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――義母の話によると、蔵ノ介は学校では『完璧』で通っとるらしい。
夏の大会が終わると同時に引退したテニス部では、二年の頃から部長をつとめ、常に正レギュラーやった蔵ノ介。普通やったら鼻にかけそうなもんを、自分の力を過信することなく、蔵ノ介は常に前向きで練習を決して欠かさんかった。やからこそ人望が厚く、学年を問わず慕われる。
そんな蔵ノ介は、端からみたら真面目で、かなりの努力家。
なにもこれはテニスだけに言えたことやのうて、学校生活全てに言えることやった。
勉強に対しても、学校行事に対しても、何に対しても。まさに絵に描いたような優等生。おまけに顔やってえぇから、『天は二物を与えず』という言葉は、蔵ノ介の前では嘘になる。
やからこそ、俺は義母に言われた。
『クーちゃん、学校で無理しとるから、家では甘えさせたってね』
――て。
せやから俺は、蔵ノ介を甘やかしとる。
俺がどないに邪険にされても蔵ノ介に会いに行くんは、自分が少しでも一緒にいたいってのもあるんやけど、ホンマの目的は蔵ノ介を甘やかす為や。
蔵ノ介は学校で『完璧』を保ってる半面、家では我が儘し放題(主に俺に対してやけど)。俺は別にムカつくワケでもなく、そんな蔵ノ介が可愛いてしゃあないから好き勝手やらせとる。
てかな、別に義母に言われんでも、可愛い弟の些細な我が儘ぐらい、甘んじて受けたるわ。
それに蔵ノ介自身、俺が部屋にやってきて……喜んどる筈や。絶対口にはせぇへんけど、表情がそう言うとるような気ぃする。まぁホンマに嫌そうな、すごい顔しとる時あるけどな。
せやないと、こんな勉強の邪魔ばっかりする俺、かなりKY(これもう死語か?)な俺、腹立って無理矢理追い出すんが普通やろ。
最低、喜んでないにしろ、まんざらやないと思てる筈や。
思春期の男や。恥ずかしいて、母親には甘えられへん。
つまり……蔵ノ介を甘やかすことが出来んのは俺だけや。そんで、蔵ノ介が甘えることも出来んのも俺だけ。
俺の前だけでは、蔵ノ介は『完璧』やなくなる。
それは別に、俺と蔵ノ介が『兄弟』やからってワケやない。
「お、おにいちゃんが通てた高校、俺も……行きたいねん……っ」
『おにいちゃん』が完璧に出てしもとる。こりゃあ、ホンマにテンパっとるな。
「そうか……。クーちゃん、俺の通てた高校受けるんかぁ……。なんや俺、めっちゃ嬉しいわぁ」
「……っ!」
ホンマに嬉しかったから俺が頬を緩ませると、蔵ノ介はますます顔を赤くした。
蔵ノ介はこの顔に弱い。それを計算したワケやないけど、予想通りの反応をとってくれた。
そんな可愛くて、可愛くて、仕方ない蔵ノ介に……俺も抑えが効かへん。
「クーちゃん、ホンマ可愛すぎやろ!」
「ちょ……っ」
俺の目の前に立っとる蔵ノ介の手を強く引いた。当然、バランスを崩した蔵ノ介は、俺の胸に自然と飛び込んできて。俺はそれをしっかり受け止めたる。なだれ込んできた蔵ノ介の体をそのままベッドに上げ、ぎゅーっと抱きしめた。
ガッチリしてるようでそうやない。筋肉はかなりのモンやけど、蔵ノ介の体はどこか線が細うて華奢やった。
「もう、めっちゃかわえぇ……っ」
「……」
蔵ノ介の手が、そろそろと俺の背中に回される。顔は見えへんけど、顔を真っ赤にしとることが容易に想像出来た。
そんな蔵ノ介が可愛い(俺、何回可愛いて思とんのやろ……)てしゃあないから、しばらくよしよしと頭を撫でとったら、
「けんやぁ……好きぃ……」
ボソリとそう漏らして。呼び方が『謙也』に戻ったから落ち着いたみたいやけど、その可愛さ(やっぱり言いすぎやな!)に俺の方がやられてしもた。
「け、けん……っ」
ベッタリとくっついてた蔵ノ介の体を軽く引き離し、軽く瞳を見つめた後、俺は蔵ノ介に口づけた。蔵ノ介の後頭部に手を回して固定し、動かないようにする。サラリとした蔵ノ介の髪が、俺の指の隙間から流れ落ちるように出る。
俺と蔵ノ介はただの『兄弟』やない。『兄弟』兼――『恋人』やった。
