独白。

※anemoneの番外編。謙也からの視点。
※この作品も、4月10日に開催された「わくわく四天宝寺4」にて無料配布したものです。


 ――我ながら、歪んでると思う。

 俺がどんな気持ちでおるか、お前全然知らんやろ。どんな気持ちでお前に接してるか、全然知らんやろ。
 ……知っとる。そんなん、嫌になるぐらい分かっとる。
 俺が伝えへんのが悪い。
 友達面して、お前の側におんのが悪い。
 なんもないフリして、お前と一緒におる俺が悪いんや……。
 でも伝えたら?
 伝えたら伝えたで、お前はどんな顔するんやろ。
 うまいこと……いくか?
 その可能性は、きわめて低い。多分、困ったような顔して、ごめんて謝るんやろな。綺麗な顔を歪めて、お前は謝るに違いない。それに対して俺はヘラヘラ笑ってえぇよて言うんやろか。それともこの歪んだ気持ちをぶつけるんやろか……。
 どっちにしたって、今まで通りにはいかんやろ。うん、分かっとる。
 お前に嫌われてまう。
 嫌やな……。そんなん耐え切られへん。



 授業中、前の方の席に座る白石を見つめる。
 この前の席替えで、俺は窓際の一番後ろの席になって、白石は二つ隣の列の前の方の席になった。せやから俺の位置からは白石が何してんのか丸見えや。白石は今シャーペンを動かし、カリカリとノートをとってるようやった。
 一方で俺は、授業中そっちのけで白石のことを見つめる。苦手な世界史の授業やから、余計に先生の声は右から左や。先生の声をバックミュージックに、俺は白石を眺めてた。
 こんなにも、白石を見るようになったんは何時からやったやろう。普通やったら飽きる。でも白石には俺の目を引き寄せる何かがあって、見てても全然飽きひんかった。自然と目で追ってまう。
 それが――恋やと気付くんにそないに時間は掛からんかった。
 好きや。
 白石が好きや。
 友達やった白石を好きになる。この感情は、俺にとってしっくりくる事実やった。
 白石が……好き。
 せやけど、この想いを伝えることは許されへん。
 したら最後、俺らは今まで通りでいれるワケない。つまり……終わりや。確かに今の状況は居心地のえぇものやない。それでも白石と一緒におれるだけで幸せやった。
 でも白石が好きて気持ちは苦しいぐらい俺の中にあって……告白してスッキリさせたいて気持ちもある。
 いや……ちゃう。ちゃうわ。
 そんな綺麗な感情やない。
 俺は――白石を、自分のモノにしたいんや。
 白石の整った顔に視線を注ぐ。
 その目も、髪も、鼻も口も手も足も何もかも。自分のモノにしたいて欲望が、俺の心を満たしてた。
 もちろん……その心も。
 そんなことを考えてたら、前を向いてた筈の白石がこっち向いてて、視線がばっちり合う。内心ドキッとしていると、白石は口だけの動きで、
『ちゃんと聞きや』
 て伝えると、軽く微笑んでまた前を向いてしもた。
 頭の中を占めてた、嫌な気持ちが引いていく。
 ……せや。そんなん、出来るワケないねん。無理矢理やろう思たら出来るけど、大好きな白石が嫌やて思うことはしたなかった。今までそんなことはなかったけど、いつか俺はこの醜い感情をぶつけてしまいそうやった。
 堂々巡りのこの考えはいつも同じ考えにたどり着く。
 俺は……白石と離れるべきなんや。
 ずっとずっと、思てたこと。それしかないと思えた。



