after school
※このお話はちとくらです。





「白石」
 放課後。
 千歳 千里の補習課題に付き合って、白石 蔵ノ介は3年1組の教室に残っていた。
 部活動に勤しむ生徒以外はだいたいが帰り、教室には白石と千歳の二人だけである。
「……ん?」
 白石は千歳の前の席を勝手に失敬し、読んでいる推理ものの本から目を離さずに返事を返す。千歳は気にせず、思っていることを尋ねた。
「白石は……どげん時に『エクスタシー』言うと?」
「………は?」
 しかしあまりに突飛な質問に白石は思わず本から目を離し、千歳の顔を見る。彼はふざけているでもなく、真剣な顔して聞いていた。
 白石はしばし千歳を見つめた後、あほらしと呆れたように言い再び本に視線を戻す。
「そんなんゆーてる暇あったら、さっさと手動かせや」
「…白石答えや」
 千歳の視線を全身で感じる。
 白石が答えない限り、千歳は永遠に駄々をこねそうだ。出来るだけ早く課題を済ませて欲しいという心情から、
「……そりゃ、気持ちええ時に決まってるやろ」
 白石は面倒臭そうに答え始めた。
「気持ちええ?」
 千歳の問いにそやと白石は頷く。
「気持ちええ時、気分ええ時に『エクスタシー』言いたなんねん。……まぁ、テニスやってる時が一番ゆうてるな」
 質問内容に添えるような答えを白石は出したつもりだったが、千歳はその顔を曇らせた。
 一体何が不満なのだと、白石は苛立ちを隠さずに聞く。
「なんやねん。まだなんかあんのか?」
「………落ち込む」
 千歳の漏らした呟きに白石は、はぁ? と大きく口を開いた。
「訳分からんわ。なんで俺の『エクスタシー』でお前が落ち込む必要があるんや」
「……それは」
 言いにくいことなのか千歳はほんの少し躊躇った後、思い切ったように切り出した。
「……白石、言うてくれんばい」
「何をや?」
「……エクスタシー」
「意味分からん」
「……セックスば時」
 それまで気のない返事をしていた白石だったが、まさかの言葉に本が手から滑り落ちた。
「お前、何変なこと言うてんねんっ!」
 机をバンと叩き、動揺を隠し切れず声を荒げる。
「言うてくれんやん」
「学校でする話題やないやろ!」
 一緒にいて、少しは千歳のことを分かってきたつもりだが、やはり予測不能な男だ。
「じゃあ……どこならよか?」
 ――そういう問題じゃない。
 何を言ったらいいのか分からず、白石が頭を悩ませていると、今度は千歳が机を叩いた。その反動で、千歳のシャーペンが机の上を転がる。
「白石っ! 答えやっ! 俺にとっては大問題やけんっ!」
 何が大問題なのかさっぱり分からない。
 分からないが――千歳があまりに真剣なので、白石は事情ぐらいは聞こうと思った。
「…何が大問題やねん。言うてくれな分からへんわ」
 落ちた本を拾い上げながら、白石は尋ねる。
「……気持ちよくなか?」
「せやから何が」
 本についた埃を払って机の上に置く。
 会話を続けて分かったのだが、千歳の言葉には主語がない。だから通じにくいのだと白石は気付いた。
「俺とヤんの」
「……」
 今の言葉で、ようやく千歳の言いたいことを理解した白石は、大きなため息をついた。
 要するに千歳は、白石が情事中『エクスタシー』と言わないものだから、自分にその手のテクニックがないと思った訳だ。
 本人は『大問題』だったのかもしれないが、そんなことで悩んでいたのかと、呆れるしかない。
「――白石……やっぱ気持ちよくなか?」
