こんな便利なモンがあるんやから、最初っからこれを使っとけばよかったんや。
 たった三文字。
 『ごめん』て、たった三文字打ったらええ。
 せやけどその三文字を打つのにめちゃくちゃ苦労した。文章で伝えるのって難しい。『ごめん』の三文字だけか、もっと他になんか打ったらええんか……そんなん考えとったら打ったり消したりの連続やった。

 白くなった画面を見ては、俺はため息を吐く。時々携帯の画面が黒なったりした。

 その内に立ってんのがしんどなって、俺はベットに座り、じっくり考える。

 考えて迷って時間費やして……その結果、ようやく出来たメールは、

『謙也ごめん』

 たったこれだけの、シンプルなもんやった。長々しく語るより、短い言葉で伝えた方が俺はええように思た。

 送信すんのにちょっと躊躇ったけど、

「……っ」

 俺は意を決してボタンを押した。

 次携帯の画面に目ぇ向けた時には『送信完了』の文字が。もう、後には退けへん……。

 これで大丈夫。謙也かて鬼やないから、多分許してくれる。
 俺はそう思てた。

 でも、いくら待っても――

 謙也からの返信はこおへんかった。






「――コレ、うちに!? 別にええのにお返しなんか……っ」
「いや、こういうの大事やと思うし。なにより俺の気がすまんから」

 月曜日。
 俺は昼休みを使て、チョコをくれた女の子にお返しを渡し回っとった。女の子は後輩やら先輩やら同級生やら……みんなクラスバラバラで、いちいち教室回んのが面倒やったけど、ようやくそれも終わる。姉ちゃんが用意してくれた袋も空っぽ。

「ホンマにええの?」

 この子で最後や。
 他の女の子もそうやったけど、遠慮するそぶりを見せる割には手は前に出とる。
 ……もらう気満々なんやろう。

「うん、ええよ」

 まぁ、そんなんどうでもよくて。
 俺はこれが渡せたらええんや。そんでこの作り過ぎて、引き攣りそうな顔をなんとかしたい。女の子にはホンマ申し訳ないんやけど、気持ち的に笑ってる場合やなかった。

「うわぁ……ありがとう。ホンマにありがとうっ」

 女の子はごっつい嬉しそうに頬を緩ませて。家に帰ったら友香里に教えたろと思いながら、俺はその子の教室を後にした。

 はぁとため息を吐いて、俺は貼付けてた笑顔を剥がす。昼飯まだやし、自分の教室戻る為、廊下を歩きながら俺は昨日のことを考えた。

 ――謙也は、ああ見えてメールチェックは欠かさんマメなヤツやから……俺からのメールに気付かんってことはまずありえへん。

 てことはつまり、俺のメールを……謙也は無視したとしか考えられんかった。

 これは俺からしたら、めちゃくちゃショックなことやった。

 ……メールやったらあかんってことか。
 そこまで、謙也が徹底的に無視してくるとは考えてなかった。謙也は優しいヤツやからと、油断してた。とことん俺は、謙也に甘えてたみたいや。それを嫌って程、思い知らされた。

 せやから朝練の時、謙也に直接謝ろうとした。
 たまたまなんかもしれん。
 でも俺が話し掛けようとしたら、

『なぁなぁ、今日ってさ』

 上手い具合に謙也は、他の部員に話し掛けて……俺の言葉は掻き消された。
 それがトラウマになって、教室に戻っても俺は謙也に謝ることが出来んかった。

 メールの件と朝の件を思い出したら、自然と足取りは重なって、さっき女の子に見せてた笑顔はどこいってん、俺は今、多分暗い顔しとる。

 階段を上がって、後もうちょっとで教室ってとこで、

「コレめっちゃ可愛いやん〜っ」

 隣のクラスの廊下前で、女の子と……謙也が、楽しそうに話してんのが見えた。そのまま通り抜けたことも出来たのに、俺の足はそこで止まってしもた。

「え、なにコレ。忍足が選んだん!?」

 女の子は、隣のクラスの子やった。一年の時謙也と仲良かった子や。
 手に持ってんは髪飾り。リボンと包装紙も見えて、間違いなくホワイトデーのお返しやろう。その子は髪が長いからぴったしのプレゼントやと思えた。

「ちゃうよ。先週中田らと一緒にこういう感じの? 可愛い系の店行ってん。そんでホワイトデーのお返し何がええですかー? て、店員さんに聞いて、選んでもろたんがコレっちゅーワケや」
「男だけで? ……はずっ」
「うっさいわ!」

 ――おりたくないのに、謙也が女の子と楽しそうに話しとるとこなんか聞きたないのに、凍りついたみたいに俺の足は動かへん。

 彼女には彼氏もおるし、ラブラブやって聞くからなんの心配もせんでええ。

 でも……この締め付けられるような思いはなんや?

 それまで固まったみたいにそこにおった俺やけど、

 流石に、

「あ〜っ、でも嬉しいっ! ありがとう忍足っ」

 このシーンは堪えられへんかった。

「あ、ちょ……っ」

 感激のあまりか……そんなんは関係ない。
 女の子が謙也の腰に抱き着いて、それを目にした瞬間、

「……っ!」

 俺は逃げるように廊下を走った。

 込み上げてくるモンをグッと堪えて、俺はどこに向かうでもなく走り続ける。

 なんなん……なんなんアレっ!

