教えて 豪炎寺は、恋愛に全く興味を持っていなかった様だ。 好きだ、と告白したとき、不思議そうな顔をしていた。 きょとんとした表情に、こちらもどうしていいか分からなくて随分と困惑した事を覚えている。 嫌か?と聞けば別に嫌じゃないと言う。俺が気持ち悪いかと聞いても、そんなことはないと首を振っていた。 付き合って欲しいと告げると、豪炎寺は少し考える様に首を傾げたあと、小さくこくんと頷いた。 その日から、このままごとの様な関係は始まった。 * 「豪炎寺、目を閉じてくれないか」 「………だめ、だ」 キスしようと顔を寄せても一向に応えようとしない。それどころか、手で拒否する様に唇を押さえられた。 「わかった、……しない」 仕方なく呟けば、豪炎寺が俺の口を押さえていた手をゆっくりと離す。 またか。 付き合い始めてから、恋人らしい事はひとつも出来ていなかった。抱き締める事も、手を繋ぐ事さえも、やんわりとかわされている。 実は、嫌なんじゃないだろうか? 告白を了承してはみたものの、やはり男同士で付き合うなんて無理だと、そう思っているのかもしれない。 それならそうと言って欲しい。 恋人という関係である以上、どうしても先を期待してしまう。 キスも、それ以上も。豪炎寺を抱きたい。 好きなのだから当然で、けれど無理にはしたくない。なにより、豪炎寺にも同じように求められたかった。 けれど、それは無理なのだろう。豪炎寺に好かれていないのは、キスを拒絶する事からも明らかだ。 このまま一緒に傍にいたら、いつか無理矢理抱いてしまいそうで。 暴走しそうな自分が、こわかった。 * 「別れてくれ」 突然言われた言葉に、豪炎寺はビックリしたのか暫く黙っていた。 告白した時と同じだな。 訳がわからない、といった表情。きっと俺に、というより、恋愛自体に興味が希薄なのだ。サッカーだけで手一杯なんだろう。 「言いたいことはそれだけだ。明日からは、元通りチームメイトとして宜しく頼む」 返事を待たずに踵を返す。 結局、恋人期間にしたことと言えば、毎日何通かメールをやり取りする事と、会った時には必ず好きだと伝える事くらいだ。 身体が触れ合う事は殆どなかった。まるで小学生の恋だ。 「……鬼道っ、理由は?」 突然豪炎寺から問われて振り返る。 理由? 「理由なんて、言わなくても分かるだろう」 少しの沈黙の後、ちいさく弱々しい声が耳に届いた。 「……俺が…触らせないから、か?」 豪炎寺の問いに苛立ちを覚える。それではまるで、俺が身体目当てで付き合っていたみたいではないか。 「豪炎寺お前、そんなふうに思っていたのか…?」 声が低く冷たくなるのを、止められなかった。 確かに触れたかった。けれどそれは理由の1つでしかない。根本的には、豪炎寺が俺を好きじゃない事に端を発している。 「…違う、のか?」 「もういい」 誤解されていても構わない。もう、別れるのだから。 「……っ!?鬼道…っ」 「安心しろ、今後はもう2度とそんな事はない」 「!!」 「…じゃあな」 好きだから、余計に腹が立つ。 豪炎寺を想う気持ちは、大切にしたいという気持ちは、やはり伝わっていなかったのだ。 不意にマントが何かに引っ掛かったようにぴんと張った。後ろを振り向けば、豪炎寺に端を掴まれている。マントを掴む手がわずかに震えていた。 「……何のつもりだ」 「まだ別れる理由を…聞いて、ない」 ずいぶんと食い下がる。この分だと言うまで放してはくれないだろう。 「豪炎寺が、俺を好きじゃないからだ」 「……え…?」 「だから、別れると決めたんだ。…もういいか?」 