眉間に皺を寄せとる俺はどこからどう見ても怒っとるやろう。

「すまん……そういう意味とちゃうねん」
「せやったらどういう意味やねん」

 ポーカーフェイスは崩れへんけど、ホンマに悪いと思ってんのは忍足くんの声の感じからよう分かった。
 でもな……言ってええことと悪いことがあるわ。
 なんでそないな風に思たんか理由が気になるとこやな。

「スマンな……。理由は……説明しても多分理解出来ひんと思うわ」
「は?」

 理解出来るかそうやないかは俺が判断することで、聞いてみやんことには分からへん。そう促そうとしたら、

「せやけどこれだけは言える」

 先に喋られてしもて。
 有無を言わせんような物言いに、俺は言う機会を失った。

「白石……謙也に近付くな」

 忍足くんは、冗談を……言っとるようには、とても見えへんかった。

「二人の結婚が上手いこといって欲しいと思うんやったら、謙也には干渉しやん方がええ」

 どういうつもりで言うとんのかはさっぱりやけど、何か根拠たるものがあって言うとることは理解出来た。

「え? なんなん? どういう意味?」
「……」

 なんで? の質問には一切答えてくれへん。俺が理解出来ひんと頭ごなしに思ってるから、忍足くんは喋らへんと決めてんのやろ。

 俺と忍足くんの間に、微妙な空気が流れる。
 それを切り裂くように、

「ゆーしぃーっ! ちょう何してんのーっ?」

 忍足くんを呼ぶ声がして。
 見ればドレス着た綺麗なおねえさんが、こっち来いと言わんばかりに忍足くんを手招いとる。
 姉貴や……と忍足くんは小さく呟いた。

「ええか? とにかく……忠告はしたで」
「えっ、ちょお……っ」

 俺の質問には結局答えてくれんままに、今行くておねえさんに返して、忍足くんは行ってしもた。

 腕を掴んで引き止めることも出来たのに、俺はそれをせんかった。訳の分からんこと言われて、頭が混乱してたからやと思う。

 ――謙也には近付くな。

 忍足くんに言われたことが頭から離れんで、俺はそのことについて考えながらホールに向かった。






 ――忍足くんの言葉の意味について考えとった俺やけど、いざ、結婚式が始まってみたら、そないこと考えてられんようになった。

 俺は友香里の兄貴な訳やから、謙也の招待客であるみんなとは違て、新婦側の席に座って、二人の結婚を見守る。

 司会は友香里も親しいらしい、謙也の高校時代の友人やっていう男がつとめとって、彼の高らかな声で開式宣言が行われた。

 普段は勝ち気で、俺のことをからかうのが好きな、生意気な妹やけど、純白のウェディングドレスに身を包んだ友香里はめっちゃ綺麗やった。

 華やかな音楽と共に現れた二人に、俺は精一杯の拍手を送る。

 友香里の晴れ姿を、はっきり記憶に焼き付けようと、俺は目を凝らした。
 せやから考えてる暇なんか全然なかったてのが事実やな。

 手作りの誓いの言葉を笑顔で口にする、友香里も、謙也も、めっちゃ輝いてて……隣に座っとるおとんは、始まったばかりや言うのに涙目になってた。

 その後は指輪交換に婚姻届にサイン、祝辞に誓いのキス……式は司会者の進行と共に滞りなく進んだ。
 妹と昔の友達がキスしてんのを見て、俺が変な気分になったんは、まぁ自然のことやろう。別に嫌って訳やないで。
 来賓者全員で乾杯し終えたら、披露宴にそのまま移行した。

 結婚式のお固い感じとは違て、披露宴は、一言で言うなら――めっちゃフリーダムやった。一応披露宴の順序には当て嵌まるみたいやけど……基本楽しく、がモットーな感じで構成されとるから、お祭り騒ぎな盛り上がりやったと思う。めっちゃ酔っとった人もおった。

 一番最初にされた新郎新婦がどんな人なんか、馴れ初めなんかを司会者が語る時に、スクリーンに映し出された写真は何故かほとんどが変顔で。このことを知らされてなかった友香里は、喋らんかったらホンマただの綺麗な子ぉやったのに、ここで素が出た。
 謙也は謙也で、高校時代の恥ずかしい写真エピソードについて語られとった。連絡つかんで、謙也が何やってんのとか全然分からんかったけど、これを見る限り元気にやってたみたいや。
 慌てたようにちょ、やめぇやって友人である司会者に言った謙也。変わらない『謙也』の姿がそこにはあった。

 でも、感動するとこにはきっちり感動出来た。

 祝辞の時、この場に来られへんかった金ちゃんと千歳の手紙が、健次郎の口から読み上げられて、俺はその内容に感動した。

 金ちゃんに関しては友香里のことも同学年で知ってる訳やから、友香里に宛てた内容もあった。
 ……あのゴンタクレが、10年でここまで成長するんかと、俺はしみじみ感じた。再会した時なんも触れてこおへんかったけど、毒手なんかもうバレてんねんやろな……と、俺はなんも巻かれてない、自分の左腕を思わず見てしもた。

 そんで、俺を一番感動させたんは、やっぱり友香里が俺ら家族に宛てた手紙やった。
 お色直しを済ませて、かわええピンクのドレス着た友香里が『今まで育ててくれてありがとう』的なことを口にする。
 内容はこういう場にはようある、ありきたりなもんやったけど、自分の妹がそんなこと言う日が来るなんて、俺はまたまた変な気分になってじーんときた。おとんは隣で堪えとるつもりやろうけど、泣いてんのがモロバレや。
 式中、新婦新婦は飛び回っとって、謙也とはロクな会話は出来んかったけど、俺は友香里のこと頼むで……と、心の中で呟いた。

 ――そんな感じに式は終わって。
 この日をもって、友香里は『白石友香里』から『忍足友香里』になった。
 まだこの名前に違和感は感じるけど、時期なれるやろう。

 二次会は謙也と友香里、共通の知り合いだけで行われたみたいやから俺はもちろんノータッチ。
 俺は俺で、元・テニス部連中と飲みに行って、謙也はおらん訳やけど、謙也おめでとうで乾杯して。まぁ……弾けた。酔った勢いで、俺は『エクスタシー』を連呼したらしい。
 黒歴史や思てることを自ら口にするって、めっちゃ恥ずかしいやないか……。

 普段全然飲まんのに、この時はなんかめっちゃ飲んでしもて。ベロンベロンに酔った俺は一人やと帰られんから、自宅までユウジに送ってもろった。
 次の日から学校や言うのに、俺は二日酔いに苦しんだ……。






 謙也と友香里が結婚したから言うて、俺の日常は特になんも変わらんかった。
 毎日のように学校行って、授業して、放課後は自分が顧問をつとめる男子テニス部の指導して、帰ってきたら飯にヨガに自分がしなアカンことややりたいことして寝る。
 いつも通りの、変わらん時が流れる。

 でもまぁ、強いて言うなら、謙也友香里夫婦が俺の住んでるマンション近くに、越してきたことやろうか……。
 最近出来た30階建てマンションで、24時間体制で警備員が監視しとる、超高級マンションや。流石、医者の旦那だけはある。
 なんでこのマンションしたんかは、謙也の勤めとる病院に通いやすいから。それと俺が近くにおった方が、友香里も何かと安心やろってことらしい。

 かと言って何かが変わったワケやない。
 俺と友香里の関係も。
 俺と……謙也の関係も。

 何も、変わらん筈やった。




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