「――……いし、白石」

 遠くの方で、謙也の声がする。
 覚醒する意識と共に、どんどん大きくなる声。

 あぁ、そうか……。
 1時になったんか……。

 俺が起こしてて言うたんやし、ここで起きな本気で寝てまう。二度寝程目覚めが悪うて、ぐっすり眠れるもんはないしな。

 起きなと思て、俺は重い瞼を開き、ぼんやりとした頭で目に入る景色を捉える。

「……」

 ボケとるせいやろか。

 淡い光に照らされた室内は寝る前に見てたモンと違て。周りの景色をよう見ようと体を動かした時、俺はある違和感を感じた。

 なんでか腕が頭より上にあって、そこからちょっとしか動かされへん。
 ぐぃっと引っ張ってみるけど、腕は頭上に固定されたまんま。なんやねんと首を捻って上を見た時、俺は我が目を疑った。
 考えもしぃひんかった光景に、眠気なんか一気に吹っ飛ぶ。

 ――俺の両腕には手錠がかけられとって、そこから伸びたチェーンはベッドの脚んとこに巻き付けられとる。

 なんでこないなことに……。

 今の状況がさっぱり分からず、俺はただ困惑した。ガチャガチャと、手錠が虚しく音を立てる。

「――えぇ眺めやなぁ白石」

 けど、一個だけ確かなことがある。

 これをやったんは間違いなく……謙也や。

 俺を見下ろすような形で謙也はベッド付近に立ち、クククと篭った笑みを漏らす。明らかに寝る前とは様子がちゃう。謙也の変わりように、俺は嫌なモノを感じずにいられへんかった。

「ちょ……謙也、何の冗談やねんコレ。悪酔いにも程があるで?」

 きつい体勢であるが、頭を持ち上げて俺は謙也と顔を合わせる。
 謙也がこんなことをする理由が全く分からん。考えられるとしたら酔うとるからやけど、あまりのことに俺は乾いた笑いしか出ぇへんかった。

 ――謙也は酔うとるだけ。

 そうであって欲しかった俺の願いは、脆くも崩れ去った。

「酔うとる? ちゃうよ。チューハイ二本ぐらいで酔うワケないやん」

 俺を、馬鹿にしたみたいな口調で、謙也ははっきりそう否定した。ベロンベロンの状態で酔うてないと言われても、説得力ないけど謙也はそんなんやなくて。滑舌や表情が、謙也が酔うてへんことを物語っとった。

 やったら、なんで?

 理解の範囲を越えたこの状況に、俺は困惑の色を隠しきれん。声を発することが出来んで、驚きに目を見開き俺はただ謙也を見つめる。

「白石」

 俺の名を呼ぶ謙也の声。
 ただそれだけのことやのに、ワケの分からん謙也の行動に大袈裟に反応してまう自分がおった。

「俺のこと、全然変わってへん言うたよな?」

 そうや。確かに言うた。
 中学時代となんも変わってへんで、嬉しかったからそう言うたんや。

「せやで。俺は何も変わってへん。あん時と……何も変わってへんねん……」

 謙也は俺との距離を徐々に縮め、

「……っ!」

 ――あっという間の、出来事やった。

 ギシリと音を立て、俺がおるのに謙也はベッドに上がって。覆いかぶさるように俺の顔の両側に手ぇついて、謙也の顔が真正面にきたと思たら、唇に何かが押し当てられて……俺は見開いていた目をさらに大きくした。

 何コレ……何なん、何なんコレ!?

 嫌でも分かる。
 でも、何なんやコレは。
 信じられへん、信じたくない出来事に、俺は体が冷えていくのを感じた。

 俺は今……

 謙也にキスされとる。

 男で、友達で、妹の旦那である謙也に……今、この瞬間、キスされとった。

 謙也を引き離そうにも手は使われへんし、足は謙也の足が上手いこと抑えつけとって、やっぱり動かされへん。

 必死に暴れてみるけど、謙也の力が強うて俺の行動はまるで意味をなさへん。それに調子づいたのか、謙也の行動はだんだんエスカレートしてきた。

 謙也は両肘をついたことにより、自由になった手で俺の顔を固定し、苦しくて俺が薄く口を開いたその一瞬をついて、

「んンーーっ!」

 ……ぬるりとした感触。
 あろうことか、謙也は舌を入れてきよった。

「んっ、んンっ、」

 謙也の舌は容赦なく俺の咥内を動き回り、あらゆる箇所をなめ回す。歯列をなぞり、舌を絡め、唾液を注ぎ込む。

 空気が入る度にぴちゃぴちゃといやらしい水音が立って、俺は謙也とディープキスを交わしていた。

 好き勝手されとることに腹が立ってきた俺は、謙也の舌を思いっきり噛んだった。途端に出ていく謙也の舌。

「痛いやんか、白石」

 謙也は身体を起こしてベッドに座り、再び俺を見下ろす形となる。斜め上にある謙也の顔は、俺とは正反対にどこまでも余裕で。
 俺は少しでも多くの酸素が欲しいて、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、謙也を睨みつけた。
 呼吸が落ち着いた頃、俺は叫ぶように口にする。

「謙也……お前何のつもりやねんっ! 悪ふざけにも程があるでっ!」
「悪ふざけ? そんなんとちゃうわ。俺は白石が――」

 謙也が続けて口にした言葉に、俺は自分の耳を疑った。

「好きやねん。俺、白石のことめっちゃ好き」

 謙也が……俺を好き?
 意味が……分からへん。
 男が男を好きとか、そんなん有り得へん。
 だいたい謙也、お前友香里と結婚しとるやんか。友香里のこと好きで、結婚したんやろ?

