白石は前みたいに、強い力で体を拭かんようになった。下半身を中心に、精液の付着した部分を綺麗に拭きとる。
 それが済んだらいそいそと服を着始めて、白石は部活のジャージ姿になった。
 その間に俺は、バイブを拭いて広げられたシーツを小さく畳んでた。

 使用済みシーツはいっつも、袋に入れて白石が持ち帰っとる。
 せやからさっさと袋に詰めたらえぇのに、

「白石、これから練習行くんか?」

 俺はそれをせんかった。
 そう聞いて、白石をここから立ち去らせようとしとる。そうやないとヤバい。

「うん、そのつもりやけど……」
「ほならもう行きや。俺が片付けとくから」
「え!? …そんなん悪いって」

 白石の性格を考えたら、そう言うのは分かってた。でも、ここで引き下がったらアカン。押さな。
 いつもは自然に白石が立ち去るのを待つパターンやけど、今日は……アカンかった。

「えぇって。俺は帰るだけやし。片付けるぐらいなんてことないって」
「せやけど……」
「ホンマ、たいしたことないから。……ほら、いったいった」

 白石の体を扉の方に向けて、その背中を押した。白石はアカンて言うて戸惑ってたけど、あまりに俺が言うモンやから折れてくれたんか、抵抗はせぇへんかった。外に出た白石に代わってラケットをとって、しっかり握らせる。

「しっかり頑張りや」
「……すまんな、ありがとう」

 申し訳なさそうに下がった眉。
 そんな表情ではあったけど、白石は引き下がってくれて、コートに向かってった。

 それをしっかり見送ってから、

「……」

 俺は部室に鍵を掛けた。
 室内は精液特有の、青臭い臭いに満たされとる。
 後で換気せななと思いつつ、俺は床に置いてた折り畳んだシーツの前に膝をつき、ベルトを外して、下着ごとズボンを……引き下ろした。

 ――我慢、出来ひんかった。
 出来ることなら、白石が自然とコートへ行くトコまでは我慢したかった。
 でも、無理やった。我慢の限界。

 外気に晒された自身は、一度も触ってへんのにビンビンに勃っとる。

 俺は最低や。
 友達面して、えぇ人のフリして白石の手伝いをして、こんなことばっか考えとるんや。

 いやらしい目で、白石を見とった。
 普通やない。友達やと思てやってたんなら、こんなことにはならへん筈や。
 少なからずやましい気持ちがあるからこないなことに……。

 ばっちり勃ち上がった自身を見て、俺は唇を噛み締める。
 毎回、我慢の連続や。白石の痴態を目の当たりにして、何も感じひんワケがない。
 何度白石の綺麗な体に、自分の精液を掛けたいと思たことか。
 自分の欲望を溢れさせたいと思ったことか。
 こないなこと、思たらアカンのに。
 白石は、好きでやっとるワケちゃうのに。
 こないに醜い感情、ぶつけたらアカンのに。

 俺は……俺は……っ

 頭では分かってても、止められへん。

「……はぁっ」

 白石の臭いが蔓延した部室で、俺は自身を扱き始める。くちゅくちゅと卑猥な音が耳についた。先端から零れる先走りは止めようがのうて、どんどん量を増してった。

「く……っ、ぁ」

 小さな呻き声を漏らしながら、俺は自身を高め続ける。根本から先端にかけ、絶妙な力加減で扱く。時々、睾丸の方も揉んでみた。
 白石の手伝いをした後の、自慰行為にはもう慣れてしもた。いつもは白石がコートへ練習するのを見送ってからトイレに駆け込むってのがデフォルトやねんけど、今日は我慢がきかんかった。前にもこんなことがあって、何回か部室でオナニーしたことある。なるべく避けたいことではあるけど。

 体が宙に浮くような、独特の感覚。
 快感の波が押し寄せてきて、俺は限界が近いことを悟った。
 口から吐き出される息は荒くて、俺の体は自然と丸まり、顔はシーツに押し付ける。そこからはより濃い白石の臭いがして、俺の熱は今まで以上に高まった。

 そのまま白石の臭いを鼻いっぱいに感じて、

「……っ!」

 俺は先端に力を込めて、静かに熱を放った。目の前が一瞬チカッと光る。背中に電気が走ったかのような感覚が駆け巡り、体を大きく震わせた後、強張っていた全身の力が一気に抜けた。
 手から零れ落ち、床を汚す白濁の液。
 自分の手から流れ落ちる精液を、ぼんやりと見つめた。

 ――何をやっとるんや俺は。

 気持ちえぇと心の底から感じたんは一瞬の出来事で、吐き出した後、俺の心は冷めてった。
 怠い体を動かして、申し訳ないと思いつつ、白石のシーツで自分の手に掛かった分と床に零れた分を綺麗に拭く。
 下着とズボンを腰まで上げて、俺はのそりと立ち上がった。埃で膝部分が汚れとるから、それを手で払う。汗をかいとったみたいで、ズボンの下の方がちょっとだけスースーした。

 皺くちゃになったシーツを見て、俺はため息を吐いた。

「何やってんねん俺……」

 思てるだけには留まらず、つい口に出てしもた。
 前髪をかき揚げ、俺は頭を押さえる。

 ――白石が、好きや。

 好きで、好きで、好きで堪らへん。
 白石が愛しい。白石が何しとったとしても、それら全ての行動を受け入れる自信があった。
 そんで白石を……めちゃくちゃにしてやりたいとも思っとる。
 白石を犯したい。
 こないな手伝いをするようになってから、その欲望は日に日に強くなってた。

 でもアカン……。アカンのや。

 白石は、仕方なくやってるんや。やりたくないけど、体がそういう風にうずいてまうから仕方なく。

 白石を助けたいて思て始めたことやのに、いつの間にか自分の為になっとった。下心がなかったと言えば、今となれば嘘になる。
 白石の痴態を見て、それをオカズに抜いてたの事実や。
 今やってそう。
 白石を見て、感じて、我慢出来んようになって抜いたんや。

 俺は――最低や。
 白石は苦しんでるっていうのに、それを利用するような真似して、ホンマ、ホンマに最低や。

 シーツに目を向けていた視線を足元に持っていき、俺は再びため息を吐いた。
 シーツを綺麗に畳み直して白石の持ってきてた袋に入れたら、分かりやすい場所に、机の上に置く。

 部屋の壁際に置いてた、テニスバックと肩から掛けるタイプの鞄を身につけた俺は、室内を見渡して、何の痕跡もないことを確かめてから部室を後にした。

 テニスバックを握る手に、力が篭る。足どりはイったせいか、膝が上がらず、一歩一歩が重い。

 しばらく歩いてったら、ポーンポーンと小気味のいい一定のリズムが耳に入って。

 それは白石がラケットでボールを打つ音で、コートで汗を流しながらサーブ練習をしてた。

 そこにはいつも通りの、部長としての『白石蔵ノ介』が。

 その姿を目にした瞬間、胸を締め付けるような、哀しい気持ちになってきて。

 俺は無性に、泣きたくなってきた。






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