疎ましい感情(豪←鬼)




帝国学園にいた頃から、豪炎寺の事は知っていた。木戸川清修の1年生エースストライカーの名は、すでに有名で。

きっと、女子にも言い寄られたりと苦労したのだろう。そのせいかもしれない。
豪炎寺は、恋愛感情を向けてくる相手を遠ざける傾向にある。

自分に好意をもっていると察すると、自然と距離を置く。
親しくしていた女子でも、自分を好きな素振りを見せた途端、素っ気なく接したりしていた。

その事について聞いてみると「好きになられると、その相手への興味がなくなるんだ」と冷めた表情で言っていた。

興味を持たれなくなるなんて、それだけは絶対に嫌だ。



だから、この気持ちは伝えない。伝えられない。



いつも傍にいられるように、豪炎寺を好きな、こんな疎ましい感情は消してしまわなければ。


早く無くしてしまわないと。



*



また、豪炎寺が女子に告白されている。たまたま通った校舎裏で、つい見てしまった。
いつも試合に応援に来てくれていた子だ。可愛くて学校でも人気のある女子。


ああ、可哀想に。


一生懸命、想いを伝えようとすればするほど、豪炎寺の表情が冷めていく。
それをみて、更に焦ってしまって顔を真っ赤に染めている。可哀想で、可愛い。


女子はズルいな。あんな時でも可愛らしい。


胸の奥の、気持ちをしまい込んだはずの部分がぎゅうっとなる。

可愛らしい女子でもああなのだ、同性の自分ならどんなにか軽蔑された視線で見られるだろう。

好きでいてはいけない。
せめて親友として隣にいたかった。愛されなくても、想われなくても。


校舎裏からそっと離れる。もう、見ていられない。


苦しくて切なくて、どうにかなってしまいそうだった。近くの木陰に入り、木に背を預けて胸を押さえる。


ずきずきが止まない。痛い。


マントについているフードを目深に被り視界を狭めれば、周りとは隔絶されて1人きりになれた様な気がする。

不意に涙がぼろぼろとこぼれ、自分でも驚いた。

もう立っていられなくて、ズルズルと木に寄りかかったままその場に蹲る。
抑えていた気持ちが涙と一緒に溢れて、堪えきれない嗚咽がいくつも洩れた。

どうして、と思う。自分が失恋したわけでもないのに。

けれど、さっきの告白のシーンが頭に焼き付いて離れない。

華奢でちいさくて、ふわふわとした彼女は、豪炎寺の隣がよく似合っていた。心底羨ましいと思った。

告白を聞く豪炎寺は、冷めた瞳で彼女を見つめていても、やはり格好良かった。

女子にあんな冷たい対応をして、と嫌いになれたらよかったのに。

豪炎寺のマイナスな一面を知っても、嫌いになれない。想いは深くなるばかりで止めようがなかった。

更に、彼女の傷ついた表情は痛々しくて。もしあの立場が自分だったら、更に罵られたりするんだろうと容易に想像出来て、もう居たたまれなかった。

なのに一方では、心のどこかに彼女の想いが伝わらなかった事を喜んでいる醜い自分もいるのだ。最低だ。

女子に嫉妬して、豪炎寺に焦がれて、失恋した気分にまでなって。

これ以上は保たないと、心が悲鳴を上げている。こんな些細な事で泣くなんて、自分の精神は随分と擦り切れていたんだなと、他人事みたいに思う。

涙も嗚咽も、暫くの間は治まりそうになかった。



*



泣きに泣いて。当然、目元は赤く腫れているだろう。きっとゴーグルで隠し通せるレベルじゃない。

フードを被ったまま急いで教室まで戻り、鞄だけ取って今日はもう帰ろうと漸くなんとか腰を上げる。

木陰からよろよろと出て、教室へ向かおうとした、その時。

「鬼道?」

