いつまでたっても

義兄弟パロの続き


 あれから、五年が経った。

 小さい頃からの夢やった医学への道は、いつの間にか別の道に変わっとって。その夢の為に、理系の学部に絶賛在学中の俺は今四回生。普通やったら卒業やけど、俺がやりたいことをより深く学ぶ為にはやっぱり後二年必要やからてことで、三年の秋に大学院へ進むことを決めた。他の学部のヤツらが就職や、就職氷河期やと喚く中、大学院に進む俺らは一先ずそのレースから逃れたことになる。二年後は我が身な気ぃするけどな……。

 そんで当たり前のことやけど、俺が年とったんと同(おんな)じように、蔵ノ介も同じように年とった。







「――おぉ、クーちゃん。勉強か……偉いなぁ」

 ノックもなしに勝手に部屋入って、俺は机に向かって勉強しとる――蔵ノ介に声掛けた。

「……」

 絶対気付いとる筈やのに、蔵ノ介は俺をわざと無視する。振り向きすらせんと、カリカリとシャーペンを動かし続けてた。

 これは――今に限ったことやない。

 小学生やった時の、無邪気な可愛さはどこへ行ってしもたんやろか……。

 中学に上がってからは徐々に、所謂、心と体の成長とともに蔵ノ介は変わってった。
 ――まず俺の部屋に遊びに来る回数が激変した。昔はなんでも俺に相談しようと、蔵ノ介は部屋にやってきて楽しそうに喋ってたのに……必要最低限の用事にしかやってこおへん。例えば『ご飯やから』とか、『参考書貸して』とか。せやから今は俺が蔵ノ介の部屋に行って、こうやって話し掛けとる。

「なぁ、クーちゃん。なぁなぁ」

 俺がしつこく名前を呼んだら、ようやく蔵ノ介はこっちを見た。

「うっさいなぁ……なんやねん」

 そりゃあせっかく勉強してたのに、邪魔されたんやもんなぁ。そないやって、迷惑そうに眉寄せんのも分かる。

「なんも用ないんやったら、向こういってや。謙也に構ってられるほど、俺暇やないねん」

 せやけど流石にこないに冷たい視線を向けられると……ちょっと傷付く。それをごまかすように苦笑いを浮かべながら、蔵ノ介の横に立った。

 ――その次に、俺のことを『おにいちゃん』て呼ばんようになった。今みたいに、蔵ノ介は『謙也』て呼び捨てにするようになった。『おにいちゃん』て呼んでもらわれへんのは淋しいけど……これには理由があるから、まぁしゃあない。

 要するに、蔵ノ介は俺に甘えんようになってしもてんな。流石に中学三年にもなって、兄貴にべったりってのもどうかと思うけど、これが結構……いや、かなり淋しかったりする。

 小学生ん時は俺に懐いて、尊敬の眼差しさえ送ってくれてたのに、今はもう、現実が分かってしもんたやろな、うん。侮蔑の眼差しさえ今は送ってくる。あの頃は隠し切れてた真実の部分が、年を重ねるごとに蔵ノ介には全て見えてしもたんやろう。蔵ノ介にとってヒーローみたいにかっこよく映ってた男は、実はタダのスピード命のせっかち男やった。それは分かる。幻滅したんも分かる。

 でもな……もうちょっと、もうちょっとなんか欲しいねんな。弟としてこう……。

「へぇーこんなんやってんのかぁ……」

 関心したように俺は言いながら、蔵ノ介がやっとる問題を見るフリして、蔵ノ介の横顔を盗み見る。

 小学生の時のような、女の子みたいに可愛い顔ではなくなったけど、蔵ノ介は俺が思てた通り、かなりのイケメンに成長した。目も鼻も眉毛も口も……顔のあらゆるパーツが整っとる。おそらく百人が見たら、百人がイケメンやと認める顔やろう。無駄がない。まさにパーフェクト。

 顔だけやのうて、肌もめちゃくちゃ綺麗や。至近距離で見ても、ニキビ一つないし、毛穴も開いてへん。まぁこれに関しては、母親の影響受けて、結構ケアしてたりするんやけどな。顔パックとか。女子かい。

 きめ細かい肌を見つめた後は、相変わらず長いなぁ……と、蔵ノ介の睫毛に視線を移して。じっと、無意識の内に食いいるように見てたら、

「……何、見てんねん」

 その端正な顔を歪めて、蔵ノ介は言った。

「やりにくいんやけど」

 目尻を吊り上げ、本気で睨みつけてくる。

「すんません……」

 蔵ノ介の機嫌をこれ以上損ねたらヤバいと感じた俺は、すぐさま謝り、音も立てんと蔵ノ介のベッドに移動した。

「……用ないんやったら出てってぇや」

 そんな蔵ノ介の毒づきは聞こえんかったことにして、俺は勝手にベッドに寝転がる。
 『出ていけ』て言うたものの、蔵ノ介は俺のことを無理矢理追い出そうとはせぇへん。それに甘えて自由にすんのはどうかと思うけど、俺のこの行動は毎度のことやから、蔵ノ介の方も慣れてしもたんやろう。呆れたようにため息吐いた後、そのまま前を向いてしもた。

 横になった後、手持ち無沙汰やった俺はたまたま目に入ったベッドサイドの本に手を伸ばした。タイトルを見る限り、蔵ノ介が好きそうな本や。適当にパラパラめくる。せやけど俺の好みと全く合わんかったから、元の場所にすぐ戻した。
 なんかないかなぁ……と、手当たり次第にベッドサイドにあるモンを漁る。そしたら黄緑色した封筒が一つ出てきて、印刷されてる名前を見て俺は目を剥いた。

 体を起こして中を改めて見る。

 『願書同封』と書かれたこの封筒が、別にこの部屋にあってもなんら不思議やない。十二月の半ば。中学三年である蔵ノ介は受験生。そろそろ志望校が決まってても……ちゅーか私立やったら、決まってな遅いぐらいや。
 聞いても答えてくれへんから、蔵ノ介から進路の話は全く聞いたことがなかった。でも、まさかこないなことになってるなんて……思いもしとらんかった。

「なぁ……クーちゃん」
「…………なに?」
「クーちゃん、高校どこ受けんの?」

 ガバッと、蔵ノ介が振り返る。
 俺が手にしているモノを見て、蔵ノ介は顔色を変えた。

 その理由は容易に想像がつく。
 この願書を届けた学校は――俺の母校やった。俺が通てた、高校の名前や。

「なに勝手に見てんねんっ!」

 顔を真っ赤にした蔵ノ介が慌てて寄ってきて、俺の手の中のモンを引ったくるように取った。
 それは一見怒ってるように見えるけど、照れてるんやって瞬時に分かった俺は、ニヤニヤが止まらへん。

「クーちゃん、ココ受けんの?」
「……っ!」

 蔵ノ介の反応を見て、俺は確信する。
 ――間違いない。
 蔵ノ介は俺の母校を受けるんや。

「や、やって……っ」

 黙って俺を見てた瞳が揺らぎ、逸らすように下に向けると、蔵ノ介はへの字に結んでいた口を開いた。

「そこの学校、偏差値も高いし、理数系に特化しとるから俺の夢に繋がる思うし、テニスもそこそこ強いし、設備とかすごいからそれに……っ」

 蔵ノ介は一旦言葉を切り、

「お、おにいちゃんが……行った高校やから……っ」

 そう、口にした。
 蔵ノ介のヤツ、焦ってつい『おにいちゃん』て昔の呼び方が出てしもとるわ。



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