※鬼道さんが病んでいます。


狂わせたのは




学校帰り鬼道を家に誘うと、はにかみながら嬉しそうに頷いた。今日は夜まで家には誰も居ない。

部屋に招き入れ落ち着かなそうにしている鬼道を、乱暴にベッドに転がし押しつける。

「っ円堂?」

「鬼道、なんで今日学校でゴーグル外したんだ?」

上に乗り上げてゴーグルのフチをなぞると、少し怯えた瞳を揺らしながらもたどたどしく答える。

「それは、目が少し疲れて…」

「嘘つくなよ。他の奴に色目使って、どうしたかったんだよ」

鬼道が傷つく様な言葉を、敢えて選んで。

「い、色目だなんて…」

「鬼道さ、結構女子に人気あるんだよなあ。カッコいいとか言われて、気分良かった?」

「そんなつもりじゃ…」

俺から視線を逸らして眉を寄せる鬼道からゴーグルを取り去り、頬に手を添え目元を親指で優しく撫でると、ピクリと睫毛が震えた。

「鬼道は綺麗だよな。頭も良いし、リーダーシップもあって」

やや不安そうな表情で見上げてくる鬼道は、やっぱり可愛い。けど、今日こそはきちんと伝えようと決めていた。

「鬼道ならさ、もっと美人で賢い女子とかの方がいいんじゃないか?」

「……何を…言って…」

傷ついた顔すら愛しいと思う。出来る事なら、ずっと傍に居たかった。

「今日さ、素顔の鬼道見てみんな話してたよ。カッコいいし頭も良い上に、財閥の御曹司なんて凄い、別世界の人みたい!って」

「っ…そんな…」

そんなに動揺しなくてもいいのに。だって本当の事だ。

「確かにさ、鬼道にはもっと相応しい相手がいるよな……同じ世界の奴がさ」

もっと、鬼道を幸せに出来る人がいる筈だ。

「やめてくれ、勝手に決めるな!どうしてそんな事……っ」

赤い透き通った瞳が、みるみる潤みはじめる。鬼道は俺の前では、割とすぐ泣いてしまう。

「別れよう」

今まで何回も言おうとして、けれど言えなかった言葉をようやく伝えると、切れ長の瞳が大きく見開かれた。

「わか、れるって…」

「俺と別れて」

鬼道と別れてあげる。その方が、きっと鬼道は幸せになれるから。

「嫌…だ!」

「別れてくれよ」

ずっと、別れてあげたかった。勇気がなくて、伝えるのがこんな遅くなっちゃったけど。

「そんな理由、納得出来ない…ッ」

だよな。鬼道はちゃんと理由がないと、自分を納得させらんないよな。

「嫌いだよ」

「…え……」

「鬼道の事、もう好きじゃないんだ」

これからも、ずっと好きだ。

「そんな」

「傍にいると疲れる」

「……っ、嘘…だ」

少しでもショックを受けてくれたなら、嬉しい。

「サッカー以外は話合わないし、金銭感覚も違うし」

「……っ」

「何より男だし」

「そんな、…今更……っ」

とうとう鬼道の瞳から涙が溢れた。目尻から途切れる事無く涙がシーツへ滑り落ちる。
泣いていても、鬼道は綺麗だ。

「将来、やっぱ子供欲しいしさ」

将来、鬼道には子供と奥さんと幸せに暮らして欲しい。

「皆に言えない関係なんてやだし」

皆に言えない関係が、鬼道を苦しめてるの知ってたんだ。

「だから、な?別れよ」

「………っく…」

いっぱい泣かせて傷付けて、もうお互い辛いくらいじゃなきゃ、きっと別れられない。
鬼道の上からそっと退けて、ベッドの縁に腰掛ける。

暫くの沈黙の後、仰向けになり腕で顔を覆っていた鬼道が、ぽつりと小さく呟いた。

「……円堂は、俺を狂わせたくせに……今更逃げるのか」

「狂わせた?」

感情の籠もらない声に、ドキリとする。鬼道の様子が、何だかおかしい。

「全部、変わってしまった。お前と会う前と会った後では何もかも違う。俺は……こんなになってしまったのに、今更…」

焦点の合わない視線がふらふらしている。震える声はなんだか弱々しいのに、はっきりと聞き取れた。

「価値観も好みも、常識すら変わってしまったのに……」

「きど…う?」

「いらなくなったら、捨てる…のか?」

捨てる?

不意に鬼道が上半身を起こし、こちらを見た。苦しそうな表情で、涙も拭わず声を絞り出す。

「別世界とか意味が分からない。ずっと一緒にいただろう?」

手首を掴まれ、その力に思わず眉を顰めてしまう。

「……っ、鬼道…痛い」

「そばに、いたのにっ」

「……きどっ」

「俺は、もうお前が居なくちゃ生きていけないのに………!」


生きて行けない?鬼道が?


鬼道の瞳が静かに、けれど何かしらの覚悟秘めて一点を見つめている。俺の方へ向けようとはしなかった。

「…子供は…産めない……女じゃない、から」

あまり抑揚のない、途切れ途切れの言葉がいつもと違い過ぎて、不安と違和感を感じさせる。

「でも、この顔が気に食わないなら…いくらでも変えられるし、財閥だって継がなくてもいい」

「鬼道、何言って……」

赤い瞳に灯る明らかな狂気の光にゾクリとする。

「円堂の好きな事全部覚えるし、金銭感覚だって…すぐ合わせられる」

「何を…」

「円堂と同じ世界で居たい」

「バカ、…っ何言って」

「お前が言っているのは、そういう事だろう?……この目だって、円堂が皆に見せるなって言うなら、潰したって構わない」

指先で目許を辿りながらの躊躇いのない言葉に、鳥肌が立った。

「狂って…る」

「だから、そう言っているだろう」

何でだよ?

「何で、そこまで…」

「好きなんだ……円堂の傍にいたい。その為なら何だって、する」

「……っ」

俺だって好きだ。
だから、鬼道の事を考えて考えて、別れるって決めたのに。

「だからもう、傷つけて試すのはやめてくれ……」

「試してない!本当に鬼道と別れるつもりで…っ」

「……別れたら…死んでしまう」

「死ぬとか、簡単に……いうなよっ」

「心が…死ぬ」

胸元をギュッと押さえる鬼道の手は、微かに震えていて。

「……っ、鬼道は…馬鹿だ…」

大馬鹿だ。

馬鹿だと罵られたのに、俺を見る鬼道の瞳は酷く優しい。

「円堂……好き、だ」

「……好き…過ぎるだろっ」

「すき…なんだ」

「鬼道の気持ち、……重たい…っ」

重くて激しくて、こんなに全身全霊で想われたら手放せない。

「もう知らないからな!鬼道が別れたいって言っても、絶対に放さない」

鬼道を、引き寄せて力一杯抱き締める。

「ん…」

「絶対、2度と別れてやらないから」

鬼道の首筋に顔を埋めて告げれば、鬼道も背中に手をまわして声を洩らした。





「うれ、しい」





その声があまりにも幸せそうで、泣きそうになった。



「ホント、鬼道狂ってる」



END






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