鬼道、それはどういう…」

「今更、遅過ぎる…が、豪炎寺が好き…なんだ」

鬼道の言葉を理解するのに、ずいぶん時間がかかる。

「…好、き…?」

「もう1回好きに…なんて、無理って分かっている…っ、けれど…」

こぼれた涙を拭うように目元に腕をやる鬼道を、ただ呆然と見つめる。


信じられない。


鬼道が俺を、好きだと言った。
自分を無理矢理犯した相手を、好きになる?そんな事、有り得るだろうか。

「同情か?」

「違う…っ」

同情じゃないなら、2回目のあれが。あんな風にされるのは初めてで、だから俺の事が好きだと勘違いしているのではないだろうか。

「抱かれたのが初めてだったから、そんな気になってるだけだろう」

「違うっ!!ちゃんと好き…だ、…好き……なのに」

気持ちを否定されショック受けた鬼道を見ても、告白を信じるには至らない。

「鬼道が俺を好きになる筈がない、信じられない」

「……どう…したら、信じる…?」

「……証拠は?」

自分で言ってて、笑ってしまう。証拠なんてある筈がない。好きとか嫌いとか、形のあるものじゃないのだ。

言葉や行動でしか示せないから、どれだけ相手に信用されているか、しているかにかかっている。

もちろん、鬼道の事は信用している。けれど、これだけは無理だ。

「しょうこ…」

鬼道が、何を思ったのかベッドから立ち上がった。一定の距離を保っていた俺の前まで歩いてくると、服の胸元を軽く掴む。

「鬼道?」

「証拠、だ」

「…!?」

軽く服を引かれたかと思うと、もう唇を合わせられていた。

鬼道には交換条件の下、何度もキスをされている。

けれど、ゆっくりと気持ちを流し込むように交わされるキスは、今までのどのキスとも違った。

一方的にただ与えるのではなく相手を労るように、それでいて欲しがるように触れる。

鬼道が顔を傾ける度に、唇の隙間から小さく吐息が洩れた。

「……ん…、っ…」

ちゅ、と軽い音を残して離された鬼道の唇は濡れていて、思わず目を背けてしまう。


信じ、られない。


これは、現実なのだろうか。


「信じて…くれる、か?」

「…っキス…くらい、もう何度もしただろう…」

どうしても認められない俺の様子に、悔しそうに唇を噛んだ鬼道がポツリと呟いた。

「……したい」

「?」

「豪炎寺と、したい」

「!」

主語がなくても鬼道の含みのある言い回しで、そういった行為を指しているのだと分かる。

「……っ、今度は…ちゃんとしたい…」

「ちゃんと…?」

「次、ああいう事をする時は…豪炎寺にも気持ち良くなって、欲しいっ…」

「!」

「好きだから、俺だけじゃ…嫌、なんだ……っ」

頬を染め、恥ずかしさを噛み殺しながらも必死に訴える鬼道の瞳は、真剣で。

何とか気持ちを伝えようと、一生懸命言葉を選んでいる。



本当に?



鬼道が俺を……好き?



あんなに焦がれて、あんなに拒絶されて。

好きで、でも辛くて遠くざけた。

その鬼道が。

黙り込んだ俺を怒ったと勘違いしたのか、鬼道が焦って言い訳をしている。

「あ…違っ…、その…ただしたいだけ、とかではなくて…っ」

「もういい」

「…っ!ごうえん、じ…?」

戸惑う鬼道を、無言でギュッと抱き締める。
驚いた鬼道は最初されるがままだったが、しばらくして背中にそろそろと手を回してきた。

ゆっくりと宥めるように背を撫でられて、ようやく自分が震えている事に気が付く。

「…っ鬼道が、好きだ。ずっと…好きだった……っ」

震える声で、2度目の告白をする。

1度目は、気持ち悪いと撥ねのけられた。


2度目は──


「……俺も、豪炎寺が好きだ」


伝わった。


「……好きで好きで、あんな事までする様な男で…いいのか?」

あんな卑劣な、こと。

「……優しくしてくれれば、いい」

「きど、う?」

「やる事は同じだろう?だったら、優しくしてくれ。気持ち良い方が……好き、だ」

穏やかな声に羞恥を滲ませながらも、鬼道はきちんと答えてくれた。

自身ですら許せなかった醜い自分を、受け入れられて。

もう、声にならなかった。

「……っ、…」

「豪炎寺、お前は自分を責め過ぎだ」

慰める様に鬼道に背中をさすられているうちに、いつの間にか身体の震えは治まっていた。

まるで子供みたいで少し恥ずかしいなと思っていると、不意に身体を離され、神妙な顔付きの鬼道に視線を合わせられる。

物言いたげな、瞳。

「どうした?」

「豪炎寺、その……今まで、気持ち悪いとか、恋愛対象にならないとか、酷い事をたくさん言ってすまなかった…」

「…鬼道」

俺のした事に比べれば、そんなのは大した事じゃない。けれど、鬼道はそうは思わないのだろう。鬼道らしい。

本当にすまなかったとぺこりと頭を下げる鬼道に、顔を上げるよう促す。

ゆっくりと顔を上げ俺を見る鬼道は、眉が下がり困ったような表情をしている。

そんな顔も、可愛い。

「許してくれるのか…?」

「当り前だ」

「……よかった」

「鬼道こそ、大げさ過ぎる」

「いや……、ずっとこの事をお前に謝りたかったんだ……」

ようやく言えた……と、ふわりと微笑む鬼道が。



あまりにも愛しくて。



優しくしてくれ、と言われたばかりにも関わらず、力いっぱい抱き締めた。









最低も最悪も、受け入れて







 Love conquers all
(愛はすべてを克服する)



END



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