突然、後ろから声を掛けられ驚きで肩が大きく揺れてしまう。

この声。低く響く、聞くだけで切なくなる声。今、最も会いたくない相手だ。

聞こえなかったフリをして、振り返らずに真っ直ぐ駆け出す。
豪炎寺から逃げなければ。少しでも遠くに。

「鬼道!?」

突然逃げたからだろう。気にした豪炎寺が、追いかけてくる。

こんなひどい顔見られたくない。それに、泣いていた理由を聞かれるかもしれない。嫌だ。絶対に、嫌だ。

「待て、鬼道!どうしたんだ」

「来るな!」

必死で逃げたが、さすがFWだ。あっというまに腕を取られてしまった。

「何故、逃げる!」

「は…なせっ」

腕を引かれ、身体が強引に豪炎寺の方を向かされても、顔を逸らしたまま俯くしかできない。

「鬼道?……お前…」

豪炎寺の訝しむような声に、身体がビクリと強張る。泣いていた事に多分気付かれた。

「……もういいだろう、放して…くれ」

惨めな姿は充分見れただろう。

「…何か……。いや、いい」

言い掛けてからやめた豪炎寺は、何を思ったのか俺の手を掴んだまま木々を縫うように人気の無い方へぐいぐい進んでゆく。

「…豪炎寺っ…?」

「ついてこい」

木々の奥に少し開けた場所があり、豪炎寺はそこで足を止めたかと思うと突然振り返り、グンと腕を引いてきた。

「や、め…何のつもりだ!」

豪炎寺に、やんわり抱き締められている。突然の行動に、動揺が隠しきれない。

「悲しい時は泣いた方がいい。ここなら誰にも見られない」

「何、言って…!はな、せ」

何も知らないくせに。お前のせいで泣いていたんだ。

「夕香が泣いた時もよくこうしてやるんだ。安心するだろう?」

見当違いも甚だしい。安心なんか出来るはずない。心臓が痛い。

「やめ…」

やめて欲しい。抱き締められて優しくされるのは、恋愛対象じゃないからで。

「無理するな。お前はいつも1人で抱え過ぎる」

「そんな…ん、じゃ」

耳元で囁かれる声が、あまりにも優しくて。身体から力が抜けて地面に膝をついても、豪炎寺は俺から手を離さなかった。一緒に屈んで、抱き締め続ける。

「鬼道」

「……や…めろ」

「1人で泣くな」

「……っ」

せっかく止まっていた涙が、また次々に溢れてきた。

「…やめて、くれ」

豪炎寺がフードを外しゴーグルを取る。気遣いからか、顔は見ない様にずっと抱き締めたままで。

「鬼道が泣き止むまで、こうしててやるから」

「なん、で」

もうやめてくれ。苦しい。

「鬼道が悲しいと、俺も悲しい」

「……そんな、の…」

こんなに心が痛いのに。こんなに胸が切ないのに。



抱き締められて嬉しい、なんて。



「俺の勝手な自己満足だ、気にするな」

「……っ…、う…」

「鬼道、たまには周りに甘えろ。支えてやるから」

背中を撫でる手も、ひどく優しい。

「……っく…」

「大切な、仲間だろ」

「……う…」

大切な仲間。

豪炎寺は、本当にそう思っているのだろう。労る様に慰めてくれる。



俺は、お前にもっと醜い感情を抱いているのに。



「ご…えん、じ」

「ん?」

「もっと…」

「あぁ」

強くと強請れば、嬉しそうに応えてくれる。

抱き締める腕がギュッと力を増した。

今だけ、甘える親友のフリをさせて。やましい感情も、苦しい気持ちも、涙と共に流してしまうから。

「豪炎寺、も…っと…」

「ああ。鬼道はもっと人に甘える事を覚えた方がいい」

「ん…」


瞳を閉じると、ただ真っ暗であたたかい。


好きな人にきつく抱き締められながら、一生報われない想いの為に泣くなんて矛盾しているなと、滑稽に思った。




END





- ナノ -