結局、あの後色々忙しいて、健二郎に聞き出せんまんま、放課後を迎えてしもた。でもまぁ、これから部活やから聞き出すチャンスはまだあるやろ。

 そんで……

「謙也ー、コレお前のんちゃうん?」
「え? ……あぁ、俺のや!」

 謙也とはやっぱりまだ話せてない。
 謝りやすいといえばやっぱり一人の時やけど、謙也はなかなか一人になってくれへん。それ以前に俺は、謙也に話し掛けることにビビってんのやけど……。

『白石が思てるような理由とは絶対ちゃうから』

 健二郎は、そう言うてくれた。
 せやから謙也に、謝って理由を聞けと。

 それがホンマやったとしたら、俺は嫌われてないんやろか? 嫌やな……考え方がかなりネガティブになっとる。

 自分の机の上で教科書やら弁当箱やらを鞄に詰め込みながら、俺は掃除当番に当たっとるクラスメイトと喋っとる謙也を盗み見た。

「お、コレ探しとったヤツやないか! どこにあったん!?」
「あの辺。掃除してたら出てきたんや。こんなけったいな消しゴム使てんのお前ぐらいやからな。そうかなと思て」
「『けったいな』は余計や」

 あ……あの消しゴム……。

 謙也の掌に乗せられた消しゴムに、俺は見覚えがあった。

 謙也がなくしたなくしたと、騒いでた消しゴムや。気に入ってただけに謙也はショックやったみたいで、その日は俺も一緒に探したった。
 せやけど見つからんくて……今頃になって出てきたその消しゴムに、俺は笑みが零れる。

 それを手にして嬉しそうに笑う謙也。

 その笑顔を前にしたら、自然と俺はよかったなと思えた。

 ――謙也と、仲直りしたい。

 嬉しそうに笑う謙也を見てたら、その感情はどんどんおおきなってきた。
 優しくて、太陽みたいに明るい笑顔を、もういっぺん俺に向けて欲しい。

『謙也は白石のこと好きやで絶対』

 健二郎もそう言うてくれた。
 謙也に嫌われた訳やないんやったら……まだ……。でも、次無視されたら俺は。

「――忍足っ」

 その時、隣のクラスの……謙也にホワイトデーのお返しもろてたあの女の子が、教室に入ってきた。

 別に彼女が悪いワケちゃうけど、あんまりええ気はせぇへん。しかも謙也に用事があるみたいやし、なんやろと思いながらチラリと彼女を見る。

「どないしてん?」
「忍足、明日誕生日なんやってな!」

 鞄に……教科書を詰める手が止まった。弾かれたようにそっちを向いてまう。

「おぉ、そうやけど……何?」

 勢いよく聞いてきた彼女に、謙也はちょっと戸惑っとるみたいで。

「中田から聞いてん。おめでとう!」
「……明日やっちゅーねん」

 謙也のツッコミがすかさず入る。

「そんならその消しゴム俺からのプレゼントってことで」
「いや、元は俺のやし。ちゅーか明日やし」

 クラスメイトも話に入って、教室の壁際で三人で話し出した。

 他は別によかった。
 でもこの言葉だけは、

「――そんでな、お返しのお返しってワケやないけど、明日みんなで忍足の誕生日祝ったろって話になって」

 彼女のこの言葉だけは、聞き逃すことが出来んかった。

「おっ、ええやんそれ」

 クラスメイトが、話に食いつく。

「せやろ? ええやろ? ……で、謙也明日開いてる?」

 ……アカン。

 明日は……アカン。

 俺は、鞄の持ち手をギュッと握りしめる。

 だって明日は……
 俺が、

 俺が、謙也をめいっぱい祝ってあげたい日やのに……っ

 嫌やっ

 絶対に。

「えーっと、あし――」
「アカンっ!!」

 そんなん、絶対に、嫌やった。

 後々考えたらありえへん。
 俺が……この俺が、教室で声を張り上げるなんか。
 しかも俺、めっちゃ必死や……。

 教室におる全員が、びっくりしたみたいに俺を見とる。

「し、白石……?」

 誰かが、驚きの声を漏らす。
 そんな声も、向けられる視線も全然気にならんで、ズカズカと俺は謙也に近付いて。

 こんなん俺のキャラやない。
 キャラやないけど、

「謙也は……謙也は明日俺と過ごすねんっ! せやから明日はアカンっ!」

 こんな恥ずかしいことを、勢いで言うてしもた。頭が真っ白で、自分が何をしてんかもよう分からん。

 とにかく俺は、誕生日を謙也と過ごしたい――ただそれだけやった。

「謙也っ、行くでっ!」

 謙也の腕を掴んで、俺は教室を飛び出した。

「し……白石っ!」

 二人きりになれるとこに行きたくて廊下を走ってたら、謙也が……俺ん名前呼んでくれて。それだけで泣いてしまいそうやったけど、俺は我慢して、謙也を引っ張って走った。
 振りほどくことも出来たのに、謙也はそれをせえへんかった。