自分の口から、豪炎寺に好かれていないと告げるのは、自覚していてもやはり辛い。早くこの場から立ち去りたいのに、豪炎寺の手は未だマントを掴んだままだ。 「鬼道…は、俺の気持ちを勝手に決めて…それで別れるのか?」 勝手? 「勝手もなにも、豪炎寺は俺を好きじゃないだろう?」 「………っ、そんな事ない!……何でそんな…」 「嘘をつくな」 「!!…何でそうなる…?」 「付き合っていても、恋人らしい事なんて何もしなかっただろう。手を繋ぐのもキスをするのも、全部お前が拒んだ!」 ついムキになって、語尾が荒くなってしまう。俺を好きだなんて、今更そんな事信じられない。 「……っ嫌だった、訳じゃない…っ」 「ほぅ?」 「わからなかった…んだ」 「どういう事だ?」 豪炎寺の落ち着きのない態度から、嘘や思いつきで言っているわけではないのは感じ取れる。 いったい何がわからなかったんだ? 「付き合ったのは鬼道が初めてで、だから…っ…キスもした事がない……。何か間違った事をしたら、幻滅されると…思って…」 「間違った事…?」 「手順とか…ルールがあるんだろう?そういった事がわからないのが……不安で…」 「なら、どうするつもりだったんだ」 「勉強…するつもりで、ネットで調べたり…とか」 恥ずかしそうに視線をそらす豪炎寺に、少し驚いた。手順にルール。そんな事を考えていたなんて。 「調べるより……した方が早い」 豪炎寺の顎を掴みやや強引に上向ける。ビクンと揺れて、拒絶するように動いた手を気にせずに掴み、握り込んだ。 もう、ここで引き下がったりはしない。 「…っ!?…きど…っ、ん…ぅん……ン…」 薄く開いた唇に少し斜めに口付けて、舌を差し入れ歯列を舐め上げた。何度も角度をずらし、ゆっくりと教えるように繰り返しキスをする。 「豪炎寺、口を閉じるな。…っ…、舌を……そう、鼻で息をしろ…」 「ん……っふ、…ぁ」 掴んだ手は抵抗する事を忘れたのか、力が抜けきっている。口内を探れば、時折弾かれた様にぴくんと揺れた。 「………やってみれば案外簡単だろう?」 唇を離してやると、泣きそうに潤んだ瞳でこちらを見る。欲に濡れた、今まで見たことのない艶めかしい豪炎寺に、心臓がドクンと鳴った。黒い切れ長の瞳が懇願するように見上げてくる。 「鬼道……、もう1度」 「キスをか?」 「……だめ、か?」 「ずいぶん勉強熱心だな」 腰に手を回し引き寄せ、先程より更に深く唇を合わせれば、豪炎寺からも積極的に舌を絡めてきた。サッカーだけでなく、こっちも優等生だ。 「……っん、はぁ、…きど……っ、……んん」 長いキスを終え、息を乱した豪炎寺が、はにかみながらも少し嬉しそうに微笑んでいる。 「豪炎寺?」 「…気持ち…良かった…」 「──…っ!」 なんて顔をして、なんて事を言うんだ。これ以上煽られたら、止まれなくなる。 不意に胸元をきゅっと掴まれて、問うように上目遣いに見上げられた。 「鬼道…、まだ俺と別れたい…か?」 「いや」 「……良かった…」 ホッと安心したように緩んだ表情に、愛しさが増す。 唾液で濡れた赤い唇があまりに色っぽくて少し目を逸らすと、ちゃんとこっちを見ろと正面を向かされ視線を合わせられた。 「もっと色々…教えてくれ…」 「いろいろ?」 「…ぜんぶ…だ、鬼道のしたいこと…全部…」 「っ!?」 「……はや、く」 まっさらな、触れる事さえ不安がっていた恋人が、ほんの数回のキスでこの変わりようだ。 もしかすると、すぐに教える立場から教えられる立場になってしまうかもしれない、とこの先の事をやや末恐ろしく思った。 END ←→ |