 動揺したんは一瞬で、どうせからかっとんのやろと、俺は再び謙也を睨みつける。

「アホ抜かせ。謙也……お前俺のことからかってんのやろ? 嫌がらせも大概にせぇよ。気にいらんことあるんやったらはっきり言えや!」

 俺が怒気をはらんだ声でそう口にしたら、

「嫌がらせなんかとちゃうよ。俺は、ホンマに白石が好き」

 謙也は即答して。
 俺は言葉に詰まってしもた。

 ――やって、ここで否定してくれたら、意地の悪い笑みを浮かべ好きやと言われたもんなら、『冗談』なんやなって受け止めることが出来た。

 せやけど……アカン。
 最初に好きやと言われた時から、なんとなく気付いてた。
 俺を好きやと言う謙也の瞳は至って真剣で、からかう為や嫌がらせの為に言うた言葉やとはとても思えんかった。

 謙也の言葉は嘘でも冗談でもない。

 謙也はホンマに俺が……。

 ――やったら、

「なぁ、白石。友香里て……ホンマにお前の妹なんか?」
「……っ!」

 俺の顔見て察したんか、謙也は俺の知りたいことを口にした。

「笑ってまうぐらい、全然似てへんな」

 意地の悪い笑みを浮かべ、謙也は世間話をするみたいにペラペラと話し出す。

「俺な……なんべんも白石のこと忘れようとしてんで? 白石のことが好きで、好きで好きで、たまらんかったけど、俺も男で白石も男やから、絶対叶わん思て……忘れようとした。せやから白石から連絡きても、無視した。白石と関わりもったら好きて気持ちが溢れてくるから、絶対に忘れられへん思たから」

 ……なんや?
 つまり謙也が音信不通になった理由。
 それはなんも高校生活が忙しかったワケやなくて、俺に会いたなかったから?
 全部……俺が原因?
 そう考えると今までのこと全てに納得がいって、俺は与えられた事実に声も出せずにいた。そのまま黙って、謙也の独白にも似た言葉を聞く。

「白石を忘れようとした。白石を忘れたかった。白石のこと考えたら、辛くて辛くてたまらへんかった……。好きでもない女と、付き合ったりして忘れようともした。でもな……白石を越えるヤツなんかどこにもおらへん。俺の中での白石は最高の存在で、絶対的で、忘れることなんか到底出来ひんもんやった……」

 謙也の手が俺の頬に伸びてきて触れられた瞬間、その粘着質のある触り方に、体中に鳥肌が立った。謙也は気にする様子もなく、うっとりした表情で俺の頬を撫で回す。

「俺の全てが白石を求めてる。周りがびっくりするような大学に入っても、俺のこの気持ちが認められるワケやない。誰も認めてくれへん。白石は手に入らへん。だから……俺、考えてん。白石の『代わり』になるもんが欲しいって」

 ――まさか……っ。

 考えたない。考えたないけど、俺の脳裏に浮かんだある答え。
 その答えを肯定するみたいに、

「白石の、思た通りやで」

 謙也はニヤリと笑った。
 俺の頭が真っ白に染まる。

「再会したんはホンマ偶然やった。図書館に借りた本返しにいったら、どっかで見たことある子やなぁ……あぁそうや、白石の妹やって。最初はただそれだけやってん。そないに親しかったワケやないし、話し掛けすらせんかった。でもな、ある時思てん。白石の妹やったら……白石に似てるんやないかって。白石の代わりぐらいにはなるんやないかって。せやから俺は友香里に近付いた。優しい言葉で攻めたったら、あっちゅー間に落ちよったわ」

 友香里の名前が出てきた時から、そんな気はしてた。

 もしかしたら、友香里は……。

 でもそんなん。あないに幸せそうに笑っとったのに、そんなん残酷過ぎて……。流石にそれは有り得へんと否定してる自分がおったけど、心ん中ではどっか思てた。
 考えたない、嫌なことばかりが的中する。
「でもなぁ……計算違いやった。友香里のヤツ……あの女、白石の妹やからて近付いたのに、白石にまるで似てへん。俺の好きな白石はあんなんとちゃう。あないにがさつで、強情な人間とちゃう。全部が全部、違いすぎた……」

 ……当たり前やろ。いくら兄妹やからて、友香里は俺やないし、俺は友香里やない。友香里に俺を重ねたんが、そもそもの間違いや。

「あまりに俺の想像と掛け離れとったから別れたろ思たけど、ある意味これはチャンスやと、俺は思い直してん。あの女と、このまま付き合い続けたら俺は白石に会える。大好きな白石に会える。そう思たら、なんでも我慢できたわ」

 友香里を、『あの女』呼ばわり。

 友香里はホンマに謙也が好きで、謙也のヤツも……そうやと思てたのに。

 何で?

 なんで?

 ナンデ?




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