年上の人




用意に手間取り少し遅くなった朝食を食べるため食堂へ入ると、微笑んだ吹雪に突然聞かれた。

「鬼道くんは、イナズマジャパンの中で付き合うとしたら、誰がいい?」

「は?」

唐突で突拍子もない問いに、朝食のトレーを運びながら少し気の抜けた受け答えをしてしまう。
見れば、食堂にはほぼ全員のメンバーが揃っており、俺の発言に注目が集まっている。

「付き合う?」

「恋人にするなら、って意味だよ」

「……ならば、俺は春…」

「音無さんはダメ。女子は除外した中から選んでね」


全く意味がわからない。


「鬼道、俺だよなっ」

席に着くと右隣に座っていた円堂が、いい笑顔で聞いてくる。

「鬼道くん、財閥運営について語り合わないかい?」

正面のヒロトに、やわらかく微笑まれた。

次から次へと話しかけられて、なかなか箸がすすめられない。

「……誰か、状況を詳しく説明してくれないか」

訳が分からない。そもそも、何故この中から選ばなければならないのか。

困惑する俺に、既に朝食を食べ終えたらしい豪炎寺が手短に説明してくれる。

要約するとこうだ。

吹雪が女子にモテる話から発展して、何故か付き合うなら誰がいいかという話になった。
意見は綺麗にバラけて、ここにいる全員に1票ずつ入っており、俺の1票の行方に注目が集まっている、と。

「お前達はまた、そんな下らん事を…」

「いいから答えろよ、鬼道。俺と付き合えばサーフィン教えてやるぜ!」

綱海が笑えば、負けじと佐久間が主張する。

「俺は鬼道とは古くからの仲だし、好みも性格も完全に把握している!」

もう、食堂は自己アピール大会になった。

なんとか朝食を食べ終えたものの、何故こんな事に真剣になれるのかと、呆れて物が言えない。

「お前達…」

「鬼道は、誰がいいんだ?」

騒がしい周りなどお構い無しに、さらりと豪炎寺が聞いてくる。相変わらずのマイペースだ。
腰にギュッと虎丸が抱きついているところを見ると、豪炎寺の1票は虎丸なのだろう。

「豪炎寺さんはだめですからね!もう、僕が先に入れたんですから」

「……」


そういうルールだったか?


「誰が良いんだよ、鬼道!」

「誰だ?」

「1人、選んでくれ」

皆から回答を求められ、じりじりと後退しているうちに、いつの間にか食堂の隅へと追い込まれていた。

皆の視線が、やや怖い。

「お、落ち着け…っ、そんなすぐには選べな…」

もう、後ろは壁で逃れられない。

「鬼道!」

「鬼道くんの、正直な意見が聞きたいな」

皆のあまりの剣幕に、いよいよ追い詰められた、その時。

ガラリと食堂のドアが開き、久遠監督が入って来た。

「いつまでのんびり食べている」

時計を見れば、もう練習が始まる時間ギリギリになっていた。

「円堂!」

監督は、視線で円堂にグラウンドに出るように促している。練習を始めろという合図だろう。

「は、はいっ!皆、行くぞっ」

「鬼道、お前はフォーメーションで確認する事があるから来い」

「は、はいっ」

結局、誰と付き合いたいかは言わずに済んで、ホッと胸を撫で下ろす。

皆がグラウンドへ行く中、監督の後について歩きながら思った。
さっき、皆に矢継ぎ早に問い詰められた時。あと少しで、本音を言ってしまいそうだった。

そっと前を歩く後ろ姿を見つめ、つい数日前の夜を思い出せば頬が熱くなる。

次の試合について提案があると夕食後に監督室を訪ね、結局自室に戻ったのは朝方だった。

まだ、たった数回身体を重ねただけで、監督にとっては一時の気の迷いなのかもしれない。それでも。



付き合うなら、あなたがいい。



監督がこんな子供を本気で相手にしてくれる筈がないなと、少しため息混じりに息を吐く。

「鬼道」

「…っ、はい!」

突然声をかけられ、ついどもってしまった。

「鬼道も、もういい。グラウンドへ行け」

「え、でもフォーメーションは…」

「いい、早く練習へ行け」

「はい…」

少し釈然としないまま失礼しますと告げ、久遠監督に背を向けようとして、ふと気づいた。

もしかして、食堂で俺が困っていたから助けてくれた?

