太陽

 ――我ながら、アホやと思う。

 なんで、こないなことで悩まなアカンねんと、自分で自分をアホらしく思う。実にくだらんことや。でも、悩まずにはおられへん。

 だから……



 学校からの帰り道。
 家からの最寄り駅である、南梅田の駅で下りて携帯開いたら、未受信メールがあって。南梅田も含め俺が使てんのは地下鉄やから、携帯は圏外や。せやから受信せんかったんやろう。
 携帯のボタン弄ってメール受信したら、届いたんは母さんからのメール。

『牛乳きらしてしもたから、帰りに牛乳三本買うてきて』

 とのこと。

 家へ帰るまでにスーパーが一軒あるから、ついでやしそこで買って帰ろかと、思った俺は母さんにメール送った。お金はちゃんと返してなと付け足して。
 そしたら駐輪場までの道のりで、母さんからメールが返ってきた。お願いしますて書いてあったから、俺はスーパーに寄って帰ることにした。

 自転車に跨がって、道を走る。

 雪が降ったら、珍しがってテンション上がる人間がおるぐらい、雪とは無縁な大阪の街やけど、寒いモンは寒い。後一ヶ月もしたら3月やねんから、ええ加減にしてくれへんかなと、心の中で愚痴を零し、学ランの袖から入ってきた風に俺は身震いした。マフラーに手袋、学ランの中にも三枚着こんで完全防備やけど、この寒さには勝たれへんわ。

 寒さで顔の感覚がなくなってきた頃、スーパーに着いた。夕方はタイムセールやなんやらで、おばさん達の買い物時や。客の数が結構すごい。
 駐輪場に自転車止めて、しっかり鍵閉めたら、俺はスーパーの中に足を踏み入れた。
 牛乳三本は持ち切れんから、手袋を外して入口んとこでかごを手にとる。スーパーなんかあんまきたことないから、牛乳売ってる場所がよう分からん。まぁ、そんなにデカないから、ちょっと歩いたらすぐ見つかるやろ。

 多分壁際の方にあるやろと勝手に予想をつけて、壁際を歩きながら周りを見渡す。そん時、俺の目に飛び込んできたモン。

 ――バレンタインの為の、特設コーナー。

 そういえば今月の十四日はバレンタインやったかと、俺はそん時思い出した。四日後やんか。

 ここぞとばかりチョコを売ろうと、普段は普通のお菓子と同じように棚に納められてるであろうチョコが、特設コーナーに置かれてた。

 やっぱり溶かして手作りチョコを作る人が多いからか、板チョコの数がやたら目立つ。ミルク、ビター、ホワイトチョコ……色んな味のチョコがある。次にポッキーやチョコペンなんかが、並べられてた。そんでこん時だけ特別に用意したっぽい、値段のはるチョコや、すでに包装されたチョコが置いてある。

 去年の俺やったならば、もらう側ではあってもあげる側ではないから、関係ないことやと過ぎ去ったやろう。最近は逆チョコとか流行ってるけど、男がチョコをあげるんはやっぱり珍しい。普通やない。

 でも……今年は関係ある。
 俺はもちろん男やけど、あげたいと想えるヤツがおった。

 あげた時の、そいつの喜んだ顔が容易に思い浮かぶ。たいしたモンやないのに、満面の笑みを浮かべて、はしゃいで、喜んでくれるやろう。

 俺とそいつは男同士なんやけど、いわゆる恋人と呼べる間柄やった。そんでセックスん時は、俺が女役をやっとる。別に嫌なことない。いまさらそいつに突っ込みたいとかそんな欲求はないし、むしろ突っ込まれる方が気持ちえぇ……て、これはどうでもえぇ話やな。
 とにかく、女役をやっとるからチョコをあげたいとか、そんなんは関係なくて、やったら喜んでくれるかなていう純粋な気持ちからやった。

 特設コーナーの前に立って、包装されたチョコを手に取ってみる。
 こんなチョコ、バレンタインが過ぎたら定番以外は半額になったりするんやろな……て、そんなん分かっとる。バレンタインっていう、特別な日にチョコをあげることに意味があるんや。

 あげたい気持ちはもちろんある。でも、男がチョコなんて……ていう、気持ちが邪魔してかごに入れるまでには至らへん。
 でも、あいつの笑顔を思たらやっぱり買ってあげたいし。でも、男がチョコなんか……。

