俺が弟に手を出すワケがない

※謙也が高二、白石が小四、ふたりがまさかの義兄弟設定。
※ショタ注意!






 今日は部活が休みの日やったから、いつもより早めに学校から帰ってきた。

 制服のまんま寝転がんのは抵抗あったからさっさと家着に着替えて。何をするワケでも何を考えるワケでもなく、ベッドの上に仰向けんなって俺は寝転がった。計らずとも、天井を見つめる形になる。特に何かがあるワケでもない。

 しばらくそうしとったら、廊下を誰かが歩く音がして。その音が俺の部屋にどんどん近付いてくるなぁて思たら、やっぱりそうやったみたいでコンコンと控えめに扉が叩かれた。

 俺がはい? と上半身を起こしながら尋ねれば、

『おにいちゃん、宿題教えて欲しいとこがあんのやけど……』

 可愛らしい声が、ドアの向こうからした。
 声の主が誰か分かった俺はベッドから体を下ろして、『ええよええよー入って』とドア向こうに声を掛け招き入れる。

 キーッとドアが開いて、姿を見せたのは俺の弟である蔵ノ介。

 まるで時代劇に出てくるみたいな、堅苦しい名前をしたこの弟は、俺のホンマの弟やない。半年前に再婚した、父の相手である義母の連れ子や。
 高校二年生である俺と小学五年生である蔵ノ介との年の差は約六年。小学校丸々入れ違いになってまうぐらい、年が離れとる。でも逆にこれがよかったかもしれへん。

「おおきに! おにいちゃん」

 両方の親が心配したであろう、俺らの仲はかなり上手くいっとった。
 今やって、蔵ノ介は俺を頼って甘えてくる。無邪気な笑顔を振り撒くこの感情に嘘なんかないと思う。懐いて、俺のことを『おにいちゃん』て呼んでくれるし。

 部屋の真ん中に置いてある、ガラスのローテーブルに移動した俺は、胡座をかいて、向かいっ側に座るよう、蔵ノ介に自然と促す。蔵ノ介はすぐ分かったみたいで、俺の向かいっ側にちょこんと座って、テーブルに学校の教材とすぐ見受けられるワークブックと箱状の筆箱を置いた。

「クーちゃん、どこが分からんの?」

 義母が呼んどるからその影響で、俺も蔵ノ介のことを『クーちゃん』、もしくは『クー』って呼んどる。
 まさに可愛いから許されること。蔵ノ介は名前の通りバッチリ男やけど、その容姿は女の子みたいに可愛かった。
 全体的に色素が薄いし、睫毛長いし、目ぇおっきいし、顔は整っとるし。多分将来はとんでもないイケメンになるんやろうなぁって、容易にイメージ出来る。
 ホンマにかわえぇ。

「えっとな、この問題やねんけど、どないやって解いたらえぇか分からへんねん」

 声変わりのしとらん高い声で、蔵ノ介は開いた右ページの一番下の問題を指差す。見た感じ、面積を求める問題みたいや。

 かなりの偏差値に誇る私立高校に通う俺からしたら屁みたいに簡単な問題やけど(逆に解けんかったら立場的にヤバい)、蔵ノ介からしたら難しい問題やろう。

「これはな、まず全体の長方形の面積求めてから、この三角形とこの台形の面積を引いたんねん」

 蔵ノ介の筆箱からぴんぴんに削られた鉛筆を取り出して、図を差し示しながら説明する。

「え、でも長さが分からへん……」
「それはこうやん。こことここが分かっとるやん? そしたらなんぼになる?」
「あっ、そうか!」

 蔵ノ介の顔が何か閃いたみたいに輝いて、鉛筆を握るとカリカリと問題を解きはじめた。
 頭の回転はえぇみたいやから、ヒントさえやったらたいていの問題は解けてまうやろう。

「これで合うとるかな?」
「どれどれ……」

 式を見た感じ求め方は合うとるから、間違っとるとしたら計算ミス。蔵ノ介が求めた答えを、俺は頭の中で計算して自分の出した答えと比べて確かめる。そしたらぴったり合うとった。

「おう、合うとるで」
「やった! おにいちゃん、ホンマにありがとう!」

 ガッツポーズをとって、ふにゃりと表情を崩した蔵ノ介の頭を、

「お安い御用やて」

 俺はポンポンと撫でてやった。

「分からんとこはここだけなんか?」
「うん。ここだけがどうしても分からへんかってん」

 そう口にした蔵ノ介は、ワークブックを閉じて筆箱に鉛筆を戻す。見た感じ、宿題は終わったみたいやな。

「また分からんとことか聞きたいことあったら、遠慮なく俺に聞いてくれてえぇからな。俺はお前のにいちゃんなんやから、いっぱい頼ってな」

 蔵ノ介がなるべく気ぃ遣わんように、俺はいつもこの言葉を掛ける。
 蔵ノ介にはホンマのにいちゃんやと思て接して欲しいし、俺自身、頼りになるにいちゃんになりたい。蔵ノ介とおると、自然とそんなことを考えてまう。

「うん!」

 コクリと大きく頷き、蔵ノ介はまだ生え揃ってない白い歯を覗かせた。

「よしっ……、宿題これで終わりなんやろ? せやったら、俺と一緒にゲームでもせぇへんか?」
「えっ、おにいちゃんは宿題あらへんの?」
「……」

 まさしく図星で、数学の課題が結構な量出とったもんやから、その言葉に俺はギクッとしたけど、

「あらへんあらへん、そんなんあらへん。せやから大丈夫や」

 俺の宿題なんかより、蔵ノ介と遊ぶ方が大事に思えた。優先順位が俺の中で出来上がっとる。
 宿題は蔵ノ介が寝てしもた後に訪れる、深夜帯という時間があるから大丈夫や。やれんことはない。