それともまさか、嫉妬してくれた…のだろうか?

「か、監督っ」

「何だ」

「……しっ…」

とても聞けない。嫉妬してくれたのか、なんて自意識過剰すぎる。

「鬼道?」

「…な、何でも…ありません」

大体、監督が自分に対して嫉妬なんて、する筈がない。
ただ単に練習時間になったから呼びに来ただけだ、そうに決まっている。



期待しては、いけない。



「……もう、練習に戻ります」

問いたい気持ちを押し殺しながら、グラウンドへ向かおうと踵を返すと、背後からいつもの低い声が聞こえた。

「嫉妬ではない」

「!?」

驚いて振り返れば、腕を組みこちらを見ている監督とばちりと視線がかち合う。

「今、何て…」

「……嫉妬では、ない」

「なら、何…ですか?」

おそるおそる問うと、少しバツが悪そうな顔をしながらも正直に答えをくれる。

「……鬼道には、あの質問は答えにくいだろうと思ったまでだ」

俺には答えにくい?あなたと、関係を持っているから?

胸の辺りがぎゅっとする。やはり、助けてくれたのだ。

「監督、俺は…っ!」

いつも寡黙で言葉では何も言ってくれない監督が、自分を気にしてくれた事が嬉しくて。

「あの時、監督って答えるつもり…でした…っ」

付き合いたいのは、傍に居たいのは、あなたなのだと。



遠回しな、告白。



好きですと、正面きっては言えなかった。まだ自分は子供で、監督の隣に立つには相応しくない。

「そうか…」

そう呟く表情に、心が激しく跳ねた。

一瞬、微笑んだ様に見えたのは気のせいだろうか?

そんな表情をされたら、少しだけ自惚れてしまう。

「か、監督っ」

「何だ、まだ何かあるのか?」

「今日、練習が終わったら……部屋に行っても良い、ですか?」

部屋に行きたいだなんて、あからさま過ぎただろうかと、言ってから急に羞恥心で頬が熱くなる。

そうでなくても監督は忙しい。断られるのも覚悟して、答えを待つ。

「……構わない。仕事があるから少し夜遅くなるが、いいか?」

「はい、ありがとうございます…っ」

「他に用件がないなら、練習に戻れ」

「はい!」


どうしよう、嬉しい。


グラウンドに小走りで向かいながら思う。

あの人の期待に応えたい。サッカーでも、それ以外でも。

油断するとつい緩んでしまう口元を押さえ、気を引き締めなければと決意も新たに、既にストレッチが始まっている皆の元へ急いだ。



*



部屋に行ってもいいかだなんて、中学生にしては随分とストレートな誘い文句だ。

頬を染め、期待と切なさを滲ませた瞳で必死に見つめられては、断る事も出来ない。


食堂の事にしても。


こんな自分でも、やはり年齢差は気になるのかもしれない。
あの時、鬼道の口から誰か他のメンバーの名前が出るのが嫌で、つい遮ってしまった。

我ながら、大人気なかったと恥ずかしく思う。

あんな年端もいかない子供相手に本気だなんて、自分は本当にどうかしている。

けれど、認めざるを得ない。

あの大人顔負けの落ち着いた態度が自分の前でだけは緩み、遠慮がちにだが甘えられるのが嬉しいのだ。

年甲斐もなく少し浮かれた気持ちを抑えながら、キュッとジャケットの襟を正して気を引き締める。



彼を、彼らを世界一にしてみせる。



揺るぎない確固たる決意を胸に、次の勝利へ向けての対策を練る為、足早に監督室へと歩みを進めた。




END



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