とあるコンビニ店員の恋路

※読みにくくてすいません。この作品は4月10日に開催された「わくわく四天宝寺4」にて無料配布した作品です。
※コンビニパロ



 もうそろそろか……と、俺は店に掛かっとる時計に目をやった。
 時刻は午後9時59分。少しずつ進む秒針に、俺は胸が高なんのを感じた。
 もうちょっと、後もうちょっとで……。
 その時、ピコンピコンとドアが開く度に鳴る音がして、
「い、いらっしゃいませーっ」
 俺は最高の笑顔を貼付けて、お客さんを出迎えた。
 ――が。
「……」
 入ってきたんは四十代半ばのおっさん。よう見る顔で、この辺に住んでのんか寝巻きみたいな格好で来よる。どうせ酒を買いにきたんやろなぁて思いながら目で追うていったら予想通りの展開。酒のコーナーに一直線で、何を買うか迷っとる。どうせ何を買うかなんか分かっとるけどな……。結局いつも同じなんや。
 一方で俺はため息を吐き、緊張で思わず入ってしもてた力を抜く。
 そんな俺を憐れに思たんか、
「謙也……まぁしゃあないわ」
 バイト仲間であり友人の一氏ユウジが、半笑い気味に言いながら俺の肩をポンと叩いた。
 俺はうっさいて目で訴えてから、レジの前に立ってまた入口を見つめる。
 俺――忍足謙也はコンビニでバイトしとる、大学生や。ホンマはコンビニやなくて、レンタルビデオ店とかでバイトしたかったんやけど、朝が早かったり講義が遅い時間にあったりで、一番自分の生活にあったんがこのバイトやった。時給は安いけど楽やし、家からは近所やし、シフトの融通もきくし、かなり気に入っとる。ホンマ、紹介してくれたユウジに大感謝やわ。
 そんでもう一個、俺がこのバイトを気に入っとる理由があった。
「今日は来おへんのかなぁ……」
 からかうように言うたユウジを、俺は軽く睨む。
 その内にさっきのおっさんがレジにやってきて、俺は笑顔で対応した。常連さんの顔と何をだいたい買っていくんかは、自然と覚えてまう。おっさんはやっぱりいつもと同じ酒と、つまみになるお菓子を買っていきよった。
 それらを慣れた手つきで袋をつめて渡したら、ありがとうございましたーて言いながら自動ドアに向かうおっさんを俺は目で追った。
 おっさんが出ていくと同時に入れ代わりに別の客が入ってきて、俺は目を見開いた。
 ――きた……っ
 思わず体に力が入る。
「きたきたきたきた」
 ユウジのヤツが小声でなんか言うとる。
 俺は当然無視して、入ってきた――というよりは待っていたその客に、ちょっと強張った顔で、
「いらっしゃいませー」
 を、口にした。
 その客は俺の顔をちらっと見た後、スタスタとおにぎりとかサンドウィッチの置いてある食料コーナーに歩いてく。
 客が少ないからってユウジはまたこっちに寄ってきた。
「きたきたきたなっ。お前の待ち人、蔵ノ介くんっ!」
 そう。
 客の名前は白石蔵ノ介。歳はハタチ。俺と同じ学年。エスカレーターで大学に入った私大の俺とはちごて、めちゃくちゃかしこい国公立大学の薬学部に通っとる。
 ちなみに俺と白石くんは全くの赤の他人で、友達でもなんでもない。ただのコンビニ店員とそのコンビニの客っちゅー関係や。
 やのになんでこんなにも知ってるかというと、白石くんが酒を買った時に身分証提示を俺がお願いしたからや。なんとなくは分かったけど、白石くんのことを少しでも知りとうて俺は身分証提示をお願いした。……めんどくさいヤツですいません。そんなよこしまな気持ちからやのに、白石くんは嫌な顔一つせず、爽やかに笑って『えぇですよ』と言うてくれて、ちょっとだけ心を痛めながら俺は見せてくれた学生証で、白石くんのプロフィールを知ったワケや。
 普段使わん頭をフル回転させて覚えた情報やからな。この記憶に間違いはない。
「ユウジ……お前うっさい」
 ベタベタとくっついてきたユウジを跳ね退けて、俺は内心ニヤニヤしながら白石くんを目で追う。ユウジは心底面白そうに笑いながら、お菓子の品だしにいった。
 レジから食料コーナーは微妙に見えてて、白石くんは何を買うか迷とった。
 俺のデータによる(キモいのは自分でもよう分かっとる)と、俺がバイトに入っとる月・木・金の、だいたい10時頃に白石くんは買い物に来る。ユウジの話やと土曜も来るらしいけど、シフトの入ってへん俺には関係ない。とりあえず俺はバイトに入る日には、必ず白石くんに会えるってことや。この神懸かったシフトに、俺は感謝する他ない。
 ――なんで。
 俺がこないにも白石くんに執着するかというと、それはただ友達になりたいからやとか、そんな純粋な気持ちやない。
 白石くんは男で、もちろん俺も男やけど……俺は白石くんが好きやった。所謂一目惚れていうとこやろか。
 ミルクティーみたいに綺麗な髪に、陶器みたいに白い肌。始めて白石くんを見た時、他の客とはちゃう輝いた存在に、俺は目を奪われた。
 それが恋やと気付くんに、そう時間は掛からんかった。
 ユウジは自分も男を好きになったことがあるせいか、俺の恋を応援してくれとる。これは非常に有り難いけど、時々……アレやな。
 白石くんをずっと目で追ってたいけど、そういうワケにはいかんで、俺はレジに商品を持ってきた客の応対をする。
 そしたらどうや。
 今まで暇してたレジに客が並んでるやないか。そのことに気付いたユウジがもうひとつのレジあけて、後ろに並んでたお客さんにこっちくるよう促す。しばらく落ち着くまで、二つのレジですることになった。
 これがアカンかった。
 あろうことか……買うモンを決めた白石くんがユウジのレジの方に並んだんや。いや、確かにユウジの方が客が少なかったけども。正直、俺はかなりのショックを受けた。
 ユウジが目でごめんと合図を送ってくる。こればっかりはしゃあないやろと自分で自分を納得させて、俺は自分の客に集中した。
 一通りの客が引いて、俺は去り行く白石くんを目で追った。
「あ、ありがとうございましたー」
 せめて声を張り上げて、俺の存在をアピールしとく。
「……すまんなぁ、謙也」
 口調は申し訳なさそうなクセして、ユウジの口元は笑っとる。
 完璧に、面白がっとるやないか……っ
「まぁ……明日も来る筈やし、明日を待つわ」
 今日は木曜やから、明日にも白石くんは来る筈や。それを信じて今日はやるしかない。
 バイトは11時まで。それまでしっかりやるか……。
「にしても謙也。蔵ノ介くんに話し掛けたりはせぇへんのか?」
「それは……」
 そりゃあもう、白石くんに話し掛けたい気持ちはある。でも客と店員なワケやし、そもそも俺のことなんか覚えてへんかもしれへんし。
「無理やって……俺と白石くんは住んでる世界がちゃうんやし、話し掛けたりしたらびっくりするやろ……?」
「ヘタレやなぁ……まぁ知ってたけど」
 ため息混じりにそう言うた後、ユウジはまた品出しに行ってしもた。
 恋人までとはいかへん。俺かて、白石くんと友達ぐらいになれたらなて思う。
 でも、でも……。
 こういうとこがヘタレやて言われるんやろか。そんな気するわ。

