隠した関係は




久し振りに訪れた豪炎寺の部屋は、そわそわして落ち着かなかった。

最近、部活の忙しさもあり2人きりではなかなか会えず、学校では物陰で掠める様なキスをする程度だった。
周りが気になり、やはり学校での触れ合いは落ち着かない。

だから昼休みに豪炎寺から、帰り家に寄らないかと誘われた時には、人目を気にせず傍にいられると思うと素直に嬉しかった。


*


部屋に通され待っていると、豪炎寺がお茶のペットボトルとグラスを持って部屋に戻ってきた。グラスにお茶を注いでこちらに寄越す。

「すまない、ありがとう」

「ああ」

あれ、と思った。

豪炎寺がテーブルの向かいに腰を下ろすのを見て違和感を感じるのは、いつもなら隣に座るからだ。何かおかしい。

「…宿題をしてもいいか?」

「…あ、ああ」

豪炎寺が、教科書とノートを開いて宿題を始めた。
静かな部屋に、紙を捲る音と文字を書き込む音だけがする。
豪炎寺がこちらに話しかけてくる気配は、全くなかった。

豪炎寺の雰囲気から、距離を置かれているとすぐにわかった。

でも、どうして。

自分は、何か気に障る様な事をしたのだろうか。

「…豪炎寺?」

不安で呼んでもこちらを見ない。視線を手元から逸らさずに豪炎寺が答えた。

「暇ならテレビをつけて構わないぞ」

「いや…そうじゃない」

豪炎寺が手を止めてやっと顔を上げる。ここに来てから初めて目を合わせてくれたが、いつもと違うやけに冷えた視線に、戸惑いを隠せない。

「…ご、豪炎寺、何か怒っているのか?」

「別に」

「嘘だ、いつもと違う」

「これが普通だろう」

「…ちがう…」

いつもはもっと優しくて、傍にいて、目を合わせたら微笑んでくれるのに。

いつからだろう。昼休みまでは変わった様子はなかった筈だ。

「…何かあった、のか?」

「だから、何もないと言ってるだろう」

理由を教えるつもりはないのだろう。言うだけ言って、またノートに視線を戻してしまった。

何か怒らせてしまったのなら、理由をきちんと言って欲しい。でなければ、謝る事さえ出来ない。
宿題に黙って取り組む豪炎寺を見つめても、視線すらくれなかった。

豪炎寺はいつもとても優しい。だから余計に、今のこの状況がこたえた。


久しぶりに2人きりでいるのに、寂しい。


「……豪炎寺…」

「なんだ」

こちらも見ず、適当に返される返事。

……だめだ。

「……宿題が大変そうだし、今日はもう失礼する。悪かったな」

強がるのが精一杯だった。本当はもっと一緒に居たい。他愛ない話をして、隣に居てくれるだけでもよかったのに。けれど、この空気には耐えられない。

「そうか、なら駅まで送ろう」

すぐに返事を返されてズキンと胸が痛んだ。少なからず、引き止めて欲しいと期待していた自分が恥ずかしい。

「いや、必要ない。1人で帰れる」

「しかし」

「平気だ」

早くここから立ち去りたいと、無意識に行動が早くなる。声が震えない様に、表情に出さない様に平静を装って鞄を引き寄せた。落胆した事は知られたくなかった。

「邪魔したな」

ドアに手を伸ばしながら声を掛けた時、今まで黙っていた豪炎寺に突然肩を掴まれた。

振り向くと、抵抗する間もなくドアに押し付けられゴーグルを奪われる。顔を見られたくなくて、腕で隠そうとしても両手を掴まれて動かせない。

「放せ、何のつもりだ…っ!」

「なんて顔してる」

「…っお前が…」


言える筈がない。


隣に座って欲しかった。
教科書やノートより、自分を見て欲しかった。

久しぶりに部屋に誘われた事が、とても嬉しかっただなんて。

こんな自分は、女々しいのだろうか。黙っていると、突然豪炎寺が聞いてきた。

「鬼道は、俺をどう思ってるんだ」

「何を突然…っ」

「俺は、付き合ってない奴にキスしたり触れたりはしない」

眉間に皺をよせ、苛ついた様にこちらを見る。豪炎寺が何を言っているのか全く解らない。

「何を言って…」

「鬼道は付き合ってる人はいないんだろう?」

冷めた瞳で返されて、ようやく思い出した。

先日、新聞部の取材で元イナズマジャパンのメンバーは幾つか質問を受けていた。
恋愛に関する項目もあり、その中に「今、付き合っている人はいますか?」という質問があった。自分は確か"いない"と記入した。

