あともうすこし



「………はぁ」

 今日で何度目か分からないため息。
 スポーツドリンクの飲む間に出るため息は忍足 謙也から出たもので、隣で彼と同じように休憩していた財前 光は呆れたように言った。

「……謙也くん、うざいッスわ」
「な……」

 後輩である財前にそんなこと言われれば、流石の謙也も腹立つ。ベンチに座っている謙也とは違い、立ってドリンクを飲んでいる財前を見上げて言った。

「財前。お前先輩に向かってうざいとか言うなや」
「そないなこと言われても、うざいもんはうざいんです」
「どこがうざいんや」

 それを聞いて財前は、無自覚でしていたのかとさらに呆れた。

「……部長」
「へ?」
「部長見つめてため息つくの、やめて下さいゆーとるんです」
「な……っ」

 謙也は顔を真っ赤にして驚いたように声を上げた。

「な、何ゆーてんねん財前……俺が白石を? ね、寝ぼけたことぬかすなや」

 明らかに動揺している謙也。
 財前は構うことなく続ける。

「謙也くん……部長のこと好きなんでしょ?」

 ちょうどその時口に含んでいたドリンクを、謙也は盛大に吹いた。財前は自身に何の被害も及ばなかった為、何も言わずに謙也を横目で見る。

「あ、あほぬかせっ!」

 ゴホゴホと苦しそうな咳を何度か響かせた後、謙也は真っ赤な顔をさらに真っ赤に染めた。

「まるわかりです。めっちゃ見とるやないですか」
「……そないなこと……あら…へん」

 語尾がどんどん弱くなっていき、謙也は下を俯いた。自身の足元を見つめて、ポツリと呟く。

「……そないなこと……あるわ……」
「……」

 財前は視線を謙也から外し、後輩の指導にあたっている謙也の想い人――白石を見た。
 白石は綺麗だ。
 その端正な顔立ちがクールな印象を与えがちだが、話してみるとその印象は大きく変わる。
 冗談も言えばよく笑う。
 全国大会に出場できる程の実力を持つ四天宝寺中テニス部の部長でありながら、えばった態度などなく、常に前向きだった。
 それが部員に好評で、みんな彼を慕う。
 そんな彼がモテない訳がない。
 やはり顔がイイから、当然のように女の子は寄ってくる。
 けれどもそんな彼が誰とも付き合ったことがないという話は、なんとも意外なものだった。

「まぁ……頑張って下さい」
「へ?」

 財前の口から出た意外な言葉に反応し、謙也は思わず顔を上げた。

「謙也くんが……部長のことどんだけ見てきたか俺知ってるんで、個人的に頑張って欲しいなと」
「見てきたって……変態みたいやんか」

 苦笑しながら謙也が言うと、事実ですやんと財前は当然の如く返した。その言葉に謙也は固まったが、すぐ笑顔になって白石を見る。
 白石を見ているとつくづく思う。

「お前の応援はありがたいけど……無理やわ」

 彼の瞳が――自分を映すことはないことに。
 ちょうどその時だった。

「白石ー」

 謙也と財前の横を通り過ぎ、白石の元に駆けていく長身の男。
 その男――千歳 千里が謙也の視界に入った途端、彼の表情が凍った。徐々に色を変えていくそれは、やがて切なそうに歪んだ。
 ここからでは会話はよく聞こえない。
 なので表情から察する。
 最初は呆れたように話を千歳の話を聞いていた白石。
 しかし千歳が面白いことでも言ったのか、白石は笑顔を浮かべ始め楽しそうに話し出す。
 謙也はそれを見、引き攣った笑みを浮かべて、

「ほら、ゆーたやろ?」

 辛そうに言った。
 謙也は、白石が好きな相手は千歳だと思っていた。
 ……一年の時から白石が好きだった。
 忘れもしないテニス部仮入部の時、白石との打ち合いをきっかけに謙也は恋に落ちてしまった。
 いわゆる一目惚れ。
 彼が『男』ということなど、謙也にとってさして問題ではなかった。
 日に日に募り、大きくなっていく白石への思い。それでも思いを告げれなかっのは、謙也に度胸がなかったのと、やはり男ということに負い目を感じているからだった。
 その間にも月日は流れ、気がつけば中学三年に。そしてその春に転校してきた男が――千歳 千里だった。
 彼はテニス部に入部し、部長である白石が随分世話を焼いていた。
 それで仲良くなったのだろう。
 二人は一緒にいることが多くなった。
 謙也はそんな二人を見ていると辛かった。
 なんでもっと早く――自分の思いを告げなかったのだろうと後悔した。
 謙也は白石が千歳が付き合ってるじゃないのでは? と思ってしまう程に二人の仲は良かった。