 行き先は俺がこの前一人で泣いた場所――屋上。
 やっぱりそこには誰もおらんかった。

「白石……」

 ――さっきの勢いはどこいってん、俺。

 謙也の腕を開放し、俺は震える唇で言葉を紡ぐ。

「やっと……俺の名前呼んでくれたな」

 思た通り、俺の声は震えとった。
 
 謙也の顔はまともに見れんで、俺は足元を見つめる。

「……いきなり変なこと言うてしもてスマン。しかもこんなとこ連れてきて……ホンマ、勘忍やで」

 あんなに謝ることを嫌がってたのに、喧嘩やなったらこんなにもアッサリ言える。

「空気おかしくしてしもたけど……戻ってくれてええから……」

 自分でも呆れるぐらい、俺は勝手なヤツや。
 勝手なこと言うて、謙也を強引にこんなとこまで連れてきて、何を都合のええことを言っとんねん。

 謙也もこんな俺に呆れとることやろう。

「ホンマにええから……っ」

 視界が、揺らぐ。足元が歪んで見えた。

 ホンマに『謝る』なら絶好のチャンスやったのになぁとか、他人事のように思いながら、俺は諦めたように目を閉じる。

 涙が、目から零れ落ちた瞬間、

「白石っ」

 体を、誰かに抱きしめられる感触がして、顔を埋めたそこからは、大好きな……謙也の匂いがした。

 俺今……

「白石ごめん!」

 謙也に抱きしめられとる?
 ポツポツと謙也は静かに話し始める。

「白石が、本心やないってことぐらい分かってたのに、腹立って、無視してしもて……。たまには白石の方から謝って欲しいて、変な意地張ってたらだんだん収まりつかんようになって……」

 もしかして謙也も……

「白石、俺がおらんくても平気そうな顔しとるし、俺……嫌われたんかなとかも思て……白石のこと、めちゃめちゃ好きやのに、仲直りしたいのに……ますます謝りづらなってしもた……ホンマ、ごめん……っ」

 俺と、同じやった?

  それが確信に変わった瞬間、俺は謙也の肩に顔を押し付け、背中に腕を回し力一杯抱きしめ返す。

「しら……」
「俺やっておんなじや!」

 鼻声になりながら、俺は溜め込んできた気持ちを一気に吐き出した。

「謙也に無視されて辛くてっ! 謙也、誕生日やから、なんとかそれまでには仲直りしとうて、頑張ってっ! せやけど謙也全然普通やし、メールも無視するし……っ!」
「え? メ、メール?」

 謙也は惚けたような声を出して。そんな謙也の間抜けな声を聞いたら、俺はちょっと腹立ってきた。

「せやっ! メールやっ! それに女の子と楽しそうに話しとるしっ!」

 思い出すだけで、俺は悲しなってくる。

「メールは……て、えぇっ? 白石あれ見てたんっ!?」

 今度は驚いたように、謙也が声を上げる。

「見て、たわっ! 見、たなかったけど、見てしもたんや……っ!」

 強い口調で言い返したつもりやったけど、実際はめっちゃ弱弱しい声でそう言うたら俺を抱きしめる謙也の力が強くなった。

「それは絶対誤解やから……俺が好きなんは白石だけやから……」
 
 数日ぶりに耳にする、謙也の『好き』に俺はびくりと体を震わす。
 嘘はついてへん。保障なんかどこにもないけど、俺は謙也の言葉を素直に受け入れた。

「……俺は多分、謙也が思てる以上に、謙也が好きや……っ。せやから嫉妬もする……っ! 謙也が、女の子の為、に、ホワイトデーのお返し買いに行く姿なんか、普通に見たないっ!」

 言うつもりはなかった。
 でも、自然と口が動いて……言ってしもた。

「謙也は……俺のモンなんやっ! 謙也には……俺だけを見てて欲しいねんっ!」

 俺は謙也肩に埋めていた顔を上げた。
 謙也の瞳に映る自分の姿が見えて……。今、謙也の瞳は本当に俺だけを映している。そんで俺は謙也に言わなアカンことがある。

「謙也っ、俺の、方こそ……ホンマにごめん!」

 結局、先に謙也に謝ってもろたけど……精一杯気持ちは込めた。
 何筋も何筋も、頬を流れ落ちる涙。
 腕の力が緩んだと思たら、謙也の顔が近づいてきて……ぺろりと、涙を舐めとられた。

 何度も何度も、ぺろぺろと犬みたいに俺の顔中を舐める。

「け、謙也……っ」

 こそばっくて、それ以前に恥ずかしゅうて、俺がやめてと言う前に謙也の舌は離れてった。目と鼻の先にある謙也の顔。謙也は、

「不謹慎かもしれんけど、嬉しい……白石にそう言うてもろて、俺めっちゃ嬉しい……」

 本当に嬉しそうに笑て、再び謙也は俺を強く抱きしめた。

 全然嫌やない、無言の時間が過ぎる――。
 気持ちええ……
 謙也の匂いは、謙也の温もりはやっぱり落ち着く……。
 俺、やっぱり、謙也のこと好きや。

 互いに見詰め合って、二人で笑いあい、

「仲直りできてよかった」

 口を揃えてそう言った。







 あの後、主に恥ずかしかったんは俺やけど、教室に戻るんが恥ずかしかった。
 かなりの遅刻やけど、部活に参加せなアカン。せやから鞄を持っていかな色々不都合やから、大丈夫やと言う謙也に半ば引きずられる形で、教室に入って……みんなの反応を待った。

