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やっぱりあの後やってきた謙也からの連絡は電話で、友香里が途中で茶々入れてきて通話時間は短かったけど、来週楽しみやなぁて二人で喋った。
会話の中で謙也に酒用意しとくけど何がええ? て聞かれて、俺が結婚式の後に行った飲み会を思い出したんは言うまでもない。飲むのは控えることにして、アルコールの少ないチューハイでええよと俺は一応言っといた。謙也の前で情けない姿は見せられへん。ハメ外さんようにしなな……。
それからは前日に明日やんな? とメールでやり取りした程度で、お互い連絡を取り合うようなことはなかった。
そんで迎えた当日。
5時頃俺は、擦れ違う生徒と挨拶交わしながら学校の校門を抜けた。
学校から自宅まで片道約二時間。電車の乗り継ぎが、上手いこといったらもうちょいはよ帰れる。
謙也と友香里の住まいであるマンションは、俺の住んどるマンションの近くやから7時半の待ち合わせで十分行けるやろう。
いっぺん友香里しかおらん時やけど、部屋に上がらせてもろたことあるから、マンションの場所もばっちりやし、部屋の場所も把握しとる。
せやから謙也との待ち合わせは俺が直接家に行くっちゅーことになってた。謙也のヤツは車で駅まで迎えに行くとか言うてくれたけど、自宅から駅までチャリを使とるワケやから有り難い申し出やけど断った。
電車の中ではいっつも読書に勤しんどる俺やけど、今日は楽しみからやろか、なんや落ち着かんで、窓の景色を眺めながら降車駅に着くんを待った。
記憶力には自信あるし、周りのマンションと比べて、飛び抜けてデカイから目立つしで、俺は迷うことなく辿り着けた。
前来た時もそうして大丈夫やったから、マンション付近に自然と出来あがっとる駐輪場(不法駐輪や)にチャリ停めて、俺は正面玄関から中に入った。
このマンションは開けてもらう為にインターフォンを通じて中の住人と連絡取るんやなくて、警備員を通して連絡取ってもらう。
せやから、
「すんません、905号室の忍足の友人なんですけど、連絡取ってもらえますか?」
受付みたいな感じのスペースにおる、警備員さんに話し掛けて、電話で中におるであろう謙也に連絡取ってもろた。
『白石蔵ノ介』の名前出したら数十秒の内に話ついて、俺は警備員さんに客として認識されたらしく、ガチャリと各部屋へと続く廊下の扉のオートロックが外れる音がした。
受話器を置いた警備員さんが『どうぞ』と言うのを聞いてから、俺は開いた扉から内部に入った。
9階まで階段で上がんのは流石に疲れるから、都合よく下までおりてきてたエレベーターに乗って、俺は9階まで一気に上がる。
エレベーターが9階に着いて、廊下に出た俺は905号室に向かった。
901、902、903、904と続いて……905。
『忍足謙也 忍足友香里』て標札がついとるから間違いない。この部屋や。
『忍足』の姓になった、友香里の名前見る度に、俺は二人の結婚を改めて実感する。
自然と目に入ってくる標札見ながらインターフォン鳴らしたら、バタバタと中から慌ただしい音が聞こえて、
「いらっしゃい!」
満面の笑みを浮かべた謙也が、扉開いて出迎えてくれた。Tシャツに長ズボンっちゅー、かなりラフな格好。せやけどTシャツの色は赤で、柄はめちゃめちゃ派手やった。
「白石、待ってたんやで! ほらほら、中入ってや!」
もうちょい用心せぇと言おう思たけど、その様子から、謙也がどんな気持ちで俺の到着を待ってたんかが分かって、注意する気を削がれてしもた。子供みたいに、めっちゃはしゃいどるわ……。俺もそりゃ楽しみにしとったけど、ここまでやない。謙也に……もちろん錯覚やねんけど、犬の耳と尻尾が生えてるような気ぃした。
そういえばコイツ、犬っぽかったよな……と昔を思い出す。
「ほら白石ぃ!」
「分かっとるて。そう急かさんといてや」
謙也の言葉に促されるような形で、俺は部屋ん中に足を踏み入れた。礼儀やから、お邪魔しますと一応口にして、俺は玄関で靴を脱ぐ。
「へぇ……やっぱ綺麗にしてんなぁ」