 翌日、白石くんは俺の予想通りやってきた。
 今日はバイト仲間であるユウジはおらん。シフトが被ってんのは木・月だけやからな。
 代わりに、金曜はいっつも10歳年上の、フリーターのネエちゃん――佐藤さんと一緒や。10個も離れてたらかなり年代ちゃうし、何話したらえぇか分からん。バイト始めてこの人とも長いけど、俺は未だによう話したことがなかった。
 そんな俺の癒しはやっぱり白石くんや。
 白石くん、やっぱり今日も綺麗やなぁ……と、どこの恋する乙女やねんとツッコミを入れながら、俺は自然と目で追う。
 白石くんはいつも通り食料品のコーナーに行って、何を買うか迷てるみたいやった。
 そんで今日は昨日みたいな悲劇はなく、白石くんは商品を持って俺の担当するレジにやってきた。
 まぁ、もう一人バイトである佐藤さんは品だししてるからレジにおんのは俺だけやねんけどな。余談やけど、俺は商品を陳列すんのが雑いとかで、品だしはホンマに暇な時しかさせてもらわれへん。ほぼレジ担当や。
「いらっしゃっいませー」
 お決まりの台詞を吐いて、白石くんと対峙する。白石くんが置いた商品のバーコードを俺は一つずつ読み取っていった。その中に酒があった。白石くんが酒を買うんは身分証提示をお願いしたあの時以来や。珍しいこともあるもんやなとそのままバーコードを読み取ったら、白石くんはびっくりしたみたいに目を開いて、
「……俺のこと、覚えてはるんですか?」
 そんなことを言うてきた。
「へ……?」
 もしかして、もしかせんでも……俺、話し掛けられとる?
「いや、前ん時身分証出して下さい言うてきたのに、今日はなんも言いはられんから……」
 固まる俺に構わず、続ける白石くん。
「あ……俺ようこの店使うし、忍足さんのことよう見るから、顔覚えられてるんやったらちょっと嬉しいなぁって」
「えっ、ちょちょちょ……っ、なんで俺の名前……」
 白石くんは俺の中にとんでもない爆弾を次々に落としていく。
「え……やって名札。名札に名前書いてるやないですか」
 自分の左胸を指差しながら白石くんは言うて、俺は自分の左胸を見て納得する。そこには顔写真入りの俺の名札があって、はっきり『忍足』の名前が書かれとる。せやな。見たら分かるわな。
「最初は珍しい名前やなぁ思て、覚えたんですよ。忍足さん、俺がくる時だいたいおるし」
「……」
「常連とか、俺のちょっとした憧れで。それになれたんやったら嬉しいなって」
 白石くんは思わず目を閉じてまいそうな、眩しいぐらいの笑顔を向けてくる。しかも俺に向けて。俺だけの為に!
「あ、すんません。バイト中やのに話してしもて。――なんぼですか?」
 白石くんに促されて、俺は今がバイト中やってことを思い出し、レジを叩いて映し出された金額を読み上げた。それに対して白石くんはお金を払って、俺は清算を済ましつつ袋の中に入れて、レシートの上に釣りを乗せて渡す。
 さっきのやりとりはなんやってんて思いたなるぐらい、俺と白石くんはいつも通りやった。白石くんは釣りを財布ん中しもて、商品の入った袋を手にとったら、
「じゃあまた来ます」
 そう言い残して、やっぱりいつも通りそのまま扉に向かう。
 俺はぼんやりとその光景を眺めてたけど、同時に今しかチャンスはないんやないかと思えてきた。
 このチャンスを逃したら、もう……っ
 それを考えたら体が勝手に動いてた。
「あ、あの……っ」
 レジから身を乗り出して、俺は白石くんを引き止める。
 白石くんはなに? て顔して、こっちを見てきて俺はちょっとどうしよってなったけど、構わず、もはや叫びに近い形でこう口にした。
「お、俺……忍足謙也言います! これからもよろしく……い、いや、ご贔屓にお願いしますっ!」
 なんで噛み噛みやねん俺。しかも声裏返っとるし。とりあえず言えたことだけに合格点やけど、顔から火ぃ出るんやないかってぐらい、恥ずかしかった。
 そしたら白石くんはプッて吹き出して、
「こちらこそよろしゅうに」
 軽くお辞儀した後、店を出て行った。
 俺は白石くんがおらんようなった後も、呆然と扉を見つめてた。
 夢みたいや……。
 白石くんと言葉を交わしたことに、ある種感動のようなものを覚えてた。
 そしたら佐藤さんがレジの傍まで寄ってきて、
「……何してんの?」
 と、強烈な一撃をくわえてきた。
 俺はすんませんと謝った後、夢心地で一日を過ごした。





