夏の日(豪鬼) 甘い。柔らかくて、熱くて頭がぼうっとする。 さっきからずっと、豪炎寺と唇を合わせ続けている。部屋に響く濡れた音や息遣いよりも、汗が首筋を伝う感覚や窓から聞こえる蝉の声の方がやけにハッキリと感じた。 「……っん、…ふ…、ぅ」 「…っ…」 豪炎寺は一言も喋らずに、ただ夢中でキスを繰り返していて。 どうしてこんな事をしているのか、分からない。お互い言葉も交わさず拒絶もせず、ただ本能の赴くままに行動している。 そもそも、豪炎寺と俺はさっきまでただの友人だったというのに。 夏休みの宿題を一緒にして、一息いれたタイミングでスイカを食べていた。 スプーンなしで出されたスイカは慣れないせいか上手く食べられず、汁が顎を伝うのも仕方ないと諦めた頃。 豪炎寺に口の端を指で拭われて、子供みたいだと笑われた。それが少し悔しかったのだ。 からかわれた事に対する反撃のつもりで、まだ口元にあった豪炎寺の指を軽く噛むと、思いもよらなかったのかやけに驚いていて。 そんな豪炎寺が珍しくて面白くて、子供扱いするからだと言ってやろうと視線を合わせると、やけに真剣な表情にドキリとした。 じっと見つめられ、体温が一気に上がる。 口から抜いた指でゆっくりと唇を辿られて。徐々に狭まる互いの距離も、少し熱っぽい視線も、ぼんやりと見つめるばかりで動けなかった。 唇が触れる寸前、擦れた声で「目を閉じてくれ」と囁かれ、言われるままに目蓋を下ろした事で、ようやく豪炎寺から視線を外す事が出来た。 * 唇を離せない。 スイカを上手く食べられない鬼道が子供みたいで微笑ましくて、つい夕香にするように口元を拭ってやったら、ふざけて指先を甘く噛まれた。 軽く当たる歯や唇の柔らかい感触に心臓がドクンと跳ねて。瞳と同じくらい赤く濡れている唇から、視線を離せなくなった。 きっと、甘くて熱い。 より感じてみたくて、そっと唇を指でなぞっても鬼道は抵抗もせずにただ黙ったままだった。 惹き寄せられるように距離を詰め、顔を近付けても嫌がらない鬼道を良い事に、つい口づけてしまった。 しかも、何度も。 鬼道は友達で、そもそも男で、だからこんな事をするのはおかしいのに。 けれど、1度したらもう止められなくて。このままずっとしていたい。 それに、キスをやめれば色々と終わってしまう気がする。 きっと鬼道は正気に戻り、俺を責めるだろう。1発くらいは殴られるかもしれないし、下手をすれば絶交を言い渡されるかもしれない。 「っ………、んん、…ぅ」 鬼道にトン、と胸を叩かれる。呼吸が苦しいのかもしれない。 「まだ、だ」 まだ嫌われる心の準備が出来てない。 「くる、し…」 鬼道の上ずった声が、もう限界だと教えてくる。 解放すれば、何故こんな事をしたのかと問われる。けれど自分でもよく分からないのに、鬼道に説明出来る筈がない。 「……も、…無理…っ」 いよいよ泣きそうな表情に仕方なく唇を離し恐る恐る様子を窺うと、鬼道は肩で息をしながら少し非難めいた視線を送ってきた。 「豪炎寺、お前……」 マズい、引導を渡される。 「なが、いっ」 「……え?」 長い? 「息が出来ないくらいする奴があるか!暑いのに、こんな……もう身体も汗でべたべただ」 「……すまない」 やはり怒られた。けれど、思っていたのとは少し違う。 「加減を知らないのか?いくらなんでもこんな……っ、付き合ってもいないのに」 途中、頬を赤く染め言葉を詰まらせた鬼道の瞳を覗き込む。 口調は荒いが、本気で怒っているようには感じない。 「恋人なら、いいのか」 「──…っ知らん!」 フイと背けられた頬がやや膨らんでいて、怒った仕草が幼くて可愛い。 「なら、付き合ってくれ」 自分でも気持ちを整理しきれないまま、告白が反射的に口をついて出てしまう。 「は?」 「まだしたい。恋人ならば良いんだろう?」 まだ足りないと思う自分は、鬼道が好きなんだろう。 1度認めてしまえば妙に納得してしまって、気持ちは自然にストンと胸に収まった。 鬼道が、好きだ。 「お、お前……」 驚きと呆れ半分の鬼道に、さらに言い募る。 「鬼道も気持ち良かっただろう?」 「ばっ…、気持ち良くなんて…!」 「でも抵抗しなかった」 恋人でしかしないキスを俺に許した。脈はある。 「そ、それは…」 「それは?」 「暑かった、から……」 弱々しく呟かれた言い訳は、鬼道の物とは思えない程説得力がなかった。 「……暑さのせいか」 「そ、そうだ……暑くて頭がぼうっとして、だからっ」 なら。 この気持ちが、衝動が、暑さのせいだと言うのなら。 鬼道の肩を掴み、顔を近付ける。びくんと一瞬揺れたのも気にせずに、唇を寄せて。 「もう1度」 しても良いだろう? 「ご、豪炎寺っ……?」 「暑さのせいだ」 「!?」 (全部、暑さのせいにして) END → |