埃一つない、ピカピカの廊下を目にして、俺はそう感想を漏らした。
「なんせまだ新しいからな。俺はあんま気にせぇへんねんけど、友香里のヤツは毎日目ぇ光らせとるわ」
友香里がモノ大事にするんは最初だけやけどな。時期、この床は埃が目立つようになるやろう。
短い廊下を歩いて、突き当たりの、リビング内に俺は通された。
「テキトーに座っといて」
と言って謙也が指差したソファーに、俺は腰を下ろした。
俺んとこもそうやけど、室内はリビングとダイニングがくっついとる形で、謙也がキッチンでゴソゴソやっとるのが見える。俺も手伝うて言うたとこで邪魔になるだけやろし、今回のとこは黙ってお客様気分を味わうことにした。
「――白石、飯でええやんな?」
「おぉ、ええよ。ちゅーか……そうやないと俺腹ぺこで死んでまうんやけど」
電話でそういう話になってから、俺は昼からなんも食べてへん。冗談混じりで言うたけど、気ぃ抜いたらお腹鳴ってしまいそうで、結構マジやった。
「分かっとるて。一応聞いてみただけや」
外食しよかて話も出てんけど、家でくつろぎながら俺と喋りたいて言うた謙也の要望に応えることにして、俺らは出前を頼むことになって。そんでちょっと豪勢にいこかてことで、注文することになったんが、
「はい、お待たせ」
「えっ、めっちゃ美味そうやん!」
寿司。
ソファーの前にある、ガラスのローテーブルに寿司が並べられて、腹の減っとる俺の目にはかなり美味そうに見えた。いや、それを差し引いても普通に美味いとは思うけど。
「やろ? 俺んとこ、祝い事いうたらここの寿司やったから、味に関してはよう知ってんねん」
流石金持ちと、納得しながら筋ひとつない寿司のネタを眺める。
寿司に続いてコップと小皿が机ん上に並べられて、お客様気分を味わおうとしてた俺やけど、どうも性格上出来んかったみたいで。寿司に付いてた醤油と山葵を小皿に入れて、謙也が最後に持ってきたペットボトルに入ったお茶を、俺が入れるわ言うて受け取ったら、コップに程よい量まで注いだ。
やっぱ誰かになんかしてもらうってことに、俺はいくつになっても慣れへん。
「そういうとこ、変わらへんなぁ」
謙也の目から見ても、そうみたいやわ。
「謙也かて変わらへんやん」
10年以上経っとんのに、謙也はあん時となんも変わってないように見えた。
謙也が変わってなかったからこそ、こうやって昔みたいに接することが出来る。全然会うてなかったのに。連絡も、まともに取り合ってなかったのに。
「変わって……へんか」
そう呟いた謙也の顔は、なんや悲しそうで。成長してないっちゅー意味に取ってしもたんやろか。
「ま……ええわ。それより白石、飯にしよ、飯」
突っ込もうと思たけど、変わり身の早さから謙也にとってはどうでもええことやったみたいで、俺は何も言わんことにした。
「せやな。食べていこか」
「寿司についとる割り箸、つこてくれてええから」
「分かった」
醤油と山葵とおんなじように、寿司に付いてた割り箸を手に取って、俺はそれを綺麗に割った。
謙也と、
「いただきます」
声揃えて言うてから、俺らは寿司に手をつけ始めた。
腹減ってるだけに、俺は遠慮ってもんを知らん。箸で掴んだネタを、醤油と山葵につけて遠慮なくパクパク口に運ぶ。
「めっちゃ美味いっ! ヤバいなコレ!」
見た目通り、文句なしに美味かった。
言葉で例えるならまさに、口の中で蕩けるって感じ。
「やろー? 高いからあんま手ぇ出せへんのやけどな」
「あ、これナンボやった? 割り勘やろ? 半分出すで」
口をモグモグさせながら、鞄から財布出そうとしたら、
「あー、ええよ。後ではろてくれたらええから」
謙也にそう言われて。出すて言うたところでええよて言われそうやったから、俺は大人しく財布を戻した。
なんでそう思たかて聞かれたら、それはやっぱり相手が『謙也』やから。謙也はそういうヤツや。
「ちゅーか……ホンマびっくりやで。謙也と友香里が結婚するなんか」
寿司を食べながら、俺らは喋り出す。
「白石、ホンマそればっかりやな」
謙也が苦笑い零すぐらい、俺はこの話を何回もしとる。そのくらい、二人の交際と結婚は信じられん話やった。