※バレンタイン

渡したいのに




油断していた。

不動はパッと見、近づき難い印象を人に与える。髪型や少し鋭い目がそうさせるのだが、だからこそ油断していた。


まさか、チョコレートを貰っているなんて。


それぞれ違う中学に通う身だから頻繁に会うことは出来なかったが、バレンタインデーは学校帰りに待ち合わせをして会う約束を取り付けていた。

お互いの学校の中間地点にある駅で待ち合わせて、一緒にファミレスでご飯を食べて。
不動が会計の為に財布を出そうとした時、偶然見えてしまった。鞄の中に赤くラッピングされた小さな箱。


チョコレート、だ。


不動の良いところは自分しか知らなくて、だから女子からチョコレートなんて貰わないものと思っていた。

不動は、口は悪いが優しいしとても気が利く。そんなのは少し付き合えばわかる事だ。

顔だって整っている。サッカーだって上手いし、頭も良い。


モテない方がおかしかった。


しかも何故だろう。不動は女子からのチョコレートを受け取ったりしないと、勝手に思い込んでいた。

「鬼道くん、なんか元気なくねェ?」

「そんな事は、ない」

不動の訝しむ問いから、逃れるように視線を逸らす。

女子から既に貰っているのに、自分のチョコレートなんかいるだろうか?

可愛いくてふわふわした女子からの方がいいに決まってる。

そもそも、別に付き合っている訳でもないのに男がチョコレートをあげるなんて事がおかしいのだ。

「鬼道くん?」

「あ…いや、すまない」


チョコレートを渡すのはやめよう。


「何かまた、くだらねェ事考えてんだろ。言えよ」

「何も考えてなど、いない。そうだ不動、今日はチョコレートは貰えたか?」

ああ、どうしてこんな事を聞いてしまうんだろう。

「あぁ?」

「今日はバレンタインだからな。俺は、思ったよりたくさん貰って…」

「へぇ」


本当は、全部断った。


「やはり女子から貰えるのは嬉しいものだな。どれも華やかで、可愛らしい」

「……」

「チョコレートを男から貰っても、別に嬉しくも何ともないだろう?だから」

俺は用意しなかった、と続けながら、自分で言った言葉にひどく傷ついた。


何をしているんだ、俺は。


ふと、ずっと黙ったままの不動が気になった。
見ればまるで会ったばかりの時のような、冷たい視線を向けられる。

「そんな事言う為に俺を呼んだのかよ?」

「え…」

「何なんだよ」

「不動?」


怒って、いる?


「久しぶりに会えば、女子からのチョコレート自慢か?」

「ふど…」

「期待したこっちが馬鹿だったぜ」

「っつ!?」

不意に、肩に何かがぶつかった。突然で避ける事も、受け止める事も出来ず、それはコロンと地面に落ちた。


目に鮮やかな、赤のラッピング。


「え……?」

「男からのチョコレートなんて嫌なんだろ?捨てろよ。華やかでも可愛らしくもないしな」

そう言い捨てると、不動はクルリと踵を返して歩き出した。


まさか、鞄に入っていたあれは、俺へのチョコレートだった?


落ちた小箱を慌てて拾う。自分で施した様な、赤いラッピングに金色のリボン。

「あ……」

俺の為にチョコレートまで用意してくれていた不動を、傷付けてしまった。

そんなつもりじゃなかったんだと、違うと言わないといけないのに。


不動が行ってしまう。


勘違いされたまま、謝ってもいないのに。

「……っふ…ど…、待っ…!」

後悔と寂しさで胸が痛い。不動とまだ一緒にいたいのに。チョコレートを渡したいのに。

「……っ、ぁ…」

じわじわと涙が滲んで、不動の背中がよく見えない。声が擦れて出ないうえ、追いかけたいのに、何故か足が動かない。



行かないで。



ごめんなさい。



「……っふど、…っ!」

歩いていた不動の足がピタリと止まる。様子を伺うようにこちらを見て、一瞬驚いた後困ったような顔で戻って来てくれた。

「ったく、何泣いてんだよ。泣きたいのはこっちだっつーの」

「ふど…違っ…、ごめ……」

不動の制服の裾を、もう行かないでとギュッと掴む。

「まあ、いいから涙拭け。ほら」

ゴーグルを持ち上げられ、目もとをきゅっと指で拭われる。

何度も謝ると、もういいと言いながら頬をぐいぐい擦られた。涙の跡が残っていたのかもしれない。

「……もう、怒ってないか…?」

「怒ってねェよ」

不動から渡されたチョコレートを、まじまじと見つめる。


嬉しい。


「……俺からもチョコレートを渡したい」

「用意してないんだろ?」

「ある…」

「はぁ?じゃ、何でないなんて嘘ついたんだよ。怒ったりして俺すげェ恥ずかしいんだけど」

先程のムキになった自分を思い出したのか、恥ずかしさを誤魔化すような顔をしている不動は、少し可愛いかった。

「さっき、不動の鞄の中が見えて…。女子からチョコを受け取ったんだなと思ったら、渡せなくなった」

正直に理由を話すと、不動は"勘違いかよ"と小さく呟いてこちらを見た。

「鬼道くんは何て言うか……馬鹿だな」

軽く呆れた顔の不動に、何も反論が出来ない。一応、気休め程度の言い訳をする。

「ふ、不動がチョコをくれるなんて、思わなかったんだ…っ」

「意外と嫉妬深いんだ?」

「……すまん」

もう、返す言葉もない。

「1個も受け取ってねェよ」

「?」

「だーから、チョコレート」

「ど、どうしてだ?」

やっぱり、モテてはいるんだな。

「そんなに甘い物得意じゃねェし、本命のが1個だけ食えれば満足だしな」

「……そうか」

「いいから、早くくれよ」

「あっ、すまない。………それで、本命からは貰えなかったのか?」

「鬼道くん、それマジで言ってんの?」

今度こそ完全に呆れている不動を少し不思議に思いながらも、数日前から悩みに悩んで選んだチョコレートを、そっと鞄から取り出した。




happy valentine's Day !!!


END





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