 なかなか返事を返してくれない白石に、不安を感じた千歳はもう一度尋ねた。
 白石は先程よりも大きな、そして長いため息吐くと、机に両手をついて身を乗り出し、
「しら……っ」
 その顔を近付け、千歳の唇と自分のモノを重ねた。
 窓の下で、確かに練習をしている筈の運動部の声がやけに遠くに聞こえる。
 ――短いようで長い時間。
 唇を離せば、そこには目を丸くした千歳がいて。白石はその表情に満足し、悪戯っぽく笑った。
「……なんちゅー顔してんねん」
 千歳は顔に熱が集まるのを感じ、慌てて手で覆う。
「……白石からしてくるなんて珍しか。びっくりしたと……」
「あまりにお前がアホやからな。こうでもせんと伝わらん思た」
 白石は机の上に頬杖をつき、上目遣いに千歳を見る。千歳は指の間からそんな白石の様子を窺い、可愛いと思ってしまった。ますます顔が赤くなる。
「アホて……酷かね白石」
「アホにアホ言うて何が悪い」
 『アホ』と連呼されるのはあまりいい気はしないが、おかしそうに笑い声を立てる白石がやっぱり可愛いので千歳は許してしまう。
「――俺……千歳とヤんの好きやで」
 笑い声が収まったかと思うと、白石は爆弾発言をかます。最初は学校でこの話は、と渋っていた白石だったが、誰もいないから別にいいかなと今は思っていた。
 それに、
「気持ちえーし、気分えーし、愛されとるって実感できるし、ええことづくめでめちゃくちゃエクスタシーやわ」
 千歳の不安を取り除けるのならと、次から次へ、ぺらぺら言葉が出て来る。思っていることを口にすればいいのだから、悩む必要なんて一つもない。
 端から見ればかなり恥ずかしい台詞のように聞こえるが、普段からセクハラ紛いのことを口にしている白石からすれば、造作もないことであった。
 白石この言葉で、失いかけていた自信を千歳は取り戻したが、
「じゃあ……なして言うてくれんと?」
 疑問に思うのはそこである。
 白石はふと目に入った、落ちかけた千歳のシャーペンを真ん中に移動させながら、
「……言う余裕がないんや」
 ポツリと呟いた。
「気持ち良すぎて訳分からんくて……『エクスタシー』言う余裕ないねん」
「……」
 今まで恥じらう様子のなかった白石が、ほんの少し顔を赤らめているのはきっと気のせいじゃない。
 千歳は引き寄せられるかのように白石に手を伸ばし、頬杖をついている、包帯を巻いた左手の手首を掴んだ。ピクリと白石の体が反応する。
「……千歳、この手何?」
 自分の手首を掴む手と、千歳の顔を白石は交互に見比べ、なんとなく察しはついたが一応聞いてみた。
「白石が嬉しいこつ言うけん、ヤりとうなった」
 ――やっぱり。
 三度目のため息を吐きたい気分だったが、白石はそれを止め、千歳の瞳をじっと見つめる。自分より少し高いところにあるその瞳は、真っ直ぐで澄んだ色をしていた。
「え、ちょお…っ」
 返答を待つことなく千歳は立ち上がると、強い力で引っ張り、倒れ込むような形で白石は彼の胸に引き寄せられた。
「ちょお千歳っ、課題どないすんねん。まだ出来てへんやろ」
 見上げて、そう抗議の言葉を白石は漏らせば、ギュッと抱きしめられ、千歳の温もりを全身に感じる。
「嬉しか白石……俺、幸せばい」
 上から降り注ぐ耳をくすぐる甘い声。
「千歳……」
 その声につい、白石は心を許してしまった。千歳の背中に両腕を回し、自ら抱き着く。
 ――課題のことはもう、頭になかった。



