コイツは、とうとう頭がおかしくなってしもたんやろか。男の俺を好きや好きやて連呼してる時点から異様やけど、ホンマ、どの口がこんなアホなこと吐(ぬ)かしとんねん。
 意識せんでも、眉間に皺が寄る。

「だってそうやんか。俺とヤってから白石……ずっと俺のこと考えてくれてたやろ? 俺がいつ会いにくんのかって、考えてくれてたんやろ?」
「……っ!」

 その言葉に、ドキッとした。
 確かに俺は、謙也の言う通りコイツがいつアクション起こすんかって、ビクビクしながら生活してた。それのせいで、体調崩したぐらいや。

「嬉しいなぁ……白石が俺のこと考えてくれてたなんて」
「……キモいこと吐かすな」

 動揺を隠し切れへん。
 やって、俺が謙也のことを考えてたんは事実や。

「三日間、我慢したかいあったわぁ……。ホンマは白石に会いとおて、しゃあなかってんけどな」

 全部、コイツの作戦通りってことか。
 気分悪い……。

 俺の様子を見て、謙也は全て悟ったんか、ニヤニヤ笑った顔が、バックミラーに映っとる。
 その顔を避けるような形で、俺は窓の景色を眺めた。

「白石の家、こっちで合ってるやんな?」
「……さぁな。俺、車でなんか帰ったことないから分からんわ」

 分からへん訳ない。
 車で帰ったことないけど、なんとなくの場所ぐらいは把握しとる。

 それに俺のマンションは、コイツのマンションの近くやねんから、俺にわざわざ聞かんでも知っとる筈や。
 景色が動き、確実に俺のマンションに近付いとる。

「つれへんなぁ。そないに尖らんでもえぇやん」

 誰が自分を脅しとるような男と、楽しい喋りたい思うねん。上機嫌な謙也に反して、俺の機嫌は最悪やった。

「そういえば……白石を校門とこで待ってた時、俺白石の学校の子にえらい声掛けられてなぁ。あ……もちろん女の子にやで? 俺びっくりしてしもたわ。最近の女の子はめっちゃ積極的やなぁ」
「……せやな」

 ――それがどないしてん。
 謙也のしょうもない話に内心毒づきながら、俺は適当に言葉を返す。

 その後も謙也のしょうもない話に適当に相槌を打ちつつ、俺はひたすら窓を眺めて気を紛らわせた。

 サイドミラーに見えた俺の顔は、かなり酷いモンであったことは言うまでもない。





 俺がどれだけ嫌やと願っても、景色は動き、車は俺のマンションにたどり着いてしもた。
 ご丁寧に謙也は近所の有料駐車場に車を停めて。そこから歩いて、俺のマンションまで行った。俺が住んどるマンションなんやから、ホンマやったら俺が先を歩いて『こっちやで』とか言わなアカンのに、先を歩くのは何故か謙也。
 弾む謙也の足取りとは逆に、俺の足取りはかなり重い。自分家に帰ってくんのに、こんなにも憂鬱になったんは始めてやった。

 帰ってきたないけど、あの写真を撮られてた限り俺は謙也の言いなりになるしかない。

「へぇー……白石はここに住んどんのかぁ……」

 何が珍しいんか分からんけど、謙也は感嘆の声を漏らして周りを見渡しとる。

「あっ、ちょっ、白石待ってぇや」

 オートロック式のドアを開けてマンションの中に入った俺は、足早にエレベーターに近付き、上にあがるボタンを押した。タラタラ歩いてた謙也を置き去りにする形で。
 ここでエレベーターがすぐ来てたら、俺は一人で乗ってたかもしれん。

 ポーンと軽快な音と共にエレベーターはやってきて、謙也と一緒に乗り込んだ。健康のことを考えると階段を使うべきなんやけど、俺の部屋は六階なモンやから正直しんどい。

「白石って何階に住んでんの?」
「……見た分かるやろ」

 『6』のボタンを押したんやから、六階に決まっとるやろ。些細なことでも、イライラしてまう。つい素っ気ない態度をとってまう。
 言うならばこれは、弱みを握られてる俺にとって小さな反抗やった。
 おかしな空気が流れても、全く気にせぇへん。済ました態度で済ます。

