校門を出て、帰り道を辿りながら俺はぼんやりと考える。

 ――白石への気持ちを断ち切れば、俺は親友としてまた側におれるやろか……。
 これは今に始まったことやなくて、半年前から毎日のように考えとることやった。

 せやけど結局最後に出てくんのはノーの一言で。俺が白石への想いを断ち切るなんか不可能や。

 ――白石が好き。
 俺はこの醜い感情を向け続けとる。
 友達としての綺麗なモンやなくて、男に恋い焦がれるなんていう、この醜い感情を向け続けとった。

 はぁと息を吐いて、ポケットに手ぇ突っ込んでみたら、携帯がないことに気付いて……俺はハッとなった。

 しもた、忘れたかもしれん。

 携帯はいっつもスラックスの、右ポケットにいれるようにしとるから、ここにないっちゅーことは……忘れてきたしかない。一応鞄の中とか、ありとあらゆるポケットん中とか見てみたけど、やっぱりなくて。
 家まで後半分ってとこやけど、携帯ないと不便やし……ちょっと迷ったけど俺は取りに行くことにした。部活前にメールチェックしたから、あるとしたら部室のロッカーや――て、この状況。

 小走りで、学校に引き返しながら俺は思た。
 一年の時、白石の秘密……いうんはなんかおかしいかもしれへんけど、『ホンマ』の白石を知った時とおんなじ状況やないか。

 違うんは季節と、俺が白石に寄せる想いやろか。あのまま何も知らずにおったら、俺は……いや、ちゃう。多分俺は、あの光景に出くわさんでも、白石を好きになったと思う。白石にはその魅力がある。人を引き付ける、なんかがあるんや。

 はぁはぁと息を切らしながら校門をくぐり、部室に向かう為当然のことながらテニスコートの前を通る。この時間やったら白石はまだ練習しとる筈やのに、そこに白石の姿はなくて……。
 変やなって思いながら俺はコートの方に目ぇ向けて、部室へと足を進めた。
 トイレかもしれへんし、水飲み行ってるだけかもしれへん。

 戻ってきたのにこのまま黙って帰んのも変やし、気は引けるけどとりあえず白石に声掛けてから帰ろ。そう思て部室のドアを開けた時、

「……っ!」

 飛び込んできた光景に、俺の体は凍りついた。

「け、けんやぁ……っ!」

 そこには、白石がおった。
 俺の顔見るなり、びっくりしたみたいに目ぇ開いて。でもすぐにその表情は変わって……

「あぁ……はぁ……っ」

 気持ちよさそうに喘ぎ出した。

 白石がおること事態は別にええ。おってもおかしいことはなんもない――けど、白石がやっとることは異常やった。

「やぁ……っ、あァ、んッ」

 部室の床に白いシーツを引き、その上に膝をついて四つん這いになっとる白石は、上着を羽織っとるだけでほとんど裸で脱ぎ捨てられた服は机の上に置いてある。
 そんで……

「いやぁっ、…アぁあっ」

 卑猥なピンク色したバイブが、尻の穴に埋め込まれとるみたいで、ヴヴヴヴヴッと異様な音を立てて、白石のナカを動き回っとるようやった。垂れるコードがいやらしい。

 喘ぐ白石は卑猥で。
 下半身に熱が集まっていくのを感じる。
 その興奮は、半年前感じたあの時のモンと全くおんなじモンで、心臓がドクドクと激しい音を立てた。

 目ぇ逸らさな、目ぇ逸らさな色々ヤバイのに、びっくりしたってのもあるけど、俺は白石に引き寄せられたみたいに視線を動かされへん。

「はぁ……っ、あぁアっ」

 白石は俺が見てんのも構わへんのか、激しく腰を振り、グチュグチュと水音を立てて自分の手でモノを扱いとって。
 俺からは見えへんけど、白石のモノは大きくなっとるんやろう。先走りがボタボタと垂れ、シーツの上に染みを作った。
 室内には青臭いにおいが充満し、白石の喘ぎ声といやらしい水音と、バイブの音だけが響く。