「分かった。それならやりたい!」

 俺が全否定したかいあったみたいで、蔵ノ介はそう言うてくれた。

 あぁ、ホンマかわえぇわ……。

「お、やる気になったか。ほな、何にしよかー?」
「えっとな、俺、おにいちゃんと戦いたいねん! Wiiの――」

 目をキラキラさせながら口にする蔵ノ介。
 別にショタコンの気ぃなんかないけど、蔵ノ介だけはめちゃくちゃ愛しく感じる。

 母方の方に引き取られた、実の弟が一人おるけど、その弟に抱く感情とはまるでちゃう。全くの別モンや。まぁ、年の離れた弟やねんからしゃあないとは思うけど。ホンマ可愛い。

 ――俺をホンマの兄やと思て、頼って甘えてくる蔵ノ介。

『分からんとことか聞きたいことあったら、遠慮なく俺に聞いてくれてえぇからな』

 蔵ノ介に気ぃ遣て欲しのうて、常にそう口にしとった俺。
 それまでは宿題のこととか、漫画の話とか学校の話とか蔵ノ介の好きな植物の話とか、そんな何気ないもんやった。
 俺が答えれる範囲で、特別難しいもんでもなかった。

 でも、今回のは――

 一味も二味も三味も!

 ……全くちゃうかった。






 その日も、部活が休みの日やったから、学校から帰ってきた俺は、やっぱりベッドの上でゴロゴロしとった。
 ただゴロゴロすんのもアレやから友達から借りた漫画を、横になりながらパラパラめくる。最近話題になっとる、冒険ものの漫画やった。

 一から十巻まで一気に借りたもんやからなかなか読み終わらへん。寝転ぶのは変わらへんけど、体勢を変えつつ俺は漫画を読み続けとった。最初は世界観が分かりにくうて、読むのが事務作業みたいになっとったけど、巻が進むにつれ話にのめり込んでく。

 ラスト一巻、十巻目を手にした時やろか……。

 コンコンと弱々しくドアが叩かれた。
 そして聞こえたんは、

『おにいちゃん……っ』

 助けを求めるかのような、蔵ノ介の声。

 その声に、いつものような元気さはまるで感じられへん。

 何事かと、びっくりした俺はほとんど同じリズムで漫画をめくっとった指をピタリと止め、転がり落ちるようにベッドから下りすぐさまドアを開いた。

 そこにいたのはグスグズと鼻を鳴らし、今にも泣き出しそうに目を赤くした蔵ノ介の姿。

「ど、どないしてん!?」
「おにいちゃぁん……っ」

 目が、ウルウルしとる。

 突然の事態にうろたえた俺やけど、とりあえず蔵ノ介を中に入れた方がえぇ思て、その細い肩を引き寄せ俺の部屋に入れた。 バタンとドアを閉める。
 そのまま肩に手を置いて蔵ノ介を誘導し、ベッドの上に椅子みたいな形で座らせた。

 床に膝をついて、下から覗き込むような形で蔵ノ介を見、

「どないしたんや? なんか、嫌なことでもあったんか?」

 優しく、声を掛ける。
 さっきはびっくりして、声が裏返ったりしてしもたけどもう大丈夫や。冷静に蔵ノ介と接せる。

 蔵ノ介は俺の問い掛けに、ブンブンと横に首を振り、ちゃうねん……と今にも消え入りそうな声を漏らした。
 グズグズと鼻を鳴らし、瞬きした時ついに零れてしもた涙を蔵ノ介は手の甲で拭う。
 蔵ノ介が話してくれんのを、俺は待った。
 時間と共に蔵ノ介の様子は徐々に落ち着いてき、鼻をすする音が無くなった頃、蔵ノ介はあんな、と口を開き始めた。俺は話しやすいよう、うんと蔵ノ介の言葉に真剣に耳を傾ける。

「……俺、病気かもしれへん」
「病気? なんの?」

 病気と聞いて、俺の心臓はビクリと跳ねた。

 蔵ノ介にもしものことがあったら……と、嫌なことばかり考えてしまう。背中が、一気に寒くなった。

 せやけど蔵ノ介は、俺の問いに再び首を振った。

「分からへん……。でもな、さっき昼寝して起きたら……白いおしっこが出てしもてて……俺、恐くて……っ」

 え……?
 白い……おしっこ?

「こんなん始めてで……おにいちゃん、やっぱり俺病気なんかな?」

 『病気』なんかとは、全然ちゃうかった。

 もうそんな歳なんかとか、ちょっと早ないかとか、さっき心配してた気持ちが嘘みたいに吹き飛んで、俺は一人納得し関心した。

 安心する俺とは反対に、不安げに揺れる蔵ノ介の瞳。
 そんな蔵ノ介の不安を取り除くように、俺は笑ってみせた。

「クーちゃん、それは大丈夫や。白いおしっこは病気なんかとちゃう」
「……ホンマ?」
「おぉ。白いおしっこはクーちゃんが大人になった証やねん」

 俺がそう言っても、蔵ノ介は不安げに瞳を揺らすだけやった。
 ならばと、俺は尋ねる。

「クーちゃん、その白いおしっこが出てしもたパンツは今もはいてんの?」
「うん」
「じゃあ、ちょっと脱いで見せてくれへんかな?」




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