気づいた事




豪炎寺とは、やはりタイミングがずらされているのか、2人きりにはなれなかった。

既に声を掛ける事も出来ないまま、1週間が過ぎている。

虎丸をとても可愛いがっている様子に、嫉妬して。頭を撫でてやっているのを見れば、胸はさらに激しく痛んだ。
円堂とふざけあっているのを見るだけでも、苦しくなる。


そんなに、見せ付けないで欲しい。


こんな事を思う自分に、心底嫌気がさした。
もう、最近では豪炎寺と一緒の空間に居るのも苦しくて、食堂でもなかなか食事が喉を通らない。

このままでは体調を崩して、下手をするとサッカーに差し障る。


この俺が恋煩い、なんて。


あまりに似合わない単語に苦笑してしまう。こいわずらい。
自分がこんなに精神的に弱いだなんて、思っても見なかった。

豪炎寺ときちんと話をしたいのに、「もう好きじゃない」と言われるのが怖くて、なかなか自分からは積極的に話しかけられない。



人を好きになるって、苦しいんだな…。



こんな辛い思いをしてまで自分を好きでいてくれたんだなと、豪炎寺の事が少しだけ分かった気がした。

しかも、相手に想いを返されない苦しさに加えて、自分は傷つける様な言葉をたくさんぶつけた。


それこそ、嫌われてもおかしくない程に。


好きだと伝えて「気持ち悪い」と返された時、豪炎寺はどんな気持ちだっただろう。
きっと、激しく打ちのめされた筈で。

動揺していたとはいえ、なんて酷い事を言ってしまったのだろう。

自分は、本当に何も分かっていなかった。きっと豪炎寺を無意識にたくさん傷つけた。

もう許しては貰えないだろうか?



苦しい。逢いたい。謝りたい。



こわい。



傷つくのを恐れて豪炎寺に向き合えない自分は、なんて弱くて小さいのだろうと思った。



*



「豪炎寺!」

練習が終わり部屋に戻る途中、円堂に後ろから声をかけられた。

「円堂か、どうした?」

「あのさ、ちょっと相談があるんだけど……今から部屋行ってもいいか?」

「?……別に構わないが」

よかった、と笑ってついてくる円堂を見て、不思議に思う。俺に相談なんて珍しい。大概、鬼道や風丸にしているのに。

部屋に着くなり、円堂は俺のベッドに遠慮なく座り口を開いた。

「鬼道、おかしくないか?」

「は?」

「最近、鬼道の様子が変なんだよ。気付かなかったか?」

予想もしていなかった相談内容に、少し驚く。


鬼道の様子が変?


ここ最近は、鬼道を見ない様に意識的に視界から外していたので、全く気付かなかった。

「体の調子が悪いのか?」

「そういうんじゃなくて。うーん…、多分精神的なものっぽいんだよなー」

「精神的?家で何かあったとかか?」

円堂は少し考え、言い淀む様な様子を見せた後、遠慮がちに口を開いた。

「いや……多分さ、豪炎寺じゃないか?」

「え…?」



俺が、原因?



「最近、鬼道とちょっと距離置いてるだろ」

「そんな事は、ない」

まさか、円堂に見抜かれるなんて。そんなあからさまに目立つようにはしていない筈なのに。

「………」

「な、なんだ」

円堂の丸い瞳に、じっと見つめられる。心を見透かされそうで居たたまれない。

「2人の事だし、豪炎寺がそう言うんなら仕方ないけど……、でも」

「?」

「俺、嫌だからな」

「何がだ」

眉を寄せた円堂の瞳が、悲しそうに少し歪む。

「お前と鬼道が仲悪いの、スッゲーやだ」

「!」

やだ、なんて子供みたいな事を随分ハッキリと言う。

「信頼して傍にいて、支えんのが仲間だろ!だから、離れるとかは嫌だからな?」


何も言えなかった。


鬼道から、離れるつもりだった。何より、あれ以来鬼道も何も言って来ないので、この関係で納得しているものだと思っていた。

「………」

「鬼道はさ」

「?」

「お前が日本代表を降りるって聞いたら、すぐ説得しに行くって出てったんだぜ」

体の調子も悪いのにさ、と思い出したのか少し呆れたように笑っている。


初めて聞いた。


てっきり円堂に頼まれて、仕方なく説得に来たのだと思っていた。

あの時の自分はかなり混乱していたが、被害者の鬼道のショックはそれ以上だった筈なのに。


自分の意志で、来てくれたのか。


「それは…」

「お前と、皆とサッカーしたいんだよ、鬼道は」

「ああ……分かってる」

俺にサッカーを続けさせたい一心で、自分を差し出すとまで言ったのだから。

「だから、逃げるのはダメだからな」

「!」

円堂の強い視線に射抜かれる。逃げる事なんて許さないと、真剣な瞳が語っていた。



逃げる?俺は、鬼道から逃げていた?



そんなつもりはなかった、けれど。
距離を置いた方が鬼道も安心するだろうと、勝手に決め付けたのは、逃げだった?
きちんと向き合うべきなのに、避ける事で誤魔化していた?

「ちゃんと鬼道と話しろよな?」

円堂に肩をポンとたたかれる。

「そう、だな」

円堂の言葉はいつも迷いなく真っ直ぐで、心にじかに響く。

「うん、話はそんだけ!………なぁなぁ、俺、少しはキャプテンぽかった?」

「…まぁな」

人懐こい笑顔で、やった!と喜ぶ円堂を見ると、何だか心が軽くなった気がした。

本当に、円堂は見ていない様でよく見ている。まさか、円堂から逃げるなと釘を刺されるとは思わなかった。


全く、敵わないな。


練習後だというのに「河川敷、行かないか?」とボールを持って笑うキャプテンに、呆れながらも尊敬と感謝の念を強く抱いた。







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