ごめんなさいとキミに。(前編)
「――もうええわ。これ以上白石と話してても……埒あかん」
しもた……。
俺がそう思た時には、もう遅かった。
「俺は、俺の好きなようにさせてもらうから。白石も白石で、好きにしぃ」
ここで俺も謝ったらよかったのに、そんなん性格上出来んで。おまけに腹立って、頭に血ぃ上ってたから、
「言われんでも好きにさせてもらうわ!」
まさに売り言葉に買い言葉。俺は可愛いげなく、そう返してしもた。
みるみる冷めていく謙也の視線。
謙也を――
「せやな。お互い勝手にやろ」
完全に怒らせてしもた。
机の上に置いとった鞄を手にとって、謙也は俺を一瞥したら、
「じゃあな白石」
冷めた視線のまま、教室を出て行った。
「あぁ、さいならっ!」
謙也の背中に向かって俺は大声を上げ、その姿が見えんようなったら、興奮状態で一端自分の席に座った。
――喧嘩の原因は、四日後に迫ったホワイトデー。
俺と謙也は付き合っとるけど、男同士やから一部を除いて関係は非公開。せやからバレンタインにはこれでもかってぐらいチョコをもろた。
ほとんどが俺のファンって子からのモンで。ホンマはもらいたなかったけど、妹の友香里が毎年楽しみにしとるし、誰とも付き合ってないことになってるから断る理由もなくて、本命以外は受け取らんワケにはいかんかった。
――それは俺だけやのうて、謙也も同じやった。
俺みたいにファンの子からのモンやないけど、謙也はその性格故か、男だけやのうて女の子にも友達が多いから、クラスの女子からようさん義理チョコもろてた。もちろん――本命の子からのは断ってたけど。
自分が受け取っときながらなんやけど……謙也には、誰からもチョコを受け取って欲しなかった。
義理やったとしても、やっぱり『恋人』としてええ気はせん。
謙也と付き合うまで知らんかったけど、どうやら俺は嫉妬深いみたいや。でも『受け取らんとって』なんか可愛いげのあることは言えんで、さらに恥ずかしゅうてバレンタインチョコを謙也にあげることも……俺は出来んかった。俺の下らんプライドが、全部邪魔してた。
だからお互い、本命以外は受けとろうみたいな空気になった。
そんで近づくホワイトデー。
当然、女の子達にお返ししなアカン。謙也はクラスの男達に誘われて、明日ホワイトデーのお返し買いに行こってことになってたみたいで、放課後、それに俺も誘てきた。
『白石、女兄弟多いからそういうの得意そう』
そんなことも言うて。
……俺は謙也の恋人やのに。デリカシーのない謙也の言葉に、俺はついカチンときてしもた。同時に謙也からお返しもらえる子に嫉妬してしもて、
『謙也は、女の子好きやもんな』
嫌味ったらしく、そう言ってしもた。
謙也は俺が嫉妬しとるなんて、夢にも思てへんやろう。そこから言い争いになって、俺は言わんでええ余計なことを言ってしもて……謙也を完全に怒らせた。
――普段やさしい人程、怒ると恐い。
謙也はまさしくそれで、本気で怒らせるとかなり恐い。
昔、一回やってしもて学習した筈やのに、俺はまたやってしもた。前ん時はすぐ、お互い謝ろうみたいな空気になって謙也が先に謝ってきて上手いこといったけど、今回のは……明らかに俺が悪い。
せやけどそんなん認めたない。
……謙也やって悪いんや。
そう思い込むことにして、少し頭を冷やしてから俺も帰ることにした。
――俺はどっかで謙也に甘えてる節があるみたいで、謙也の方から謝ってきてくれるんやないかと期待してた。
……そんなんある訳ないのに。
俺が悪いんやから、謙也が謝ってくる筈ない。
朝、早朝練習に参加する為、俺は部室に行った。だいたい部長の俺が一番やけど、副部長の小石川も早い時あるから、先に見に行って開いてるかどうかを確かめる。今日は開いてなかった。俺が一番みたいや。
せやから職員室寄って鍵貰って、部室を開けたら、中に入ってユニフォームに着替え始める。
