※ホワイトデー

目は口ほどに(円豪)




バレンタインに、チョコレートをあげた。

どこにでも売っている、袋に個別包装されているチョコレート。可愛らしさも高級感も、特別な雰囲気は微塵もないそれが、自分に出来る精一杯だった。

普段は甘いものなど滅多に食べないのに、さも自分の為に買ったのだと装って。

昼休みに袋を開け、食べるか?と勧めると、円堂は嬉しそうに礼を言い、1つ袋から取り出し口に放り込んだ。

もぐもぐと口を動かしている様子は、まるで小動物の様で笑ってしまう。

「ん、うまい!でも、豪炎寺が甘いものとか珍しいな」

「たまにだが、食べたくなる」

「でもさ、今日なら自分で買わなくても良かったんじゃないか?」

沢山貰ってるじゃん、と円堂は特に気にすることもなく言った。

「ああ、必要なかったな」

ズキリと痛む胸と本音は隠して、忘れていたんだとなんとか笑って。


必要なかった、か。


円堂にチョコを食べて欲しいなんて、無意味な事だと分かっている。
気持ちを伝えられもしないのに。

本当に必要ない、ただの自己満足だ。

それでも、世間で騒がれているこの特別な日に、円堂にチョコを食べて貰えたという事実が、少しだけ嬉しかったのだ。

嬉しくて、けれど虚しい。そんなバレンタインだった。



*



ホワイトデー、当日。

この日はサッカー部の、特に元イナズマジャパンのメンバーは大忙しで、夥しい量のお返しを配ってまわらなければならない。
俺も円堂も例外ではなく、全て配り終える頃には夕方になっていた。

「豪炎寺、もう帰れそうか?」

「ああ、丁度全て配り終えたところだ」

「じゃ、一緒に帰ろうぜ!」

本当に凄い量だった。
来年の事を思うと、今から頭が痛くなる。

来年はチョコを受け取るのをやめようかと本気で考えていた時、横からばりっと音がした。見れば円堂が、キャンディの袋を開けている。

「余ったのか?」

「ん……、いや、これは自分の」

「あれだけ沢山配って、よく食べる気になるな」

「豪炎寺も、ほら!」

「いや、遠慮しておく」

今日は甘いものを嫌というほど配ったのだ。食べてなくても、キャンディやらクッキーやら、見ていただけでお腹がいっぱいになった。

「ふーん…、あ、豪炎寺は何味が好き?」

「だから、いらないと…」

相変わらず、あまり人の話を聞いていない。いや、この場合は気にしていない、というべきか。

「別に好きな味聞くぐらい良いだろ?」

「まぁ……そうだな、オレンジがいい」

「へぇー」

「オレンジ色、好きなんだ」

「味じゃなくて色?」

「色、だ」

以前、円堂にオレンジ色が似合うと言われた事があった。
必殺技の炎からのイメージなのだろうが、それからはオレンジ色がずっと自分の中で特別になっている。

言った当の本人は、そんな事忘れているだろうけれど。

円堂がオレンジのキャンディの袋を破いている。
いらないと、さっきも言ったのに。

開けてしまったものは仕方が無いと受け取る為に手を出すと、円堂はそれを気にも留めずキャンディをパクリと自分の口の中に含んだ。


好きな味を聞いておいて、自分が食べるのか…。


「オレンジ、うまいな」

「……そうか、良かったな」

出した手のやり場に困り、気恥ずかしさを誤魔化す様にポケットに突っ込む。

別に欲しかったわけではないが、普通あの流れなら俺にくれると思うだろう。

心の中で、手を出した自分を正当化しながら羞恥を紛らわす。

「豪炎寺」

「なん…」



突然だった。



円堂にぐんと強く腕を引かれて、気付いたら唇に柔らかな感触が当たっている。

顔が近すぎて、円堂の前髪がさらさら擽ったい。

何が起こっているのか理解出来ないまま動けずにいると、口内にスルリと舌が滑り込んできた。

「……っ!?」

柔らかい舌は甘くて、オレンジの味がする。歯にコツンと何かが当たって、それがキャンディだと気付いた時には、円堂の唇はすでに離れていた。

「……円堂…っ、なにを…!?」



キス、された。



しかも口の中には、甘いオレンジ。

口元を押えながら、どういうことだと円堂を見れば、ぷいとそっぽを向かれた。

「いらないとか言うからだろ」

「な…っ」

「バレンタインのお返しなのに、豪炎寺がいらないとか言うから!」

「お返、し…?」

という事は、あの何気なくあげたつもりのチョコが、バレンタインのものだと気付かれていた?

ただあげたのではなく、意味があったのだと。


まさか、鈍感な円堂が、そんな。


「何を…言って…、俺はただ自分が食べていたチョコをあげただけで、何も…」

「分かるよ。俺、豪炎寺の言いたい事とか目でだいたい分かるんだ」

「!?」


目で分かる?


「チョコレート食べて、とか」

「ぁ…」

「俺が好き、とか」

「…っ」


恥ずかしい。顔に熱が集まる。


気持ちが全部伝わってしまっていたなんて、どんな顔をすればいいのだろう。

熱い頬を隠す為に腕で顔を覆うと、円堂が不思議そうに覗きこんでくる。

「どうした、具合悪いか?」

そんな筈ないだろう、空気を読んでくれ。

「……さっきの、そんなに嫌だったか?」

円堂の哀しそうな声に、ただ首を振るしか出来ない。嫌じゃない。けれど、あまりにも突然すぎて頭が混乱している。


お返しだからって、どうしてキスなんか。


俺の事、好きでもなんでもない癖に。


何で。どうして。


思考がぐちゃぐちゃで泣きそうになっていると、円堂に腕をやんわりと外され、視線を合わされる。
あまりの恥ずかしさに顔を背けた、その時。

「だから、分かっちゃうんだって」

円堂が、少し困った顔をしてこっちを見ている。

「な、何が…」

「何でキスしたんだよって、思ってるだろ?」

「!?」

「そんなの、豪炎寺のこと好きだからに決まってるだろ」

「……え…?」

真剣な声で突然告白され、思わず円堂の顔を見返してしまった。



好き?



あまりにも驚いている俺を見て、円堂が憮然とした表情をする。

「何だよ、好きじゃなきゃあんな事しないだろ」

それはそうだ、けれど。

「……本当…か?」

「ホントに」

だとしても。

「…っでも、順番が逆だ…ろっ」

「だから、それは豪炎寺がキャンディいらないって言ったから」

本当はあげるときに言おうと思ったのに、とブツブツ呟いている。

両想いだと実感した途端、嬉しさと気恥ずかしさが押し寄せてきて、つい照れ隠しで円堂に突っかかってしまう。

「そんな、普通に勧められてもお返しだなんて、分かる筈ない…っ」

「えー、そこは分かってくれよ」

俺は、豪炎寺のバレンタイン分かったんだからさ、と唇を尖らせた顔を見て。

円堂には何も隠し事は出来ないな、と火照る頬を押さえながら思った。






happy white day !!!




END




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