眼鏡




ドキドキする。

ローテーブルの向かいに座る豪炎寺の様子を、そっと盗み見る。

教科書を捲る指先も、マグカップに寄せる唇も、不思議そうにこちらを見つめる瞳も、いつもより何だか目が離せない。

「鬼道?」

「……何でもない」

こんな事で平常心を欠くなんて、どうかしている。


豪炎寺が眼鏡をかけている。


ただそれだけなのに、もう勉強なんて手に付かなくて、いつもなら気にもとめない仕草すら気になってそわそわする。
まるで恋したばかりの時の様だ。

元々の整った顔立ちにスッキリとしたフレームの眼鏡が似合っている。なんというか…様になっていて。

「豪炎寺」

「何だ?」

「似合う、な」

正直な感想を伝えながらも少し不安になった。
もし学校にこの眼鏡をかけてきたら、ただでさえモテる豪炎寺の人気が更に増す事は明白だ。

「似合うが、その……学校には」

してきて欲しくない。

「似合う?」

「……とにかく駄目だっ」

自分は何を言っているのだろうか。恋人だからといって、眼鏡をするな、なんて横暴過ぎる。

「鬼道?」

「すまない、忘れてくれ……」

豪炎寺の様子を伺っても、意味が分からないのかきょとんとしていて少し安心する。

束縛したい訳じゃない。けれど豪炎寺の人気は本当に凄くて、不安からこうしてたまに馬鹿な事を口走ってしまう。

毎日のように全国から届くラブレターや、幾度も目にした放課後の告白。

自分との関係は公には出来ないから、豪炎寺はいつもサッカーを理由に断っていた。
そこがまた硬派な印象を与えるのか、人気は留まる事を知らない。


豪炎寺は俺の恋人、なのに。


俺の。


突然何だか触れたくなって、そっと手を伸ばす。
不思議そうに、けれど黙っている豪炎寺の眼鏡に指先が触れた途端、豪炎寺が何かに気付いたように口を開いた。

「ああ、眼鏡か」

「視力下がったのか?」

最近のプレーにそんな様子は見られなかったが。

「いや、鬼道が来るまで夕香と"ままごと"をしていて、外し忘れていた」

「ままごと?」

「俺が父親役だったからな」

豪炎寺家では父親は眼鏡、というイメージが強いらしい。

「なら、それは」

「オモチャだ。度は入っていない」

「そうか…」


ままごと。オモチャ。


安心と共に自分の早とちりに、かあっと顔が熱くなる。独占欲が顕になってしまって、ひどく恥ずかしい。

「あ、いや……さっきのは別に…」

そんな俺を豪炎寺はにやにやしながら見ている。

「鬼道」

「な、何だ」

真っ直ぐ向けられる瞳にどぎまぎしてしまう。

「今日は眼鏡をしたまま、しようか?」

「は!?ばっ…か、何言って…」

手を握られ、意味深な台詞と視線に動揺で声がうわずった。

「何を想像した?勉強に決まってる」

「──…っ!」


からかわれた。


確かに自分の思い込みもあるが、何というか悔しい。それに、やられっぱなしは性に合わない。

かけていたゴーグルを外し、コトンとテーブルに置く。

「鬼道?」

訝しげな問いには答えず、豪炎寺に握られた指先をこちらから絡め直して。甘える様に見つめながら、ゆっくりめに告げる。

「今すぐ、したい……。だめか?」

「!」

思わせ振りに首を傾げれば、それまで涼しい顔をしていた豪炎寺の頬にパッと赤みがさした。

「……───勉強を、だ」

間をおいて付け足すと明らかに憮然とした表情に、つい笑ってしまう。
そっちが先に仕掛けてきた癖に何を驚いているんだか。

いい加減に宿題の続きをするぞ、と言おうとして見れば、熱の籠もった瞳にドクンと胸が跳ねた。

「ご、豪炎寺…?」

絡めた指先がわざとスルスルと擦られて。

「鬼道……」

がたん、と豪炎寺が腰を浮かせて引き寄せるように手を引いた。

「………っ、ン」

テーブル越しに少し無理な態勢でのキス。
唇の合わせを変えると、豪炎寺の眼鏡に鼻先が当たる。いつもと違う固い感触、たったそれだけで普段より煽られて。

こんなつもりじゃなかったのにと思いながらも、何度も唇を付けて離してを繰り返し、どんどん深くなるキスにお互い夢中になった。

手を引く豪炎寺に抗わずテーブルの上に乗り上げた反動でペンやノートが落ちたが気にもならない。
握っていた手は腰に回され、強く引き寄せてきて。こっちからも豪炎寺の首に腕を回し、縋りつく。

「は、ぁ……っ、勉強だ……と言っただろう…」

「煽った鬼道が悪い」

「お前から…」

仕掛けてきた癖に。

ハッと気付けばテーブルの上、豪炎寺の前に座っている状態だった。

場所が場所だけに落ち着かず降りようとすれば、ぐるんと視界が反転しテーブルに押し付けられていた。

「おい、豪炎寺?」


まさか。


「このままする」

「や、め……行儀が悪い…っ」

こんな、テーブルの上でなんて。

「鬼道はいつもと違う方が興奮するみたいだからな」

「!」

ニヤリと笑いながらフレームをわざとらしく直す豪炎寺は、本当に嫌味なくらい眼鏡が似合っていて。


格好良い、と思ってしまう自分が悔しかった。



END




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