分かってる(豪鬼)




部屋に入るなり腕を掴むと、鬼道は何だと普通に聞いてきた。

人の気も知らないで。

「今日、昼休みどこに行っていた?」

「……たいした用事じゃない」

何故隠す?

「告白されたんだろう?」

1つ年上の美人で有名な先輩に呼び出されたのだと、学校中の噂になっていた。

「知っているなら聞くな」

フイと視線を逸らされ苛々した。顎を掴み、無理にこちらを向かせる。

「なっ…」

「隠すなんて怪しい。何かあったのか?」

「馬鹿な事を。話にならない、手を放せ」

分かってる。何にもなかっただろう事も、ちゃんと断っただろう事も。

けれど。

放せ、と言われた手に更に力を込めて強引に引き寄せる。痛かったのか、鬼道の眉間に少し皺が寄った。
そのまま有無を言わさず抱き締めて、やわらかな首筋に唇を這わす。

「やめろ、そんな気分じゃな──」

自分を拒絶する言葉を唇で強引に封じ、壁に無理矢理力で押し付けて抵抗を許さない。
遠慮のない奪う様なキスが苦しいのか、鬼道の力はどんどん弱まっていく。

「……っ、は……」

荒い呼吸に、赤い舌。擦れた声がやけに色っぽい。

全部俺だけのものなのに。

「まだ気分じゃないか」

「あたり、まえっ……、ン、う!」

再度唇を塞ぐと、今度はシャツに手をかけて。1つずつボタンを外すのがもどかしく、途中からは力ずくで脱がせた。
ブチブチと糸の切れる音に、鬼道は一瞬非難するように目を瞠り、けれどすぐ諦めた顔をした。まるで、勝手にしろと言うように。

剥き出しの鎖骨に唇を当てて強く吸う。所有の印を付けながらも、すでに後悔の念が押し寄せてきていた。

こんな乱暴にしたい訳じゃない。鬼道が好きで、自分だけ見て欲しくて、誰にも渡したくなくて。
なのにいつも優しく出来ない。嫉妬の心が抑えきれない。

このままじゃ、きっと鬼道は自分から離れてゆく。独占欲の強い俺を見限る時がきっとくるだろう。そして、それはそう遠くないように思われた。

ゾクリと背筋が震える。





鬼道を失う?





鬼道の口から別れを切り出されたりしたら……考えただけでキリキリと心臓が痛んだ。

耐えられない、怖い。

「………っ」

強引に開いたシャツの胸元を、付けた痕を隠す様にそっと戻す。少し指先が震えてしまった。

「豪炎寺?」

「すまない。シャツは弁償する」

弁償したからといって、この行為が帳消しになる訳じゃない。
きっと鬼道は呆れているに違いない。怖くて顔を見れないかわりに、無残にボタンが千切れたシャツばかり見つめていた。

「突然どうした?」

鬼道の言葉に、ビクンと肩が跳ねる。何だか責められているように聞こえてしまい、答える声が上ずった。

「鬼道、俺はっ」

"本当にお前が好きなんだ"と言いたかった。けれど、こんな自分勝手な気持ちは鬼道には迷惑なんじゃないだろうかと思うと言葉は出てこない。

「……何でもない。今日はもう帰る」

自分がおかしい事は分かっている。鬼道が誰かと仲良く話していたり、告白されただけでイラついて、そんな日はこうして大切にしてやれない。
嫉妬して、無理にでも抱いて鬼道の気持ちを確かめなければ気が済まなくて。

謝って、自己嫌悪に苛まれながら部屋を出ようとした、その時。

「分かっている」

鬼道から言われた言葉の意味がよくわからなくて振り返る。

「何?」

「お前の気持ちは分かっている」

そう言って鬼道はこちらに手を伸ばしてきた。呆気にとられて黙っていると、抱き締められ唇に軽い感触を感じる。


鬼道からキスされた。


「だから…」

"そんな顔をするな"と耳元で小さく囁かれ、背中に回された手がキュッとシャツを掴む。

「き、どう?」

「豪炎寺が俺を好きだと、ちゃんと分かっている。だから情けない顔をするな」

「こんな、嫌じゃない…か?」

こんな俺に、呆れたりうんざりしたりしないのか。

「まあ、毎回シャツが駄目になるのは困るが」

冗談めかしてボタンの取れた襟元を示す鬼道に申し訳なくて謝ってしまう。

「わ、悪い…」

「まったく、お前は俺が思っていた以上に独占欲が強いな」

「………」

本当に、返す言葉もない。

「だが、そこも割と気に入っている」

だからもう謝罪はナシだ、と微笑んでくれる鬼道を抱き締めて。


先程言えなかった告白を囁き、改めてそっと口づけた。






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