あの記事が載っているのは、確か今日帰り際に配られた新聞だ。

「し、新聞部のか?」

豪炎寺との関係はみんなには隠している。なのに"いる"なんて書いたら相手は誰だと質問責めにあうだろうと配慮した結果だ。

「俺は、お前の何なんだ?」

「…っそれは…」

「付き合ってないなら……身体だけの関係、なのか」

ポツリと哀しげに呟かれた声に驚く。確かに明確な言葉で始まった関係ではなかったが、そんないい加減な気持ちじゃない。

「それは違う!俺だって付き合ってるつもりで…、でもわざわざ周りを騒がす必要はないと思ったから…っ」

「……そうか、ならいい」

豪炎寺は顔を背けながら両手を解放した。諦めた様な表情に堪らず声をかける。

「待て豪炎寺!お前、納得してないだろう…っ」

「納得したさ。俺との関係は公にしたくない、恥ずかしいって事だろう?」

「ちが…」

「俺は別に皆にバレたって構わない、…けど鬼道は違った。ただそれだけの事だ。……この話、まだ続けるか?」

「…なんで、そんな言い方…っ」

豪炎寺は普段、こんな敢えて傷つける様な言い方はしない。
こちらに背を向けて鞄を手に取りながら、豪炎寺がもう話は終わりだとばかりに息を吐いた。

「気にするな。駅まで送る」

「…嫌だ、待て…勝手に話を終わらせるな」

「悪いが、俺はもうこの話は…」

「溜め込むな!思ってる事をちゃんと言ってくれ…頼む…」

このまま帰ったら、絶対に後悔すると思った。なによりこんなに冷たくされたのは、初めてで。
不意に瞳から涙がこぼれた。自分でも予想外で慌てて手の平で拭う。

突然の涙に少し驚いたのか、豪炎寺は瞳に困った色を滲ませていた。

「……泣くのは狡くないか」

「…泣かせたのは、お前だろうが…っ」

「……そうだな、酷い言い方をして悪かった」

素直に謝る豪炎寺を見て、乱れた呼吸を整え大きく息を吐いた。
俺の気持ちを、ちゃんと伝えなければ。


「豪炎寺は、きっと凄いサッカー選手になるだろう」

突然の話に、豪炎寺は不思議そうな顔をしている。

「お前が有名になったとき、同性の恋人がいたなんてゴシップは邪魔になる」

「!」

「お互いの家族にだって迷惑がかかる。それを考えたら、出来るだけ関係は秘密にしておきたかった。別にお前との関係が恥ずかしい訳ではない、寧ろ…」

「鬼道…?」

「日本一のエースストライカーの相手が俺でいいのかと思うくらいで…、だから…その…っ…」

上手く伝えられなくて言葉を必死に探していると、豪炎寺にギュッと抱き締められた。

「もういい、わかった」

「…本当にわかったのか?」

「ああ…俺の為を考えてくれたんだろう?」

「お互いの為、だ」

やや照れ臭くて視線を逸らせば、豪炎寺も本音を白状する。

「悪かった。付き合っている人はいない、と書いていたから……何だか哀しかった」

「俺だって、付き合っていない相手に触れさせたりはしない」


*


「それにしても今日は酷かったな。呼ばれて来たのに放置した上、俺より宿題を優先した」

「…返す言葉もない」

しゅんと済まなそうな豪炎寺が可愛いらしい。

「しかも……まだ何もしてくれてない」

「鬼道…?」

「人目を気にせず色々できるのに……な?」

悪戯な視線を送れば、柄にもなく焦ったように頬を染める。

「……っ誘う、な」

「…もう少し、帰るのは後にする」

クスリと笑えば負けじと返される。

「いいのか……泊まりになるぞ」

「構わない」


望むところだ。


俺の予想外の返答に驚いている豪炎寺の首に、腕を回す。
久しぶりに、学校では出来ないキスをした。



END






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