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「いや、普通な……普通思うか? 自分の妹と中学ん時の同級生が結婚するなんか」
「まぁ……普通は思わんな……」
「やろ? せやからびっくりしてんて。相手がお前やなくて、ユウジや健二郎やったとしても俺はおんなじこと言うてる」
「なんやリアルな選び方やな」
酔ってもあらへんのに、俺はやけに饒舌やった。不思議なことに、言葉が次々と浮かんでくる。やっぱりそれは、相手が謙也やからやろな。
心置きなく喋れる。
「白石はおらんの?」
「ん?」
「結婚したい程好きな相手とか」
「…」
頭の中で反芻させること数回。
結構真面目やったやろう謙也の質問を、俺は笑い飛ばした。
「おらんおらん。そんなんおらんって」
悲しいことに事実やった。
結婚に対して憧れはあるけど、残念なことにそうゆー相手に巡り会えたことはない。
「いやー……俺ってアレやん?」
「アレて?」
「自分でいうのもなんやけどイケメンやん」
「自分でいうなや」
ホンマに思てるワケやなくて、周りがそう口にするもんやから、俺の中でそういう認識がついてしもた。
まぁ口にしたんは、もちろんふざけてなんやけど。謙也が突っ込んでくれんの分かってたから言うてみた。
「せやから、見た目で好きになってまう子ばっかりやねんなぁ」
俺の内面を見てくれる子は未だ現れへん。
「見た目で好きになってまうから、いざ俺の内面知ってまうと『私が思てた人とちゃうかった』て言うて、フラれてまうねん」
自分から告っときながらと、俺は口を尖らせる。そんな俺の言葉に、
「あー……分かる気ぃする」
謙也は納得したように頷いた。
……めっちゃ聞き捨てならん。
「どーゆう意味やねん」
「白石ていろいろ残念やん。見た目とイメージだけでいうたら完璧やのに、エクスタシーとか卑猥な言葉、カッコつけて言うとったし」
また俺の黒歴史を……っ
「んん〜っ、エクスタシーっ! ――やっけ?」
謙也は思い出したように言うたけど、笑いを堪えとる辺りが確信犯や。
「いや、流石にもう言うてへんから」
「逆にこの歳で言うてたら完璧に不審者やろ」
我慢出来んかったんか、クククと笑いながら言われんのは腹立つけど、謙也の言う通りやと思う。
……いや、言うてへんけどな。
仕切り直しと言わんばかりに咳ばらいして、
「まぁ……見た目とのギャップもあるけど、俺が仕事人間っていうのも理由の一つかもしれんな」
飲んだからなくなったんやけど、いつの間にか空っぽになってたコップにお茶を注ぎながら、俺は話題を元に戻した。
「仕事人間?」
「そ。彼女と仕事、どっち優先するかていうたら間違いなく仕事。仕事ちゅーか……俺の場合は学校やな」
「白石、化学教師やっけ?」
「おぉ、そうそう。基本化学やけど、理科系は一通り持っとるから教えられんでー」
補習ん時なんかは生物教えたり、物理教えたりすることもある。
「そうなんや」
謙也が、もちろん食べながらやねんけど、ちゃんと相槌打ってくれるから、俺は続きを話す。
「ほんで、まぁ結構最近の話なんやけど、彼女に、デート誘われとってん」
「うんうん」
「でもその日、化学のテスト三日前でな……適当にあしらえばよかってんけど、分からん分からん言う生徒に、3時間付きっきりで勉強みてしもた」
「……マジか」
「しかも彼女に連絡入れんの忘れててな……待ちぼうけ喰らったモンやから、向こうカンカンやで」
あの時の怒りっぷりは今でも鮮明に覚えとる。俺が悪いんは充分過ぎる程分かっとるから彼女に謝り倒したけど、結局許してもらえんで、
「その彼女にここバッチーンて叩かれて、その日にフラれてしもたわ」
俺は自身の頬を指差し、自嘲気味に笑った。
「俺のすっぽかしはこの日に始まったことやないしな。かれこれ10回以上、彼女との約束破っとるわ」
「そらフラれるやろ」
「うん、分かっとる。でも全然反省せぇへんなぁ……俺。どうしても、彼女とおるより仕事の方が楽しいと思えんねん」
彼女に申し訳ないと思うんはそん時だけで。次に似たような状況になったとしても、俺は彼女を優先しようとはせんかった。
彼女は後回し。
仕事が一番。
どうやらそれが俺の実態らしかった。
俺自身がそないに彼女を好きやないから、優先させてやることが出来ひん。
だからフラれる。その繰り返し。
「せやから彼女は当分えぇわ。なんかもう、色々疲れた……」
流石にここまできたら、懲りてくる。
「ちゅーことは、白石今彼女おらんの?」
「最初に言わんかったか? 彼女どころか、好きな人すらおらんわ」
俺が笑い飛ばすように言うたら、
「ふーん……」
て、謙也が意味深に笑て。
「あ、お前、俺のこと可哀相や思たやろ?」
なんとなく表情から、俺は謙也がそないなことを思てるように感じた。
「思てへん思てへん」
「いや、思とるやろ! ――謙也……自分はえぇよなぁ。俺の妹やけど、結婚したいと思えるような人と出会えたんやからさぁ。俺と違て、これから謙也くんの人生はバラ色やな」
皮肉とか、嫌味とか、そんなんやない。
からかい半分で言うただけや。
でも謙也は本気に取ってしもたんか、曖昧な笑顔を見せて。俺のひがみと取られてしもたんやったら、めちゃめちゃカッコ悪いから、
「あ……今の嫌味でもなんでもないで。今の俺は、仕事が一番やから別に羨ましいとかそんなんも別にないし」
慌てて訂正した。
そしたら謙也は白い歯を見せながら、分かっとるよと言うてくれて、安心した俺はホッと胸を撫で下ろす。
勘違いされたままとか恥ずかしいやろ、普通に。
「ちゅーか5年……やんな? 謙也と友香里の交際期間。ようそないに、長いこと持ったな」
間を与えることなく、話題を変えて再び俺は喋り出す。
喋りながら食べとるもんやから、寿司はなかなか減らへん。
「そうか? 白石が短過ぎんのとちゃうん?」
「……かも知れんけど、それを差し引いても凄いて。俺は凄いと思う。友香里の兄貴の、俺やから言わしてもらうけど、友香里のヤツ気ぃ強いから扱いにくいやろ?」
友香里が産まれた時から知っとる俺だけの特権。兄という立場にあるから、こないにデリカシーのないことも普通に言えた。
「せやな……確かに気は強いけど、可愛いとこもあんで。5年も付き合うてたら、色んなとこ見えてくるし」
「いやいや。多分これからやで? なんやかんやで兄妹やから、友香里と俺、結構似とるし。アイツが本性見せんのはこれからやと思う」
「そーなん?」
「やと思うで」
確信なんかないけど、自分に似ているからという理由で、俺はなんとなくそう思った。
同時に、
「でもな、友香里と5年も付き合うて大丈夫やった謙也は……これからも大丈夫やと思う」
そう思とる自分もおる。
「どっちやねん」
謙也の言う通りどっちやねんて感じやけど、要するに俺の言いたいことは、
「つまりはアレや。友香里の本性……ちゅーか、女らしないとこ見たとこで謙也はなんとも思わんってことや」
てことやった。
「謙也やったら大丈夫。絶対上手いこといくて」
「……おおきに」
「なんかあったら、俺相談乗るし。一応、謙也の『アニキ』やしな」
実感なんかこれっぽっちもないけど、一応そうなってしもてる。