 俺は、ずっと悩んで、悩んで悩んで悩んで悩んで悩んでっ! 謙也とどないしたら仲直り出来るかそればっかりやのにっ!

 アイツは……謙也は、なんであないに笑ってられるん!?

 この数日ずっとそうや。

 謙也はクラスのヤツとも、テニス部のヤツとも、楽しそうに喋っとった。俺がおらんくても……楽しそうに。
 俺への当て付けやろか? そう思えたらまだマシやった。けど謙也は自然そのもんで……。
 一方で俺はと言えばこの数日、心の底から笑たことはなかった。謙也がおらんからアカン。謙也が、側におってくれへんかったら俺は……っ

 知らず知らずの内に、俺は謙也に依存しとった。

 素直やないから言われへん。
 俺は謙也が思てる以上に、謙也が……好きで好きで溜まらへん。

 謙也がおらんとホンマにアカン。
 せやのに、なんで、なんでこないなことになってしもたんやろ……。

 無意識に一人になりたかったんかもしれん。
 走ってたどり着いた先は、屋上やった。

 あったかい日もあるけど、まだ冬の名残があるから、この期屋上を利用するヤツは少ない。

 せやから俺は、屋上にたどり着いた瞬間、

「……ぅっ」

 溢れ出す涙を止められんで、周りを気にせず泣き始めた。我慢してた分、この数日、ずっと堪えてきた分、俺の涙は止まることを知らへん。

 謙也は――俺のこと嫌いになってしもたんやろか?

 そればっかりが、俺の頭ん中を巡った。



 泣き腫らした目で授業に出んのは流石にアレやったから、体調悪かったことにして目の腫れが少し引いてから、俺は五限目の授業に出た。

 健康に人一倍気ぃ付けてる俺が情けない。あんまり使いたない言い訳やったけど、回らん頭ではそれぐらいしか思い付かんかった。
 なかなかの演技やったんか先生はあっさり騙されてくれて。クラスのみんなも大丈夫か?と聞いてきてくれた。

 そんな中、俺は謙也の方だけは見られへんかった。
 見たら多分……俺は泣いてまいそうな気ぃする。

 その後はなんともない振りして授業に出て、部活では部長の『白石蔵ノ介』らしくみんなを纏めて……俺の一日は終わった。

 ホンマやったら今日、謙也と仲直り出来てる筈やった。

 謙也の誕生日まで後一日……。

 年に一度しかない、謙也がこの世に産まれてきてくれた記念日。
 そんな日ぐらい、精一杯祝ってやりたい。
 普段素直やない分、目一杯。

 でも……もう無理かもしれん。
 俺が素直やないから、変な意地張って可愛いげのないヤツやから、謙也に……嫌われてしもた。







 そして、とうとう来てしもた16日。
 謙也に電話しようとも考えた昨日の晩、結局無視されんのが恐うて出来ひんかったけど、悩んでる内に結構時間経ってて今日は寝不足や。

 せやから今日の朝練、部室の鍵開けたんは健二郎やった。

「――白石、謙也とまだ喧嘩しとんのか?」

 部活の休憩時間、俺が一人でおるとこを見計らってか、スポーツドリンク飲んでたら健二郎が話し掛けてきた。

 俺と謙也が喧嘩し始めてかれこれ五日目。みんななんも触れてこおへんけど、流石にもう気付いてるやろう。俺と謙也が喧嘩しとることに。

「……しとる」

 なんちゅーか、副部長として俺を支えてくれてるからなんか、持ってる雰囲気からなんか――俺は、健二郎の前では素直になれた。後輩の財前なんかはまだ、健二郎を副部長と認識してないけどな……。
 キャップを閉めて、俺はドリンクを元の場所に置く。
 健二郎は肩を竦めた後、大きくため息を吐いた。

「お前ら二人とも……」
「……え?」
「いや、なんでもない」

 何かをごまかすみたいに健二郎は笑う。

「とにかく、変な意地張らんとはよ仲直りしぃ」

 五日前と、似たようなことを健二郎は言う。
 それは分かっとる。分かっとるから、俺なりに仲直りしようと頑張った。
 でも、

「……メールしても無視されるし、話し掛けよう思ても上手い具合に誰かに話しかけよるし」

 ご覧の通りやから、もう道がなかった。

「え……っ? かたっぽは多分白石の勘違いやと思うけど、メールの件は間違いなくちゃうで!」

 健二郎がこんな風に言い切んのは珍しいて、驚いた俺は目を丸くする。確信にも近いがない限り、健二郎はまずこんなこと言わんやろう。

「白石気付かんかったんか? 謙也のヤツ……」

 俺が聞かずとも、健二郎は話し出してくれたんやけど、

「……やっぱええわ」

 そう自己解決して、

「知りたかったら謙也に直接聞き。白石が思てるような理由とは絶対ちゃうから」

 教えてくれへんかった。

「は? なんなん? 教えてぇや」

 流石に気になったから俺は食いついたけど、健二郎は『謙也に聞き』て繰り返すだけで。
 その内に、

「――部長、今から何したらええですかー?」

 休憩が終わって、後輩に呼ばれたから俺はここを離れなアカンようになった。

「今行くからちょっと待ってて!」

 俺がそう言うたら、『はーい』て返事が返ってきて、聞き出したいところやけど、健二郎との話はここで終わらすしかなくなった。

「まぁ、頑張れ。謙也は白石のこと好きやで絶対」

 健二郎は最後にそう言うて、俺らはそれぞれの役割を果たすことに専念した。





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