 エレベーター特有の、変な浮遊感を全身で感じながら頭上の数字は進んで、六階に着いた。そんで自分の部屋の前に移動して、鍵を開けて中に入る。

「お邪魔しまーす」

 そのまま閉めたりたかってんけど、それも無理やった。謙也は俺の後について、部屋に入ってくる。

「……鍵、かけといて」

 謙也にそう頼んで、俺は靴を脱いで先に上がった。謙也は俺の言う通り鍵をかけて、

「チェーンはえぇの?」

 チェーンを引っ掛けようとする手振りをするから、俺はいらんと言葉を返した。

 思わず深いため息が出る。

 ――なんで俺は、こないなことしとるんやろか……。なんで俺を強姦した男を、自分の部屋に招いとんねん。

「白石、一人暮らしやのに綺麗にしとんねんな」
「……あんまり、見やんとってくれへん?」

 自分の部屋をジロジロ見られるっちゅーのは、あんまり気分のえぇモンやない。特に……招かざる客に対しては。

「あー、すまんすまん。いやな、念願やった白石ん家にくることが出来て、嬉しいてなぁ……つい」
「……」

 何が嬉しいんか全く分からんけど、謙也はめっちゃはしゃいどる。俺の部屋に来れたぐらいで、何が嬉しいんやろか。

 入り口である扉を開いたら短い廊下があって、右側にトイレと風呂。左側が収納スペースになっとる。廊下の先にはすぐ部屋があって。一人暮らしなモンやから、俺が借りとる部屋はワンルームや。キッチンが隅っこの方にあって、ベッドやソファー、衣食住をほとんどこの部屋で行っとる。まぁ軽く十帖はあるから、十分過ぎる広さなんやけどな。

 その部屋に謙也を立ち入らせた時、俺はどうしても一言いいたなった。

「なぁ……」
「何? 白石」
「俺が……なんでお前を殴らへんか、知っとるか?」

 それまでただはしゃいでた謙也の顔が、今度は意地の悪そうな笑みになって、

「さぁ? なんでなんやろなぁ? 俺のこと……好きやから?」

 ふざけてみせる。
 口調からも、言葉からも分かるように、完璧に俺をおちょくってた。

 コイツは……全部分かっとる。気付いた上で、俺はわざわざそれを言葉にした。

「ふざけんなや。お前の顔に傷でもあってみぃ。友香里が……心配するやろ」

 口角が上がり、謙也の笑みが一層濃くなる。

「白石は……優しいなぁ」

 そこを全部――コイツは利用しとるんや。そんで俺は、全部分かった上で謙也の思惑通りに動いとる。

「その優しさにすら、嫉妬してまうわ」
「……その辺に座っといてや」

 ソファーの方を指差して、俺はそう言うた。謙也はありがとて言いながらソファーに座って、俺がやめろて言うたのにキョロキョロ部屋を見渡しとる。

 嫌々やけど一応謙也は客やから、お茶でも入れることにした。ちゅーても、冷蔵庫に入ったペットボトルのヤツ、グラスに入れるだけやけど。それを持って、ソファーの前のローテーブルに乱暴に置く。中身が揺れて、グラスから零れそうになった。

「もうちょっと優しぃしてや」
「……お前に優しする必要なんかないやろ」

 そん時、謙也が一瞬表情を曇らせたんは見やんかったことにする。俺は向かい側にクッションをひいて胡座かいて座って、睨みつけるように謙也を見た。

「で、なんなん? お前は……何がしたいねん」
「だから前にも言うたやんか。俺は……白石が好きやねん」
「それは聞き飽きるほど聞いた。それで? なんなん? お前は俺とどうなりたいん?」

 俺が聞きたいんはそっちや。
 半ば脅迫みたいな形で部屋にまで上がってきて、コイツは一体何がしたいねん。

「えぇの? そんなん言うて?」

 お茶を一口飲んでから、謙也は聞く。

「もったいぶらんとさっさと言えや」

 苛立ちを隠さず催促すれば、

「俺はな……白石と恋人同士になりたいねん」

 奥さんがおる身分でありながら、謙也はあっさりそう言うた。

「白石のことが好きやから、恋人同士になりたい」

 この答えを俺は予想してたけど、実際言われてみるとかなり堪(こた)える。多分この謙也の願いは、

「叶えて……くれるよな?」

 俺にとっての強制。

「……っ」

 謙也の余裕ぶった顔が腹立つ。でも、殴ったらアカン。殴ったら……友香里が心配する。
 そう自分を理性で押さえつけて、俺は友香里の為やと我慢した。震える拳を、ギュッと握りしめる。