 ――それからというもの。
「白石くん……コレいっつも買っとるけど、美味しいん?」
「うん、普通に美味しいよ。謙也も今度買うたらえぇやん」
 俺と白石くんは、タメ口で話せるぐらいの仲になってた。
 白石くんは、
「ところで謙也……。俺のこと、呼び捨てでえぇよ。タメやねんから」
 ていうてくれるけど、白石くんと喋れてることが奇跡やねんから、呼び捨てなんかしたら罰当たる。
「い、いやいやいや、えぇよ。白石くんて呼ばせて」
「そうかぁ……? まぁ別にえぇんやけど」
 白石くんはほんの少しだけ寂しそうに笑って、それにドキッとした俺はつい口走ってしもた。
「で、でもいつか……もっと仲良うなれたら、呼ばせてや」
 心の中では呼びたいと思てるからこそ、つい出てしもた言葉やった。
 白石くんは俺の大好きな笑顔になって、
「――ほな、今日はこれで。また来週、寄らせてもらうわ」
 そう言い残して、店を出てった。
 俺はまた来てなと、白石くんの背中に言葉を投げかけて、白石くんを見送る。
 ちょっとずつ。
 ちょっとずつ仲良くなれたらえぇ。焦る必要はないんや。
 そんでいつか、自分の気持ちを伝えれたら……。
 そんなことを自分自身に言うてたら、品だししてたユウジが戻ってきて、
「まぁ、頑張れ」
 俺の肩をポンと叩いてきた。
 


end.
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