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取るものも取らず車を飛ばして豪炎寺の実家へ向かう。車を停めると、豪炎寺はすぐにマンションから出てきた。

「……本当にすぐ来たな」

泣いていたのか、うっすらと赤い目尻を隠すように顔を背けている。
豪炎寺の手からバッグを取り上げ抱き締めようとすると、怯えるかの様にビクンと身体が揺れた。

「やめてくれ」

「豪炎寺、一緒に帰ろう。俺にはお前が必要なんだ」

「まだそんな事を言ってるのか」

強気な言葉とは裏腹に表情はひどく悲しくて、見ていられなかった。

「豪炎寺は本気で俺と別れたいのか?」

違うと言って欲しくて腕を掴み責める様に問うと、豪炎寺の表情がみるみる歪む。

「手を放してくれ」

「ちゃんと話を…」

「はな、せっ!」

「落ち着け、豪炎寺」

宥めようと掛けた声も、まるで聞こえていない。

「──…っお前が俺に飽きたんだろう!もう俺を好きじゃない癖に…っ」

「飽きてなどいない」

「っ……嘘だ」

うわずった声と、離れようと押してくる手が痛々しい。抵抗しながら、豪炎寺はなおも続ける。

「3ヶ月……」

「?」

「3ヶ月間、毎日同じベッドで寝ているのに手にすら触れないなんて、そんなの恋人と言えるか?お前はもう俺に興味がないんだ、だから……もう」

「違う!それはただ疲れていただけで」

「疲れていたから何だ」

そんなのは理由にならない、そう豪炎寺の瞳が言っている。当然だ。

「言い訳はしない。俺はお前と居るのが当たり前になってしまっていた」

「一緒にいるのに寂しかった。辛くて不安で、なのにお前は平気な顔して……」

「すまない」

いつだって隣にいたのに、豪炎寺が悩んでいた事にも気付かなかった。ただでさえ抱え込む質の豪炎寺だ。ギリギリまで堪えていたのだろう。

「それでも鬼道が好きだから一緒に居たくて、迷惑を掛けたくないと思って……」

豪炎寺は思い出しているのだろう。声がだんだんか細くなっていく。

「けれど思ったんだ。我慢して堪えて言いたい事も言えない、そんな関係はおかしい」

「違う、俺が全部悪かった」

謝る俺を見ながら、豪炎寺は諦めたようにゆっくりと首を振る。

「俺じゃ駄目なんだ。鬼道には、きっと俺では……」

「そんな事を言うな!豪炎寺じゃなきゃ、俺の方こそお前じゃなきゃ駄目だ」

「……っ」

「傍に居てくれ」

なりふり構わず懇願すると暫らくの沈黙の後、豪炎寺は絞り出すように呟いた。

「もう、こんなに苦しいのは嫌なんだ……」

泣くのを堪えるように握り締められた拳が震えている。ここまで追い詰めてしまったのかと思うと、今更ながらに後悔が押し寄せた。




「一生、大切にする」




自然と言葉がこぼれた。豪炎寺と生涯添い遂げたい。

「一生……?」

「ああ、もう2度とこんな思いはさせない。何よりも大事にすると誓う」

一生、と言った時の豪炎寺の瞳の揺れを見逃さず、更に続ける。

「豪炎寺を愛してる」

「………っ」

「許してくれ」

「………」

ずっと一緒にいたい。俺の気持ちは昔と何一つ変わってはいないのだと知って欲しい。

少しずつ、豪炎寺の心を溶かすように言葉を重ねる。繰り返し謝り気持ちを伝え続けると、黙っていた豪炎寺も徐々にだが返してくれるようになった。

「頼む、豪炎寺がいないと生きて行けない」

「……生きて行けない、なんて大袈裟だ」

「そんな事はない」

大袈裟でも何でもない、本当の事だ。現に、豪炎寺に別れを告げられただけで、こんなに取り乱してしまっている。

「そんな恥ずかしい台詞、よく言う」

「偽りではないから恥じていない」

「聞いてる方が恥ずかしい」

何と言われようと構わない。豪炎寺を取り戻せるなら何だってする。

「お前のいない人生など考えられない。本当に……本当にすまなかった」

視線を逸らさず更に許しを請うと、根負けしたのか躊躇しながらもおずおずと口を開く。

「条件が、ある」

「何だ、何でも言ってくれ」

「……一緒に寝てくれるなら、許してもいい」


寝る?


これまでも一緒のベッドには入っていた筈だが。

思いもよらない台詞に驚いていると、豪炎寺はやや遠慮がちに続ける。

「その、手を繋いで……」

指先で良いから触れていたい。

迷惑でなければ、と付け足す豪炎寺が切なかった。恋人なのにこんな事を言わせてしまうのは、全部自分のせいなのだ。

もちろん、と言いたい所だが。

「その前に1日遅れたが誕生日を祝いたい」

「そんなの、別にしなくていい」

そう言うと思った。謙虚なところが豪炎寺らしい。

「いや、俺の気が済まない。夕食は食べたか?」

「まだ、だが」

「豪炎寺が好きな店を予約してある」

俺が作った夕食は明日にでも食べれば良い。プレゼントは用意出来なかったが、食事くらいはと家を出る直前に店に電話を入れておいたのだ。

「しかし……」

「もちろんホテルに部屋も取ってある」

「──…っ!」

すぐに意味を理解した豪炎寺が、真っ赤になって言葉を詰まらせた。

付き合ってから何年も経つのにまだこんな反応をするなんて、本当に可愛い。

「手を繋ぐ以上の事もさせてくれ」

「でも、鬼道は明日も仕事だろう?家でゆっくり休んだ方が……」

こんな時まで俺を気遣う言葉に自然と口元が綻んだ。本当に、いつだって豪炎寺は俺の事を想ってくれている。

「俺よりも自分の心配をした方がいい。眠らせてやるつもりはないからな」

腰を引き寄せると、恥ずかしいのかフイと横を向いてしまった。

「い、一緒に眠ってくれたら許す、と言ったのに……」

「これから死ぬまで一緒なんだ、誕生日くらい良いだろう?」

見れば、少し目を見開いた豪炎寺は視線を泳がせながら俯いて。

「一生とか死ぬまでとか、今日の鬼道はおかしい」

「今まで敢えて口にしていなかっただけだ。元より俺は豪炎寺と離れるつもりはない」

「ま、まだ完全に許した訳じゃ…」

頬を染めながらも強がる様子は、もういつもの豪炎寺だ。

帰ろう、と優しく手を引き車の助手席に座らせる。まだ色々と言いたげな唇にキスを落としながら、逃げられない様にカチリとシートベルトをしめた。

「……っ、人に見られる」

「構うものか」

狼狽える豪炎寺に再度顔を寄せる。ギュッと瞑られた目蓋や唇に軽く口づけ、1日遅れたが、と付け加えながら。

「誕生日おめでとう」

と耳元で囁いた。



END




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