※10/14(豪鬼の日)

我慢してる




鬼道が風邪をひいた。

しかも運悪く、義父は急な海外出張、屋敷の従業員達は慰安旅行に行って皆不在だと言う。
「今日と明日は部活を休む」と告げてくる携帯越しの声は弱々しく、なのに心配をかけまいと父親には知らせてないらしかった。

あんな大きな屋敷に1人で寝込んでいるなんてと、心配で黙っていられず、無理矢理押し掛けたのだが。

これは結構酷くないか?

玄関を開けてくれた鬼道は熱があるのだろう、頬が赤く息がやや荒い。足元もおぼつかずにふらふらしている。

「豪炎寺、平気だと言った…のに」

「そうは見えない」

買ってきた荷物を取り敢えず玄関脇に置き、鬼道を抱き上げてやる。

「…な、に……を」

「もう歩けないだろう、ベッドまで連れてく」

「歩ける……」

「危なっかしい」

抱いたまま鬼道の部屋まで連れて行き、ベッドへそっと寝かせてやると微かに「すまない」と声が聞こえた。

「今から何か作ってやるから、それまで休んでいろ。眠っても構わないから」

「ご…えんじ…」

キッチンを借りるため立ち上がろうとすると、服の袖がぴんと引かれた。

「どうした?」

「熱、い」

言われて額に手をやれば、かなり熱くて驚いた。先に濡れタオルと着替えが必要そうだと思い直して。

「分かった、ちょっと待ってろ」

袖の手をやんわり外して言うと、素直にこくんと頷いて目を閉じる。

しんどそうだな。

鬼道と知り合ってから随分経つが、こんなに弱った姿は初めて見た。何でも1人でやろうとする鬼道が「熱い」と掴まりながら訴えてきたのだ。よっぽど辛いのだろう。

洗面器に水を張りタオルを用意する。固く絞って身体を拭き、その後汗で湿ったパジャマを着せ替えたが、鬼道はずっとボンヤリされるがまま黙っていた。

「気持ち悪くなったらすぐ言うんだぞ」

「ん……」

「他にして欲しい事はないか?」

「……そばに、いてくれ」

普段よりも甘えた声にドキリとする。上気した頬と潤んだ瞳も相まって、別のシチュエーションが脳裏に浮かんだ。

途切れ途切れに喘ぐ声や、快楽に溺れた瞳。

鬼道が風邪で苦しんでいるのに、こんな想像をするなんて最低だ。

けれど、鬼道と関係を持ったのはつい先日の事で、初めて触れた肌はやはり今日の様に熱かった。涙を浮かべる瞳も、赤く染まった頬も、本当に可愛かったのだ。

「き、鬼道、何か食べられそうな物を持ってくるから…」

このまま部屋に2人きりなんて、我慢できる自信がない。触れてしまいそうだ。

「か…ないで……」

「鬼道?」

「…行かないで、くれ」

そろそろとこちらに伸ばされた手が弱々しい。握ってやると安心したようにふわりと笑う。

「いつもより甘えただな」

「……だめ、か?」

指摘すれば恥じるように手を引っ込めようとしたので、慌てて握り直して指を絡める。

「いや、だめじゃない。……が、ちょっとな」

「…ちょ…っと?」

掠れた声が余計に煽る。

「その、この間を思い出す」

「この間?……っ!」

「すまない、不謹慎だな。ちょっと頭を冷やしてくる」

こんな、病人になんて事を言っているんだろう。自分の配慮のなさに呆れながら、立ち上がり部屋から出ようとすると、鬼道が小さく呟いた。

「……ていい」

「ん?」

「キス、以外ならしていい………。キスは風邪をうつしてしまう、から」

「鬼道?」

「だから、そばに……」

そばにいて、どこへも行かないで欲しい、と不安げに懇願する鬼道はひどく新鮮で艶かしい。
キス以外はいい、なんて普段の鬼道なら絶対言わないだろうに、熱のせいで上手く思考が回らないのだろう。

触れたい。けれど、それ以上に辛そうな鬼道を楽にしてやりたいと思った。

「ああ、そばにいるから安心しろ」

大丈夫だと、そっと髪を撫でてやると、意外そうに口をひらいた。

「しない、のか」

「もう少し鬼道が元気になったら、な」

「……我慢、してるのか」

我慢なんて、そんなの。

「いつだってしてる」

鬼道が好きで、触りたい、抱き締めたい、キスしたい、なんていつも思ってる事だ。
授業中も休み時間も、学校が休みでも。



いつだって。



「いつ、だって……?」

「だから、このくらい平気だ。眠るまで傍にいる」

「ああ、ありがとう…」

安心したように瞳を閉じた鬼道の額の濡れタオルを替えてやり、もう一度手を握って。

早く治せよと声をかければ、唇が薄く開いた。

「俺も……がまん、してる」

「?」

「豪炎寺と……したい」

「な…っ!」

不意打ちすぎる。鬼道からこんなストレートな台詞、1度だって言われた事がない。

「豪炎寺、治ったら……」

絡めた指先が誘うように動き、すりすりと擦られて。

「鬼道、煽るな」

「……はやく、したい」

「な、治すのが先だ……」

動揺が隠せない。小さな声で、けれど積極的な鬼道に焦る。"早くしたい"とか、理性が保たなくなりそうだ。

「たくさん…」

「な、に…言って」

「……早く、豪炎寺とサッカーしたい」

「………」

したい、と繰り返す鬼道をあやし、肩まで毛布をかけてやる。暫くするとすぐに聞こえてきた寝息はあまりにも無防備で、苦笑が洩れた。

サッカー、か。

どうりでおかしいと思った。
途中からは熱で浮かされて、話がごちゃごちゃになっていたのだろう。明日になったら何も憶えていないかもしれないが、こればかりは仕方がない。

「たくさん、しような」

サッカーもそれ以外も。

起こさないように小さく囁き、そっとそばを離れる。鬼道が起きた時のために色々と用意しておきたい。

お粥を作って薬を……、いやまず先にタオルと着替えを用意しておくか。取り敢えず、玄関に置いてきた荷物を取りにいこう。

慣れない看病の段取りに思いを馳せていた自分には、鬼道が小さく「意気地なし」と呟いた声は聞こえなかった。




END

(2013/10/15up)



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