「――白石、俺今日塾やから先に帰るな」
 二学期。受験ムードも本格的になってきた頃。
 部活を引退して余裕の出来た俺は、塾に通い始めた。親から行け行けてずっと進められてたってのもあるけど、ホンマは……
「おぉ、じゃあまた明日な」
 白石と少しでも離れたかったから。
 塾には通てるけど、そないに急ぐ必要はない。帰りの時間だけでも、少しの間でも、俺は白石と離れたかった。『塾』っていう言い訳はかなり使える。白石はたいして気に留めた様子もなく、
「謙也、しっかりな」
 と、言葉をくれた。
 心の中で白石に謝りながら、俺は教室を去る。
 ――いつも白石と帰ってた道を、一人で歩くのにも慣れてきた。
 白石のことを出来るだけ避けて、勉強に打ち込むことで、俺は白石のことを考えんよう気を紛らわせる。
 途中入塾やったけど、塾のやり方が俺に合ってたんと今までにないぐらい勉強しまくったせいか、模試の点数がメキメキ伸びてきた。父さんも母さんもめちゃくちゃ喜んでくれた。学校の先生も、部活のメンバーもクラスメートも白石も。みんな、みんな……。
 めっちゃ単純やけど、この時頭が良ければどんなことでも許されるんやないかと思えてきた。俺が白石が好きってことも、認めてくれるんやないやろか……。そんな風に思えてきた。
 せやから俺は、志望校を変えてみた。
 それまでは親の進めで、医学部のある大学の付属高校を志望にしててんけど、それを学区一の偏差値を誇る理数科のある高校に変えてみた。
 ここに入れば、みんなが認めてくれる。ここに入って、えぇ大学に行って、医者になればみんなが認めてくれる筈や。
 えぇ大学を卒業して医者になれたら、親だって何も口出しせぇへんと思う。
 誰にも、文句なんか言わせへん。
 文句を言わせん為に、俺は誰からも認められる人間になりたい。
 あほみたいな話やけど、俺ん中で頭いいイコール誰もが認めてくれる的な方程式が出来上がってしもた。
 このいびつな感情を、誰かに認めて欲しい。ただ、それだけのことやった。
 いざ、志望校を変えてみたら、周囲にはめちゃくちゃ反対された。お前には無理や、せやからやめとけって。そんな周りの意見は無視して、俺はより一層勉強に打ち込んだ。
 周りが無理や無理やと口を揃えて言う中、
「謙也、すごいやんかっ!」
 複雑なことに、白石だけは応援してくれた。教室で模試の結果の見せ合いっこしてる時、白石は俺の点数を見てそう言うてきた。
「最近めちゃくちゃ頑張ってるもんな、ホンマすごいわ! 俺も、見習わなアカンなぁ……」
 自分のことみたいに喜んでくれる白石。そんな白石を見て、俺は好きやと感じずにはおられへん。
 白石が好き。
 白石のことを少しでも避ける為に始めた勉強やったけど、今度は誰からも認められる為に頑張った。
 めちゃくちゃ頑張った。
 睡眠時間を削って、勉強に打ち込んだ。
 それに勉強してる間は、白石とのことを前向きに考えられるような気がした。



 ――そんなある日。
 いつも通り、少しでもはよ帰って塾に行って自習しようと、帰り支度を手早く済ませた俺は、教室を出ようとした。そしたら、
「謙也っ」
 白石に呼び止められて。
 こんなこと……今までなかったのに。
 俺はこちらに近づいてくる、白石に視線を向ける。
「何……?」
「今日も……塾なん?」
 今までを振り返ってみたら、明らかにそうやのに、なんでわざわざ白石は聞いてくるんやろう。俺が疑問に感じてると白石は言うのを躊躇ってた感じやけど、口を開いた。
「いやな、謙也が頑張っとんのは知ってんねん。志望校変えて、めちゃくちゃ頑張ってんのも知ってる。でもな……最近、一緒に帰ってへんやんかぁ。俺、ちょっと寂しくて……」
 ……なんやて?
 教室は放課後でざわついてる筈やのに、周囲の雑音が一気に消えるのを感じた。頭の中が真っ白になるってのはこういうことやろか。
「……っ」
 俺が……どんな気持ちにお前に接しとるか知っとるか? 毎日苦しくて苦しくて、その気持ちをちょっとでも紛らわす為に、俺は勉強しとるんや。
 それやのに、なんやねん。
 人の気も知らんで、無責任なことばかり言いやがって……っ! 期待させるようなこと言いやがって……っ!
 なんやねん。
 目の前で申し訳なさそうに笑う白石が、歪んで見える。こんなにも憎悪を抱いたのは始めてやった。
 白石は悪ない。
 悪いのは全部、何も言わへん俺なんや。
 でも、もし想いを伝えたら?
 白石……白石は、俺の想いに答えてくれんのか?
 首を、縦に振ってくれんのか?
 なぁ……白石ぃっ!
「謙也?」
 どないしたん? とニュアンスの含まれる口調で白石に名前を呼ばれて、俺はハッとなった。
 俺は今何を……。
 ほんの少し移動してた手を元の位置に戻して、必死に平静を装った。ざわついた音が耳に戻ってくる。
「あ、いや……ごめんな、白石。俺、調子に乗りやすいタイプやから、しっかりやらなアカンねん。油断したら……アカンねんやわ。せやから、ごめんな」
 もっともらしいこと言うて、俺は白石に嘘を吐いた。手が、めっちゃ震えてる。
「そっか……。すまん、変なこと言うてしもて。受験が終わったらまたどっか行ったりしよ」
 白石は本当に申し訳なさそうに、弱々しく笑ってそう言う。俺はそれにえぇよえぇよと笑って、バイバイと手を振ってから教室を後にした。
 自然と早くなる足どり。
 廊下を駆け抜けるまでとはいかんけど、普通に歩くよりは確実に早かった。
 ――俺はさっき……白石にキスをしようとした。
 無責任な白石の言葉に腹が立ち、その体を無理矢理引き寄せて、キスをしようとした。
 こんなん……アカン。
 アカンなんか分かってる。でも白石が、俺の気持ちを弄ぶようなこと言うたから、我慢出来んようなった。
 俺の気持ちを思いしれと言わんばかりに、強引にしようとした。
 恐い……。
 白石のちょっとした発言で、俺は理性をなくす可能性がある。そうなったら、白石に嫌われることをしてまう。
 もう、嫌や……っ!
 校門を抜け、しばらく駆け足気味に歩いてた俺やけど、徐々にその足どりは緩やかになって。人気のおらん道に入ったとこで、俺は立ち止まり、
「……うぅっ、……っ、ぅ……っ」
 静かに、涙を流した。
 雨でもないのにアスファルトには斑点が出来、その染みはどんどん増えてった。
 我慢出来ひん……。
 もう、堪えられへん……。
 いつ誰がくるかも分からん道で泣くのには抵抗あったけど、俺は涙を止めることが出来ひんかった。