「まぁ、友香里にバレんようにうまいことするし……そこんとこは安心してや」

 ニヤニヤ笑いながら言うとるけど、これはもはや脅迫や。

 ――最悪や。

 写真はまだえぇ。バラまかれたとしても、俺がエライ目に合うだけや。でもコイツは写真だけやのうて、友香里を……人質にとっとる。
 あないに幸せそうに笑ってた友香里を、友香里の幸せを、奪うことなんか俺には出来ひんかった。
 例えそれが、仮染めのモンやったとしても俺は……。

「ホンマに、ホンマに友香里を傷付けるようなことは……」

 せやからもう、俺には最悪の中の最良の選択を取るしかない。

「……えぇよ、絶対にせぇへん」

 今はこの、嘘で塗り固められた男の言うことを信じるしかないんや。

「ほんなら決まりやな。俺と白石は今から恋人同士! いやぁ―、嬉しいなぁ……」

 パチンと仕切り直しといったように謙也は手を合わせ、弾む声でそう言うた。

 でもコイツの、思い通りになってやる気はさらさらない。

「ただし……『恋人』いうても形だけや。お前なんかを本気で好きになったりせぇへんから安心しろや」

 俺にとって、謙也にしてやれる最高の嫌がらせがこれやった。

 余裕たっぷりに笑ってみせる。

 友達と呼ぶには、最高の存在やった。
 なんでも相談出来る、まさに親友と呼べる存在。
 でも、コイツが望む恋人と呼ぶには実に不釣り合いな存在や。男の俺が、同じ男である謙也を好きになる訳ない。しかもこんな嫌がらせを受けて、好きになれる筈がなかった。

「別にえぇよ。絶対、俺を好きにさせてみせるから」

 ただの負け惜しみやない。
 この台詞はどこから出てくんねんと言いたなるぐらい、謙也は自信たっぷりに笑てた。

「そんじゃ、早速白石には恋人らしいことしてもらおかな」
「……」

 覚悟は出来てる。
 俺は友香里の『幸せ』を守るて決めたんや。せやから、どんな要求にも堪えてみせる。例えそれが、あの屈辱的な行為を強いるモンやとしても……。

「俺な、白石の手料理が食べたい」

 ――へ?

 てっきり言われる思て身構えてたのに、その台詞は言われることなく、俺は拍子抜けした。

「白石が作ってくれるもんやったらなんでもえぇよ。それとも……なんか別のこと考えてた?」
「あ……アホなこと吐かすなやボケっ! そんなワケないやろっ!」

 謙也を一方的に怒鳴りつけて、俺は腰を上げキッチンの前に立った。顔が熱い。

 さっきから謙也のペースに巻き込まれてばっかりや。なんとかして取り戻さなアカン。

「俺、あんまりたいしたモン作られへんから、冷食でえぇやんな?」

 なんでもえぇ言うんやから冷食でもえぇやろと思てそう聞いたら、謙也がふっと馬鹿にしたみたいに笑う。

「冷食? ちゃうやろ。白石かなり料理にはこだわり持ってるよな」
「……なんでそんなん分かんねん」

 冷蔵庫を開いて、冷食の醤油ラーメンの袋を取り出す。これで十分やろと思たからや。

「やって調味料めっちゃ揃ってるやん。台所もめっちゃ綺麗やし」
「……」

 よう見とるわ。
 確かに俺は、料理にはかなりこだわっとる。
 健康と節約を考えて始めた自炊も、今では料理のレパートリーもかなり増えてきて、作んのが段々楽しくなってきた。昔からやるなら完璧を……という性格がそうさせたんやろか。自分なりのアレンジを加えたりもしてる。冷食は一応、非常時の為だけに置いてるだけで、特に食べようって思うことはない。

「せや、カレー。カレー作ってや白石」
「お前、なんでもえぇて言うたやないか。なんで俺にリクエストしてんねん。何様のつもりや」

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