いまさら 目が覚めたとき、豪炎寺はすぐ隣にいた。おはようの声と共に、額に口付けられ擽ったい。 「す、すまない…どのくらい寝ていた?」 「2時間くらいだ。何ならうちに泊まっていくか?」 「…っ、そんなつもりは…っ」 「冗談だ」 クスリと笑われて顔が熱くなる。からかわれた。 ふと気付けば、べたべただった身体は綺麗に拭き取られ、同じく酷い有様だったシーツなども取り替えられていた。 「後片付け出来なくて……すまない」 「気にするな」 するりと伸びてきた腕に抱き寄せられ一瞬ドキリとしたが、新しいシーツと人肌の温もりが暖かくて気持ち良い。 ささやかな幸せに浸っていると、豪炎寺に心配そうに顔を覗き込まれた。 「身体は大丈夫か?痛い所は?」 「…大丈夫、だ」 「そうか、よかった」 恥ずかしい。 あんな事をした後で、よく普通に話ができるなと感心してしまう。 「今日中に宿舎へ戻った方が朝練に出やすいんじゃないかと思うが、鬼道は今から動けそうか?」 「……当り前だ、……っ?」 豪炎寺の腕から抜け出し服を着ようと立ち上がると、足がふらふらする。力が少し入らない。 「大丈夫か!?」 「平気だ、少しふらついただけだ」 結局、宿舎には豪炎寺の肩を借りて戻った。帰り道に豪炎寺と何を話したかは、正直ぼんやりとしていたせいで殆ど覚えていなかった。 部屋まで送ってもらい、豪炎寺にまた明日と声を掛け別れる。 自分のベッドに潜り込んでも一向に眠気は訪れず、豪炎寺にされた事ばかりを考えてしまう。 前した時とは、全然違った。 痛くて、苦しくて、辛い思いをするのを覚悟で行ったので、とても戸惑ってしまった。 豪炎寺は、前とは別人の様に終始優しくて。豪炎寺は、こっちが本当だと言っていた。 相手のやり方によって、こんなにも違うのかと思う。 身体に触れながらも、壊れ物を扱うようにそっと、慎重にしてくれていた。 怖くない様にと、ずっと声をかけてくれていた事もうっすらと憶えている。 可愛い、好きだと何度も繰り返して。 思い出すだけで顔が熱くなる。男の自分が可愛い筈ないのに。あんな慈しむような表情をされたら、何も言えなくなってしまう。 きもち、よかった。 後半は恐怖より快感が勝って、豪炎寺に恥もプライドも忘れて縋りついてしまった。 全然、知らなかった。自分の身体が、あんな風になるなんて。あんな声が出るなんて。 それに感じたのだ。労るような仕草や愛しげな表情。 豪炎寺は本当に俺が好きなのだ、と。 愛されている。その事に、不思議と嫌悪感は感じなかった。むしろ。 どきどき、する。 その後も豪炎寺の事を考え過ぎてしまい、なかなか眠る事は出来なかった。 * 翌朝起きてからも、心はふわふわとしていた。 身体は多少だるかったが、痛みは特になくて安心する。 あんなに優しくされたのだから当然かと思い、また少し恥ずかしくなってしまった。 こんな調子で、うまく豪炎寺と喋れるだろうか? 豪炎寺が気になる。 食堂でも無意識に豪炎寺を探してしまう。練習中でも、自然と目で追ってしまった。 何をしているのか、何を話しているのか。昨日の事をどう思っているのか。 話したい、声が聞きたい。 けれど、今日に限ってタイミングはなかなか合わず、豪炎寺と2人きりになる事が出来ない。そわそわしているうちに、練習は終わってしまっていた。 部屋に戻る途中、豪炎寺の背中を見つけて少し小走りで追いかける。 「ご、豪炎寺っ」 「?……鬼道、どうした?」 振り向いた豪炎寺は、昨日の事などまるでなかったかの様な顔をしている。相変わらずのポーカーフェイスだ。 「き、昨日は…その…、ありがとう…」 「何がだ?」 「身体に負担が掛からない様にしてくれただろう…?」 「ああ、練習中見ていたが、大丈夫そうで安心した」 練習中、見てくれていた?気にしてくれたのか。 「あ、ありがとう……」 「礼を言われる様な事じゃないだろ、今日の鬼道はおかしいな」 ふっと笑う顔から目が離せない。 「そう、か?」 どうして。 ただ話しているだけなのに、こんなに……嬉しい。 「豪炎寺っ、あのな…」 もっと、もっと豪炎寺と話がしたい。 「悪い鬼道。今日はこの後予定が入っていて急いでいるんだ」 「…っ、ああ、それは引き留めてすまなかった」 「いや、こっちこそすまない。じゃあな」 「ああ…」 予定があるなら仕方がない。こっちも、特に急ぎの話があるわけではなかった。 昨日ベッドのなかで1人、今までの自分の態度を思い返してみたのだ。 「気持ち悪い」「恋愛対象にならない」「抱かれたくない」など、考えてみれば酷い事をたくさん言っている。 その事について、きちんと謝っておきたいと思っていた。けれど、無理に急ぐ内容でもない。 明日、あらためて謝ろうと心に決めて、自室へと踵を返した。 * しかし、その後も豪炎寺とは悉くタイミングが合わなかった。普通に2人で話す事すら難しく、朝の挨拶程度しか言葉を交わせなかった。 練習がハードになったわけではないし、以前はキスする隙だってあったのだ。どういうことだろうと暫く考えて。豪炎寺を見ていて、わかった。 豪炎寺に、意図的に避けられている。 避ける、というのは語弊があるかもしれない。一線を引かれている、の方が正しい。 挨拶はするし、話しかければ普通に返してくる。けれど、豪炎寺からは話し掛けてこない。俺に対して、以前より明らかに消極的なのだ。 また、2人きりになる事を回避する為か、常に誰かと話すか大人数の中にいる。 豪炎寺の態度の変化は僅かなものだったが、だからと言って無視する事は出来ない。 自分は、何かしてしまったのだろうか。 変わったのは、優しく抱いてくれたあの日の翌日から。 たくさん好きだと言ってくれたのに、あんなに大切にしてくれたのに、なぜ。どうして。 あの時までは、本当に好きでいてくれていたと分かる。肌で感じたのだから。だとしたら。 あれがきっかけで、幻滅された……? 確かに、自分はあの時何もしなかった。ただ黙って、与えられるがままにしていただけだ。 豪炎寺にも気持ち良くなって欲しいとか、もっと応えてあげたいだなんて思う余裕もなかった。気遣う努力を怠っていた。 豪炎寺は俺を抱いて、つまらなかったのではないだろうか?それとも、やる気のない様な俺に呆れた?失望した? 好きじゃ、なくなった? 好きだと伝えても想いが返って来ないのが、虚しくなったのかもしれない。 なにしろ俺は、ぎりぎりまで豪炎寺に抱かれるのを回避しようとしていた。嫌だとありありと態度に表れていただろう。 豪炎寺はそんな俺を見て、気持ちが冷めたのかもしれない。 きっとまた、豪炎寺を傷つけたのだ。 考えてもそれ以外に思い当たる事はなく、酷くショックを受けた。 胸が苦しくて、痛い。 豪炎寺とはサッカーを続ける交換条件でキスしただけで、その延長で身体を繋げただけだ。そこに恋愛感情なんてない。 なかった、筈なのに。 潰れる様な胸の痛みに、もう認めるしかなかった。 豪炎寺を好きになってしまった自分を。 ←→ |