2
自分のおかんやのに敬語とか……なんや変な気分やわ。しゃあないけど。
「さ、このまま下りるワケにもいかんし、着替えよか」
え……?
「ちょちょちょちょちょちょちょっ!」
『ちょ』しか言えてないけど俺は立ち上がった白石の腕掴んで、その動きを止めさせる。
話の流れ的にそうやし、なんとなく分かるけど、俺は確かめずにはおれんかった。
「もしかして……学校行くつもりなんか?」
俺の問い掛けに何を言うとるんやコイツと言いたげに白石は眉をひそめて、
「当たり前やろ」
言葉通り、さも当然の如く言うてきた。
「いや、ちょ、白石っ、それはあかんって」
「何があかんねん」
つまりアレやろ?
周りは俺らの状況なんか当然知らんから、俺は白石に、白石は俺になりきって過ごさなあかんってことやろ?
そんなん……
「あかんあかんあかんあかんっ」
無理に決まっとるやん!
「謙也……お前、俺の無遅刻無欠席無早退記録にキズ付けるつもりか?」
うわっ、白石のヤツめっちゃ睨んどる。
この体が俺のモンやったら(俺の体やったらこんなことで悩まんで済むんやけど)、行こうか休もうが自由やけど、これは白石の体なんや。
俺が休んだら、白石の欠席になる。
無欠勤無欠席無早退の白石にはそれが堪えられへんのやろう。
ついでに言うなら俺も遅刻しかけたことは何回もあるけど、白石のおんなじ無遅刻無欠勤無早退や。白石ほどのこだわりはないけどな。
「そんなつもりないけど……」
「せやったらはよ着替えてや。着替えはその鞄中入ってるから」
自分の鞄指差して白石はそう言うたら、タンスん中物色し始めて、俺がよう着とる赤いパーカーを取り出した。よしと言わんばかりに頷く白石。
その横顔はやっぱりなんか楽しそうで、笑みを称えたまま白石はいそいそと『俺』の準備を進める。
こうなったら腹括るしかないよな……。 諦めに近いモンを感じた俺は『白石』の身支度を開始した。
ガサゴソと鞄の中のモン漁って、白石の替えのシャツと学ランの上下を取り出す。
シャツを着て、ズボン穿いて、今から飯食うワケやから上着だけは手に持って……。ふと見えた鏡に、写った自分は紛れも無い白石自身。俺の大好きな白石や。
「謙也っていつもこんな格好やんな?」
校則が基本ゆるゆるなうちの学校は生徒の自主性を尊重するとかなんとかで、どんな頭の色してても、制服をどんな着方してても、怒られるようなことはあらへん。
俺にそう尋ねた白石は、紛れも無いいつも鏡の中で見る俺自身や。変な気ぃすんのは言ってみれば当然で、俺は俺自身をマジマジと見つめ、頷いた。
そしたら白石は、
「んー……謙也の匂いする……」
パーカーのフードの部分に鼻をくっつけ、クンクンと匂いを嗅いだ。
やってんのは『俺』やのに、その仕種は白石そのもんで、俺は体温が上がるんを感じる。
嬉しそうに微笑んで、鼻を寄せる白石の姿にキュンときてもうた。
でもそんな姿を拝めたのもほんの一時、
「ちゅーかお前、包帯巻いた?」
眉を寄せた白石がズカズカと俺に近づいてきて、乱暴に左腕を掴んだ。
「巻いてへんやんか」
「あ……」
そういえば、三年になってから白石は左手に包帯を巻くようになった。この春、新しくテニス部に入ってきた一年が、テニスの腕はかなりのモンやけど、かなりのゴンタクレで、それを抑制する為に白石は左手に包帯を巻いとる。白石がその一年に始めて会うた時、たまたま軽い捻挫で巻いてた包帯を、毒手やなんやらと騒ぎビビり出して、言うこと聞かせる為にこれは使えると白石は思たらしい。
もちろん、毒手なんか嘘や。
白石の左手はスベスベで、めっちゃ綺麗で色白で、毒手なんかとは程遠い。
最近やとその左手を拝めんのが俺だけになってきとって、俺はそれが微妙に嬉しかったりする。
でも、白石になって、包帯巻けと言われたらそら微妙やわ……。
「えー……むれるやん」
「我慢しぃ。金ちゃんに巻いてへんとこ見られたら俺の苦労が水の泡になってまうやろ」
『俺の苦労』の部分を強調して、白石に言われたら巻かんワケにはいかん。
白石は包帯を手にして、俺の袖を巻くってクルクルと包帯を巻きはじめた。
その手つきは慣れたモンで、巻くのめっちゃ早いしめっちゃ上手い。
よう考えたら、この包帯は常に白石が身につけとるモンで、白石の汗やら匂いやらが染みこんどるモン……え、ちゅーかそれ考え出したら服も全部やんか。
自覚した途端に、なんやムラムラきてしもた。