 どれだけ願っても白石は手に入らへん。
 周りに認めてもらう存在になるには、まだまだ時間が掛かる。
 距離をあけたところで、白石はすぐ距離を詰めてきて、何かが変わるワケやなかった。いつか俺は、絶対白石を傷付ける。なにより、俺自身が辛かった。
 せやったら今度は――忘れるしかないやろ。



 それを実行するには、えぇ機会やった。
 無理や無理やて言われてたけど、俺は周りの期待をいい意味で裏切って、高校に見事合格した。あれだけ難癖つけてた癖に、いざ合格してみたらみんな喜んでくれた。もちろん、白石も。
 でも合格して、終わりってワケやなくて、それからの方が大変やったただでさえ、ギリギリの実力で入ったんや。入ったら入ったで大変で、授業についていく為だけで塾に通うハメになった。
 勉強だけで手一杯。
 テニス部か陸上部に入りたかったけど、そんな余裕ものうて、俺は毎日勉強勉強の日々を送った。そのお陰……いうたらおかしいけど、白石と会って話すとか、連絡を取り合うこともなくなった。他のクラスメートとも、連絡を取り合わんようになった。
 ちょうどよかった。白石のことを忘れるにはえぇ機会や。最初の頃はちょっとやり取りしてたけど、その内にせんようになって、白石との関わりは完璧に切れた。
 でも、白石のアドレスは消せずにおった。
 そんな時、俺はクラスメートの女に告白された。友達として仲良くなったやねんけど、その子にいきなり呼び出されて好きやと言われた。
 ――白石を忘れるにはちょうどえぇ。
 そんな気持ちから俺はその子と付き合い始めた。
 よう考えたらそんなんで、うまいこといくワケないやんなぁ。その子とは一ヶ月で終わった。
 その後も、白石のことを忘れる為に――白石に代わる存在にする為に、俺は卒業するまでに何人かの女の子と付き合った。でも無理やった。全部白石と重ねてしもて、短期間で終わった。長続きしても最高半年や。
 そんなこんなで、勉強一色で塗り固められた高校は終わりを迎えて。勉強ばかりの生活やったお陰で、晴れて国公立の医学部に入学することが出来た。
 大学に入ったら、多少ゆとりが出来た。まぁ上回生になるにつれまた忙しくなるやろうけど、とりあえず今は普通にいけてる。
 そんで……俺は出会った。
 二回生になったある日。季節は春。風に混じって、桜がふぶいてた。
 俺は図書館に本を借りに行って、そこで会うたんや。
 白石の妹――白石 友香里に。
 いっぺんしか見てないけど、白石の妹てことでよう覚えとる。
 俺が年とったんと同じように年とって、多少大人っぽくなっとるけど、間違いないと思えた。
 この図書館には学生が自習できるようなスペースが設けられてて、そこで顔をしかめながら勉強してた。当時の学年から考えるに、今はちょうど高校三年か……。受験シーズンやな。
 その時は特に気にも留めんと帰ったんやけど、翌日、大学の講義中にふと思たんや。
 白石の妹やねんから……白石に似てるんやないかって。
 白石の……代わりぐらいにはなるんやないかって。
 そうかもしれへん。いや、そうに違いない。
 そう思たら、俺の体は自然と動いてた。



 俺には唯一、白石のことを相談出来る相手がおった。
 従兄弟の――侑士や。
 コイツのお陰でどれだけ救われたか分からへん。白石絡みの話は全部侑士にしてた。こんな話、コイツにぐらいしか出来ひんわ……。
 せやからこの話も電話でした。
 そしたら侑士は、
『謙也……お前、狂っとるな』
 神妙な声でそう言うてきて。
 俺はそうかも知れんと、笑い飛ばした。

 それでも俺は、『白石』が欲しいねん……。


end.
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