* * *

 今日は顧問の都合で部活がオフになったが、財前 光は体を動かしたい気分だったので、先程までテニスコートで打っていた。
 その帰り、玄関に続く廊下を歩いていれば、見慣れた姿に遭遇して。無視しようとも考えたが、その姿があまりに哀れで、
「――謙也くん、何してはるんですか?」
 財前は声を掛けてみた。
 その人物――忍足 謙也は上から降ってきた言葉に顔を上げた。
「財前……お前こそ何してんねん」
 言いながら謙也は、廊下に体育座りしていた為ついた、ズボンの埃を払いながら立ち上がった。
「俺は今まで打ってたんです。それで満足いって帰ろう思たら、謙也くんに遭遇しまして。何してはんのかなと」
「……」
 ――何をしている。
 その言葉に反応して、謙也の体は自然と強張った。
 思い出すのは鮮明に、色濃く残るキオク。
 数十分前――
 帰ろうと校門を抜けた矢先、白石に借りた授業ノートを返し損ねていることに気付いた謙也は、しばし悩んだ結果踵を返した。
 何処にいるのか知らなかったのなら真っ直ぐ帰ったが、勇気を出して言った、一緒に帰ろうという謙也の誘いを白石は、
『俺、千歳の補習に付き合うから先帰っといて』
 と印象に残る断り方をされたのだから忘れる筈がない。
 白石が千歳と付き合っていて、お互いがお互いを想っていることを謙也は知っている。それでも謙也は白石が好きだった。
 白石と千歳が一緒にいるところを見るのは少し嫌だが、白石に会えるのならと謙也は足を進め、鞄からノートを取り出し準備を整えた。
 階段をトントンとテンポよく上がり、3年2組、自分のクラス前に差し掛かったところで、うっすらと声がした。
 ――白石の声だ。
 何を言っているのは分からないが、ぼそぼそと声が聞こえる。
 教室内に姿が見えないことから、やはり隣の千歳のクラス、1組にいるようだった。そのことに少しばかり落ち込んだが、謙也は気を取り直して歩き、1組の教室を開けようとしたが、
「……っ!?」
 開けれなくなってしまった。
 扉につけられたガラスの向こうに見えるのは、千歳に組み敷かれた白石――。恍惚とした表情を浮かべ、千歳のシャツを掴んでいる。
『――ぁ、ヤぁ……』
 必死に声を殺しているようだが、扉の前にいる謙也には、普通に白石の喘ぎが聞こえる。
 こんな場面に遭遇したのはもちろん始めてで、呆然とその光景を眺めていた。
『蔵……』
『あァ、千里ぃ…あ……っ』
 聞き慣れない呼び方で、呼び合う二人。それは二人の仲を示しているようで、謙也の胸をキュッと締め付けた。
 そこでようやく我を取り戻した謙也は、扉から手を離し、来た道をトボトボ戻り始めた。
 そして今すぐ帰る気になどなれず、玄関近くの廊下にへたれ込んでいると、こうして財前に声を掛けられた。
 謙也は先のことを思い出し、気持ちがより落ち込んだ。
 話す気になど当然なれない。
 それどころかショックのあまり失神しそうだった。
 何も言わない謙也を見て、財前は何となく察した。謙也がこのような態度を取る時はたいてい白石絡みだ。
 報われない片想い。正直、よく続くよなと思う。
「謙也くん」
「…………………何や」
 財前の呼びかけに随分間があったが、謙也は返事を返す。
「なんか、おごって上げますわ」
「は……?」
 突然の言葉に謙也は自分よりも低い位置にある、財前の顔を見た。財前はいつも通り涼しい顔をしている。
「なんでもええですよ。タコ焼きでもクレープでもアイスでも」
「ちょ、ちょちょっ、なんで俺がお前に奢られなあかんねん!」
 普通なら先輩である自分が――いや、そんなことはどうでもいい。
「ええやないですか、たまには」
「たまにはて……お前に奢られる道理があらへん」
 言い終わらない内に歩き出した財前の後を謙也は慌てて追った。
「俺が奢るゆーてんですから、謙也くんは黙って俺に奢られとけ」
「お前っ、先輩に向かってなん――」
「それとも、」
「財前っ、人の話聞け――」
「俺の胸、貸しましょか?」
 背中を向けていた筈の財前がこちらを振り向き、立ち止まって。ニヤリと意味深に言われた言葉に、謙也はどうしてか込み上げるものを感じた。
 自分の足元を見つめて立ち止まり、ポツリと謙也は呟いた。
「あほ財前……っ」






END

友人が千歳好きなので、彼女の誕生日に頑張って書いたものです……。すごく苦労しました。千歳の言葉全然分からなくて、千歳の台詞だけを空けて後で方言を調べて書いた記憶があります。当時はちとくら、ひかけんがカップリングとして好きでした。今とは全然違いますね……。とりあえず千歳はもうこりごりです。


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