 『でも』『やっぱり』を繰り返して、俺はその場から動けんようになってた。

 我ながらアホやと思う。こないなことで悩むなんか。

 ――そんなん、悩む前からとっくに決まっとるのに。バレンタインが近付いとるて、気付いた時点で決まってた筈やのに。

 手作りは、流石に恥ずかし過ぎる。チョコなんかただ溶かして固めるだけやけど、お菓子なんか作ったことないし、家族に見られたらなんて言われるか分からへん。

 でも買って渡すだけやったら、簡単やないか。

「……よしっ」

 一人頷き決心した俺は、一番美味しそうな、ちょっと高めのチョコを手に取って、かごに放り込んだ。

 パッて体の向きを変えたら、俺のことを不審がって見とるおばさんが一人おった。 そのおばさんの視線を避けるようにして俺は飲み物が置いてある場所に行き、牛乳三本とチョコを買って帰った。






 四日後――バレンタイン当日。

 朝、学校へ行こうと靴を履いた俺に、母さんは傘を持っていっときやて言うた。
 雨でも降るん? て俺が聞いたら、今日は雪が降るらしいて返ってきて。そういえば三日前の建国記念の日にも、雪が降って部活が中止になった。雪が全然降らん大阪では珍しいことや。それぐらい寒いってことなんか。

 母さんに言われた通り、俺は傘を持って学校に向かった。

 自転車に跨がり南梅田の駅に向かって。駅に着いたら電車に乗って、四天宝寺前夕陽ヶ丘で下りた。地下鉄の駅から出て地上に上がったら、

「白石っ!」

 いつもの場所に、いつもの笑顔があって。俺は、

「謙也っ」

 呼び慣れた名前を呼び、俺の恋人である――忍足謙也の元に駆け寄った。
 謙也はこれでもかってぐらい、俺の大好きな笑顔を惜しみなく浮かべとる。

「別によかったのに、待ってくれんでも。学校まですぐやんか」
「えぇやんえぇやん。俺はちょっとでも白石と一緒におりたいねん」

 先に行ってては俺の建前で、実は謙也が待ってくれててめっちゃ嬉しかったりする。口を尖らせちょっと拗ねた感じの謙也を、はいはいとなだめて、俺達は通学路を歩き始めた。

「そういえば今日雪降るらしいな」
「らしいな。結構降るみたいやから、母さんから傘持たされたわ」
「俺も折り畳み持ってきた。ホンマ雪とか……コート使えんようなるやん」

 拗ねとったんはほんの一瞬で、すぐにいつもの調子を取り戻した謙也と、たわいない会話を交わす。俗に言う世間話。
 ビュッと向かい風が吹き、あまりの寒さに俺はさむっと声を漏らした。

「あ……てか今日、バレンタインか」

 話題が切れた途端に出てきた次の話題。バレンタインである今日、出てきそうな話題やってことは分かってたけど、俺は思わずドキッてしてしもた。学ランのポケットに入った、形を確かめるように箱を触る。

「白石、今年は何個もらえるやろな。去年は確か……十五個やっけ?」
「友香里と姉ちゃんがえらい喜んでたわ。美味い美味いて」
「うわぁ……白石にチョコやった子らに、同情するわ……」
「せやかて、あんなにようさん食べ切られへん。第一、体に悪い」

 渡す……なら、今やろ。今がチャンスやろ。でもタイミングが掴まれへん。
 内心焦りながら、謙也と言葉を交わす。

「ちゅーか、謙也かて去年もろてたやん。女子から」
「俺のは友チョコや。チロルチョコやらポッキーや。でも、白石のは本命やろ?」
「まぁ……否定はせぇへんわ。ファンです言うて、渡してくる子もおるけどな」
「うわっ、一度でえぇからそんなこと言うてみたいわー……」

 謙也はため息混じりに空を見上げる。
 つられて空を見てみれば、濁った灰色をしとった。朝やからしゃあないけど。

「あーあ、誰でもえぇから俺にチョコくれへんかなぁ……」
「……っ!」

 謙也がそう言うた、今や……と思た。

「け、謙也っ!」

 心臓の音がバクバクうるさい。
 こんなん……完璧が売りの俺らしないけど、震える手つきで謙也の前に箱を差し出し、謙也に握らせる。突然のことすぎて、これがなんなんか理解してない謙也に、これがなんなんかを早口で説明して。

 しばらく間があった後、謙也の目が一気に見開かれた。
 変な声を出しながら、目まぐるしいスピードで変化する謙也の顔。

 それはやがて俺が見たいモンに変わって……俺もつられるように笑った。






end.

ラストを省略したのはわざとです。なんかダラダラ続けるとワンパターンになりそうだったので……。
謙也視点のも書けたらいいなと思ってます。そっちの方は雪の話を絡めて(^o^)
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