「でも、ゆーてみな分からんやないですか」
「……」

 財前のもっともな問い掛けに、謙也は答えられず黙る。
 純粋に恐かった。
 謙也は、否定されることをなによりも恐れているのだ。
 財前も自然と黙り、二人してコートをぼんやりし眺めていると、

「――自分ら何してんねん。休憩、とっくに終わってんでー」

 何も知らない白石が注意しにやって来た。

「はよ、練習戻り。レギュラーがそんなんやと他の部員に示しつかんやろ?」

 笑顔で告げる白石。
 謙也は彼の顔を一度も見ることなく、そやなと呟くと、タオルとドリンクを手にその場を立ち去った。
 謙也はもちろん気付かなかっただろうが、財前は見逃さなかった。
 この時白石の顔が、悲しそうに歪んだのを――






 家に帰った謙也は部活の疲れを癒すようにベットにダイブした。ポケットから携帯を取り出し見てみると、着信を知らせるランプが光っている。
 サブディスプレイに写し出される名前を見て、謙也は目を見開いた。
 謙也の従兄弟の――忍足 侑士からのものだった。
 携帯を開き、謙也は届いたメールを見る。
 そこには、

『来週そっち行くけど、都合ええか?』

 と記されており、つまりは、

『来週大阪行くけど、泊まってもええか?』

 ということだった。
 東京に行ってしまった侑士。
 しかし度々大阪に帰ってくる為、方言が全く抜けていない状態だった。
 返事を返そうとメール作成し始めた謙也だったが、途中で打つのをやめ、電話に切り替えた。
 メールの受信がついさっきだったことから、侑士はいつでも携帯を見れる状態の筈だ。
 何回かコールが鳴った後、

『……はい』

 電話が繋がった。

『なんやねん謙也。電話なんか珍しい……』

 だいたいメールで用事を済ませてしまうので、謙也が電話を使うのは確かに珍しいことであった。

「たまにはええやん。あ、ちなみに部屋は空いてるから、いつでも泊まりにきてええで」
『それはありがたいんやけど……なんかあったんか?』

 何かある――相談したいことがあったから、謙也は電話した。事情を知るこの従兄弟ぐらいにしか相談出来ない。あまり渋るのもよくないと思ったので、謙也は本題に入る。

「白石のことでちょっ」
『フラれたんか?』
「ちゃうわ」

 否定してみたが、似たようなものだなと思い謙也は少し落ち込んだ。

『……せやったらなんやねん。なんもないんやったら切んで』
「ありますあります! せやから切らんとって下さい!」

 電話の切れる音がしなかったので、謙也はホッとした。

『……はよ話しや。聞いたるから』

 侑士に促され、謙也は淡々と話し出す。

「今日後輩にな、言われてん」
『何を?』
「……部長のこと好きやねんやろって……」

 謙也は今日の財前との一件を語った。

『めっちゃバレてるやん』
「やたらと勘のええヤツやからしゃーない言うたらしゃーないねんけど……」
『けど?』
「………そいつが告らへんのかって聞くんや」
『…せぇへんのか?』

 侑士の問いに謙也は笑みを零す。

「出来る訳ないやろ……白石が好きなヤツは別におんねんから」

 そう決めつけ、告白する前から諦めている謙也。

『自分、それ直接部長さんの口から直接聞いたんか?』

 そんな謙也に侑士は疑問を感じていた。

「聞かんでも分かるわ。アイツが見てんのは俺やない。アイツが見てんのは……」

 何故か、その続きが言えなかった。
 言葉に詰まり、謙也は黙る。

『まぁ……告白するせぇへんは謙也の自由やけど、部長さん思う気持ちは誰にも
負けへんねんやろ?』
「……当たり前やんか」
『この前も『白石は俺のエンジェルや』とかアホなこと吐かしてたしな』

 楽しそうに話す侑士に、謙也は冷静にツッコミを入れる。

「…それ、言うてたん侑士やで? ……『景ちゃんは俺のエンジェルや』ってぬかしてたん」
『………せやったか?』
「そんなキモいことゆうん、侑士ぐらいしかおらんやんか……」
『キモいて……失礼なやっちゃな……』
「すまんすまん」

 笑いながら謙也は言う。
 侑士と話すことで、謙也の気分は大分晴れていた。それを口にしたら『俺はお前のカウンセラーか』なんて呆れられてしまったが、事実なのだから仕方ない。
 その後も侑士といろんなことを謙也は話したが、やはり彼の口から『告白する』という単語が出てくることはなかった。







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