 そしたらみんな、俺が思てたような反応やなくて。

『白石、急にでっかい声出すからビックリしたで』とか、『忍足、白石の約束してたんやったら言ってくれたらよかったのに』とか、『白石と忍足はホンマ仲ええねんなぁ』とか俺らの仲を茶化すモンとか、ヒステリーに似た俺の言葉なんか、特に気にしてないみたいで安心した。

 しかも『いつのまに仲直りしたん?』とも聞かれて、いつも一緒におるヤツらがあれだけ互いを避けてたら誰でも気付くやろう。喧嘩してたことも分かられてたみたいや。

 とりあえず『さっきはゴメン』とだけ教室にまだおったみんなに言うて、俺は謙也と、数日ぶりに部室へ一緒に向かった。

 喧嘩する前は当たり前やったことが、急になくなって。いかにその『当たり前』が、大切やったかってことに気付かされた。

 謙也の隣は、やっぱり居心地よかった。

 着替える前に一緒にコートに顔出して、俺の代わりに指示を出してくれとった健二郎に事情を説明したら……コートにおった全員に何故か拍手された。

『仲直りおめでとうっ!』とか言うてるから、ここでも全部、お見通しってワケやな……。

 健二郎はよかったなて俺の肩に手ぇ乗せてきて。それを見た謙也が嫉妬心剥き出しで、健二郎の手を払った。どうやら謙也は俺が勘違い――というか、そう見えたように、健二郎に相談乗ってもらってる姿に嫉妬してたらしい。
 謙也の嫉妬がめっちゃ嬉しい……。

 些細なことに喜びを感じながら、俺らは部室に行って、いそいそと着替え始めた。

 そんで俺が気にしてたメールの件は……

「はぁ? 潰した?」

 呆れるぐらい単純な、あほらしい理由やった。

「せやねん。真っ二つやで、真っ二つ」

 謙也の話に寄ると、俺がメールしたあの日に、携帯落としてそのまま気付かんと自分のチャリで踏み潰してしもたらしい。

 保証も切れてたみたいで、今はもう買い替えたらしく、謙也が好きな色、赤色の新しい携帯を見せてくれた。

 ハハハと苦笑いする謙也になんか腹立って、俺は謙也の頭を一発叩いた。

 健二郎が全力で否定してたんがよう分かる、めっちゃあほな理由や……。

 いったぁ……と、叩かれた頭を押さえながら、謙也は俺の目をじっと見つめてきて。なんやろと思たら、

「白石……明日、俺と過ごしたいってホンマ?」

 その謙也の一言で、俺は自分の発言を思い出し、顔を赤くした。
 でも明日、一緒に過ごしたいが為に俺はあんな恥ずかしい行動を起こしたんや。

「おん……謙也と、一緒におりたい」

 変な言い訳なんかせんと、俺は素直に認めた。

「せやったら白石、今日、俺ん家に泊まりに来てや」
「え……?」
「今日、ウチ誰もおらんねん」

 それがどういうことを指すんか、俺はすぐに分かった。
 つまりアレや。わざわざ謙也がこう言うたってことは、謙也はそう――ヤる気満々なんやろう。

 俺やってそりゃずいぶんご無沙汰やから全然えぇ。17日へ日付が変わる瞬間、謙也と過ごせたらどんなに素敵やろうとも思う。
 でも、

「あ……でも俺、謙也のプレゼント用意してへん……」

 俺は謙也と仲直りしたいって気持ちでいっぱいで、謙也の誕生日プレゼントを用意する余裕なんか全然なかった。

「ええよそんなん。俺は白石が傍におってくれるだけでええから……」

 そう言って謙也は俺の体を抱き寄せてきて。
 謙也はいらんて言うてくれてるけど、やっぱりそれやと俺の気がすまへん。せやけどこの温もりに逆らうことも出来んで、

「……分かった。行く」

 謙也の申し出を引き受けた。



「――お前ら着替えんのに何分かかってんねん!」

 二人一緒にコートに出た時、健二郎にこう言われたんは言うまでもない。



(後編)に続く。



書いてる内によくわかんなくなっちゃった作品です……。とりあえず私は素直じゃなくて、やきもち焼きな白石くんの心をつらつらと書いていったんですが、あわわわわな……っことに。
書き損じが多過ぎる(^-^;
ホワイトデーと混ぜるんじゃなかったと少し後悔しております。後半もありますのでそちらの方で、名誉挽回できたらなと!

とりあえず謙也さん、HAPPY BIRTHDAY!
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