馴れ初め 綺麗な男だ、と思っていた。 睫毛が長く整った顔立ち。漆黒の瞳とは対象的に色の薄い髪。 余計な事は喋らず、理知的な雰囲気を常に纏っているのに、ひとたびサッカーになると情熱的で激しいプレーを見せる。 圧倒的な技術とパワーで、円堂と共にチームを支える、柱のような存在だった。 冷静に豪炎寺を観察しているうちに、ある事に気が付く。 円堂と話す時だけ雰囲気が緩む。慈しむような視線で円堂を見つめている。 シュートが決まって円堂に抱き付かれた時は微かに頬を染めていたし、褒められた時はとても嬉しそうに微笑んでいた。 ああ、そういう事か。 友情や信頼関係では片付けられない感情を抱いているのだろう。 女子にも人気の天才エースストライカーが、人に言えない恋をしている。 けれど、不毛な恋の筈なのに、豪炎寺は全く辛そうには見えない。円堂の隣にいるだけで充分に幸せなのだと、表情が、プレーが言っていた。 そんな、ささやかな幸せで満たされている豪炎寺を見ていると、何故だかとても切なくなる。 本人が満足しているのだからこんな事を思うのはおかしいのだが、何だか釈然としない。 お前はもっと望んでいい筈だ。あんなに一途に円堂の事ばかり気にかけているのに。 ただのチームメイトで、親友でいいのか。 いつの間にか頼まれた訳でもないのに、勝手に豪炎寺を心の中でひっそりと応援する自分がいて。 もっと幸せになって欲しい、笑っていて欲しいと思った。 我ながら随分とお節介だなと思いつつも、3人で帰る時にわざと用事を理由に2人きりにしたり、円堂への言伝を豪炎寺に頼んだ。 「円堂に伝えてくれるか?」と頼むと、ほんの少しだけはにかみ「分かった」と答える顔が好きだった。 次第に2人は一緒にいる事が多くなって、帰りにどこかへ寄ったり、休みは遊んだりする様になっていって。 良かったな、と心の中で呟く。2人の様子から恋人として付き合っている訳ではない様だが、前よりも親しくなれたのなら少しは甲斐もあったのだなと思った。 * 「鬼道」 放課後、不意に豪炎寺から声を掛けられた。 「どうした?」 「円堂が、話があるそうだ」 「円堂が?」 円堂がこうしてわざわざ呼び出してくるのは珍しい。豪炎寺の目尻が微かに赤い事も気になった。 嫌な予感がする。 案の定、呼び出された円堂に聞かされたのは、雷門と付き合うことになった報告と、最近ずっと豪炎寺にこの事を相談していたのだという内容で。 「豪炎寺なんてさ、うまくいったって報告したら、ちょっと泣きそうになって喜んでくれて」 馬鹿じゃないか? 豪炎寺の気持ちに気付かない円堂も、自分の気持ちを殺して泣く豪炎寺も、何も知らずに余計な事をした自分も。 「そうか、頑張れよ」 そう言ってやると、円堂は太陽の様に屈託なく笑った。 「ああ!ありがとな、鬼道。豪炎寺も!じゃあ、夏未が待ってるから」 嬉しそうに駈けていく背中を見ながらふと豪炎寺に視線をやれば、少し淋しそうに、けれど微笑んでいた。 どうしてだ。もう円堂は居ないのだから、泣いても構わないのに。 無理して笑う豪炎寺に、何故だか苛々した。 「お前は馬鹿か」 「鬼道?」 突然の暴言に、豪炎寺が訝しい顔をしながらこちらに視線を向ける。 「好きな奴の恋愛相談にのるなんて、馬鹿だ」 一瞬驚いたように豪炎寺は目を見張り、けれどすぐに表情は元通りになった。 「………そうだな」 「マゾか」 「鬼道、ここはせめて慰めるものじゃないか」 泣き笑いの表情に、弱々しい軽口。 「慰めて欲しいのか?」 「………」 「俺に出来る事なら聞こう」 「……無くしてくれ」 「何?」 「この気持ちを、無くして欲しい」 「それは……難しいな」 「冗談だ、そんな事無理……、鬼道?」 円堂が居なくなった方ばかり見つめている豪炎寺を抱き締め、そっと頭を抱えるようにして撫でてやる。 「き、ど…」 「泣いていい、周りからは見えない様に隠してやるから」 「…っ」 「マントもいるか?」 「………っ、き…どう」 豪炎寺の声が濁って途切れ途切れになる。ずっと我慢していたものが、堰を切って溢れてきたのかもしれない。 「円堂が…好き、だった……」 「ああ」 小さく苦しそうな告白を、頷きながら聞く。 「でも……幸せに、なってほし…から……っ」 自分を抑えてまで円堂の事を想う健気さに、守ってやりたいとの気持ちが溢れてきて。震える肩が痛々しい。 「豪炎寺は優し過ぎるな」 「鬼道、も…な……」 「そうでもない」 俺は違う。余計な事をしただけで、何の役にも立てなかった。 暫く黙って頭を撫でてやると、落ち着いてきたのか肩の震えが治まった。 何とか元気づけようと、慰めにもならない様な言葉をかける。 「きっと、お前にはもっと良い相手がいる」 「円堂は、世界一のキャプテンだぞ……?」 「確かにな」 思ったよりしっかりした声に、やや安心する。 「しかし、いない訳ではないだろう」 「……例えば?」 「世界一の天才ゲームメイカーじゃ不足か?」 冗談半分で聞けば、豪炎寺は少しの沈黙のあとクスリと笑った。 「それは光栄だな」 こうして他愛も無い話をする事で、ちょっとでも元気になってくれたらいい。 暫くの間は辛いだろうが、豪炎寺ならきっと立ち直る。 それまでの間、出来るだけ近くで支えてやれたらと心から思った。 * 「鬼道、何考えてる?」 一緒のベッド、すぐ隣から頬杖をついた豪炎寺に問われる。毛布から出ている剥き出しの肩が少し寒そうだ。 「ああ、俺とお前の馴れ初めを思い出していた」 「馴れ初め?鬼道が俺の失恋に付け込んだやつか」 「人聞きが悪い。慰めただけだ」 「そんな気は全然なかったか?」 「……いや、多少はあったのかもな」 結局あの後、色々な経過を経て、豪炎寺と付き合う事になり現在に至っている。 「鬼道」 「何だ?」 「ありがとう」 スルッと身体に手を回される。正面きって感謝を告げられると、ひどく照れくさい。 「突然、何だ」 「辛い時、傍にいてくれた鬼道には本当に救われたんだ」 「大袈裟だな」 「世界一のゲームメイカーと一緒にいられて幸せだ」 ふわりと笑う顔に、ドキリと胸が高鳴って。 随分と機嫌の良い世界一のストライカーに、俺もだと呟いてそっと口付けた。 END ←→ |