「おはよう白石」
そうしてたら健二郎が来て、
「おはよう」
着替える手を止めて、俺も挨拶し返す。
「やっぱ早いなぁ、白石は」
「なんせ部長やからな」
たわいのない話をしながら、健二郎も着替え出した。
健二郎が来てから数分もせん内に、どんどん部員がやってくる。
後輩は急いで着替えて準備しに行ってくれて。俺も今日の練習メニュー、確認し終えたから、メニュー表とラケット手にコートに出ようとしたら、やってきた謙也と、鉢合わせした。
昨日今日やから気まずうて、俺が目ぇ反らしたら謙也は何事もなかったみたいに俺の横を素通りして……
「浪速のスピードスターのお出ましやでーっ!」
笑顔でそう言い放ち、部室ににおる全員に挨拶し出した。俺のことは完璧無視で。みんな気付いてないんか、何事もなかったみたいに謙也におはようって返す。
「ちゅーか、なんやねんソレー」
「お前が一番遅いっちゅーねん」
誰かが謙也にそう言うて、一気に部室が騒がしなった。
傷ついてないって言うたら……嘘になる。
なんやねんアイツっ!て思うことにして、俺だけ落ち込むなんかアホらしいから自分を腹立たせることにして、俺はコートに向かった。
謙也の、俺への完璧無視は、教室でも変わらへんかった。
弁当も、久しぶりにバラバラで食べた。
それから……ちゅーか、謙也と一言も喋らんまんま学校生活が終わりかけとる。
「――白石、謙也と喧嘩でもしたんか?」
放課後の部活。
部室の鍵を取りにいって部室行こうとしたら、廊下でばったり小石川に会うて。横に並んで、一緒に部室に向かってたら、健二郎にそう聞かれた。
「……なんで?」
朝の一件で明らかやけど、俺は健二郎に理由を尋ねる。
「そら、なぁ……朝練の時もそうやったし、さっきな……」
健二郎は俺に気ぃ遣っとんのか、視線を泳がせて。変に隠されんのは嫌やったから、俺は『何?』て聞いて小石川を促した。
健二郎はまだ迷ったみたいに口を開けたり閉じたりしてたけど、俺がじっと見つめてたら、観念したんか話し出した。
「謙也に、今日は用事あるから部活休む言われて」
「誰が?」
「……俺が」
同じクラスで、部長である俺に言うた方が早いから、いつもやったらそうしてた筈やのに、わざわざ離れたクラスの健二郎に言いにいくまで、謙也は俺と話したなかったってことか。
「はぁっ!? そんなん俺に言うたらええやんっ!」
用事いうんは多分昨日言ってたホワイトデーの件やろう。
前に喧嘩して知ってたけど、謙也は怒ったら完璧に相手を無視する。せやけど謙也の徹底っぷりに、俺はなんか腹立ってきた。
「まぁそうやねんけど……。俺も聞いてんで? それやったら白石に言うた方がええんちゃうかって。そしたら謙也のヤツ、」
「……なんて?」
「『白石とは話したない』て」
「……」
そんなことまで言うたんかアイツ……。
今度は逆に、ホンマ、ちょっとだけやねんけど……悲しなってきた。
「白石……お前らの仲に口だしする気はないけど、早めに仲直りした方がええんとちゃうか?」
健二郎は俺らがどういう『関係』なんか、全部知っとる。そんで俺の性格も、謙也の性格も、よう分かってるからこそ、そう言うてくれたんやろう。
俺かて、仲直りしたい。
せやけど、
「俺は……悪ない。謙也が……謙也が悪いんや……」
俺は自分が悪いって分かってるからこそ、それを認めたなかった。俺から謙也に謝るなんかありえへん。そんな考えもあった。
俺の言葉を聞いた健二郎は、呆れたようにため息を吐く。
「ホンマにええんかそれで。謙也のヤツ……本気やったで。お前が謝らん限り、絶対謝らんと思う」
「……」
健二郎が俺のこと、心配して言ってくれてんのは分かる。それでも、嫌なモンは嫌やった。
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