五年前、俺が蔵ノ介を襲ったのをきっかけに、俺らの関係は始まった。蔵ノ介は最初、ただ俺と『気持ちえぇ』ことをするだけの認識で、それが恋人達の営みやって分からんかったみたいやけど。俺は俺で、とっくに蔵ノ介に堕ちてて。後ろめたさはあったものの蔵ノ介との関係を壊したなかったから、言い出せんかった。そんでどこで聞いてきたんか知らんけど、俺らの行為が特別なモンやって知った頃には、蔵ノ介も俺に堕ちてたんや。めでたしめでたし――っちゅーワケで、俺と蔵ノ介は今のような関係を築くに至った。
「……んぅっ、あぁ……っ」
『恋人』っちゅーポジションは、蔵ノ介を甘やかすことの出来る唯一無二のポジションやろう。
すっかり声変わりしてて、蔵ノ介の口から漏れる声は男のモンやけど、めちゃくちゃ色っぽい。女の子みたいに高い声と引き替えに、蔵ノ介は色っぽさを身につけた思う。
俺からしたら、めちゃくちゃラッキーな話やけどな。
「んぁっ、……んぅ……っ」
触れ合わせるだけのキスは、いつしか激しいモンは変わってて。ちゅぱちゅぱと卑猥な音を立てながら、俺は蔵ノ介の咥内を貪る。
舌を擦り合わせれば、ざらざらとした感触が気持ちえぇ。蔵ノ介も俺と同じみたいで、夢中になって舌を絡ませてきた。
呑み込めずに垂れてしもた、唾液を気にすることなく、俺らは深いキスを交わす。
「……んぁっ……んんぅっ」
蔵ノ介が苦し気に声を上げたとこでようやく俺は口を離し、お互い、酸素を吸った。自分のを拭った後、親指の腹で蔵ノ介の口から垂れた唾液を拭き取ってやる。
「けんやぁ……」
甘い声を上げながら体を預け、ペタリと磁石みたいにくっついてくる蔵ノ介。
「どないしたん、クーちゃん? そないにくっつかれたら、俺……色々ヤバいんやけど?」
乱れた髪を整えてやりながら白々しく口にすれば、蔵ノ介は全てお見通しのようで、
「……元々そのつもりやった癖に、よう言うわ」
照れ隠しでそう毒づいた。
「流石クーちゃん。よう分かっとるやんか」
音もなく、俺は蔵ノ介をそっと押し倒す。その反動で、ベットの埃が少し辺りに舞った。
俺は上から、潤んだ蔵ノ介の瞳を見つめる。その瞳は俺の姿をはっきり映し、俺と同じように、俺のことだけを見つめてた。 蔵ノ介の顔を挟むような形で肘をつき、息が掛かってしまいそうな至近距離で喋る。
「でもえぇんか勉強は。まだ途中やん」
蔵ノ介の滑らかな頬を触り、ホンマに建前だけ、勉強の心配をしてみせた。
「んー……えぇよ。勉強なんか一日せんかったとこでたいして変わらんし。たまにはリラックスも必要やん」
真面目が売りの蔵ノ介からしたら珍しい。かなりの不真面目発言やないか。
「せやけどどうせアレやろ? 謙也は俺が断ったとこで、ヤるつもりやったんやろ?」
「……」
――はい。その通りでございます。
俺の反応が面白かっんか、蔵ノ介はクスクスと笑みを零した。
目元を緩ませ、微笑む蔵ノ介。今からやらしいこと始めようってゆうのに、その笑みはこの場にそぐわずかなり純真なモンで。
そないなとこがめちゃくちゃ愛しくて、こっちまでつられて笑みを零してしもた。
「そん代わり……これが終わったら、勉強見てもらうからな。ちょっと分かりにくいとこあんねん」
してもらいとうても自分からはやって来おへん癖に、こないやってチャンスを与えれば、蔵ノ介は必ず甘えてくる。俺にやってもらいたい、して欲しい、可愛い我が儘を言う。それがあるから、この部屋を尋ねるっちゅー習慣は止められへんわ。
「えぇよ。なんでも教えたる。でもヤった後、クーちゃんだいたい疲れて寝てまうやん? そんな状態やのに大丈夫なんか?」
「……謙也がむちゃくちゃに抱くから悪いんやろ……」
蔵ノ介は唇を尖らせた。
ホンマにその通りやから、俺は苦笑いを浮かべるしかあらへん。
蔵ノ介は眉を寄せ、頬を少しだけ膨らます。ちょっと不機嫌にさせてしもたんを、誤魔化すみたいに、俺はちゅっと音を鳴らして……蔵ノ介に軽くキスをした。
蔵ノ介もそれで気を削がれたみたいで、唇を離して表情を窺った時にはもう恥ずかしそうに頬を赤くしとった。
「好きやで……蔵ノ介」
優しく、自分でもびっくりするぐらいの擦れた甘い声で囁けば、蔵ノ介も笑みを零して、
「俺も……」
と、またまたキスをねだってきた。
その後、俺がめちゃくちゃに抱いてしもて蔵ノ介が疲れて寝てしもたっていう……ワンパターンからは抜け出されへんかった。
end.
成長したクーちゃんは、盛大なツンデレになってしまいましたというお話が書きたかったんです(^o^)/
上手くいったかどうかは不明ですが満足です。