「ひやぁっ、あァンっ!」

 喘ぎ声が一層激しくなり、手の動きも素早くなって、

「もう……っ、もうアカン……っ! あぁっ! イくぅ……っ!!」

 白石は限界を訴え、体を震わせ言葉通りイった。白濁とした液が、シーツの上に飛び散る。

「はぁ……ぁ」

 荒い息を繰り返しながら、白石は疲れたように体をくたりとさせ、ゆっくりとした手つきでコードを引っ張り、バイブをナカから抜きとった。

 恍惚とした表情を浮かべてのろのろと体を起こし、俺の顔を捉えると、白石はフッと自嘲するみたいに笑った。
 その笑いで、俺は現実に引き戻される。

「……あーあ、見られてもうた」

 なんて言うたらいいか分からんくて、掛ける言葉を探しとったら、白石の方が先に口を開いて。
 つらつらとなんでもないことのように、世間話をするみたいに白石は喋り出した。

「おかしいやろ? 部室で何やってんねんって感じやんな……。正直俺も思うで、何やってんねんやろーって」

 白石は机の上に置いてたらしいタオルを取って、精液の着いた下半身拭き始める。

「でもな……しゃあないねん。こうでもせな、体が疼いて……しゃあないねんっ」

 ゴシゴシと体を擦る白石。

 黙って白石の話を聞いとった俺やけど、白石の白い肌が赤なってんのが見えて、

「白石、何やってんっ!」

 体が自然と動いとった。
 白石の腕を掴み、手の動きを止めさせる。
 俯せになってたから見えへんかったけど、よう見たら白石の肌は下半身を中心に荒れとって、赤く腫れとる箇所がいくつもあった。
 これは今日一日でなったことやない。毎日毎日、今みたいに擦って……こうなってしもたんや。
 多分この行為も……
 ようやく冷静になれて、なんでこんなことをて俺が聞くより先に、

「変やろ? ――あのストーカーに襲われてからなぁ……俺の体、おかしいねん」

 白石はそう言うて。
 笑ってるけど泣いてるみたいな、そんな表情を浮かべた。

「白石……」

 ――この光景を目の当たりにした時から、なんとなく、そんな気はしてた。
 白石の腕を掴む手の力が、自然と強なって、上着に皺が寄る。
 

「キモいよな、こんなん。男がケツにバイブ突っ込んで喜んどるなんか……。変なモン見せてもうてゴメンな」

 悲しそうに笑う白石に、そんなことあらへんて言ってやりたかったけど、普通の友達やったらなんて言ってやるんやろうて考えたら、言葉が出てこんかった。

「ホンマ、ごめん」

 白石はそれきり黙ってもうて、視線をシーツに落とした。白石が吐き出した精液が所々に飛び散っとる。
 平静を装っとるけど、白石はかなり動揺しとるように見えた。
 そりゃ……そうやんな。こんなこと、俺なんかに見られてんから。

「白石……ずっと、ずっとこんなこと……しとんのか?」

 黙っとっても始まらへん。俺は慎重に言葉を選んでからそう聞いた。
 白石はまた笑みを零して、

「……せやで? アイツに襲われてから……ずっと。最初は家で処理しとってんけど、俺の家女兄弟ばっかやろ? だんだんやりづらなかってきてな……。そんでみんなには悪いんやけど、部室借りることにしてん」

 やっぱりなんでもないことのようにそう言うた。

「自主練するとか言うときながら、こんなことシとるヤツやねん、俺は。あ、でも……練習の方も、これ終わったらちゃんとしてんねんで一応」
「……」
「最悪やんな、部長の俺が部室でオナニーなんか……。幻滅したやろ? 完璧でも聖書でもないねん。淫乱な……ただの変態やねん」

 饒舌に語る白石は不自然で、自分自身を罵倒する姿が痛々しい。

 ――そんで、俺は分かってしもた。薄々は気付いとったけど、確信持ってもう言える。
 白石が……ずっと悩んどることは間違いなくコレや。コレが、このことが、白石に偽りの自分を演じさせとった。
 白石を悩ませ、苦しめ、これほどまでに彼を追い詰めたのはこのことやったんや……。
 それに、体もボロボロやった。
 下半身の荒れた肌だけやない。ジャージの袖がめくれ、覗く手首は傷だらけで、腕も……引っ掻いたみたいな傷がいっぱいあった。それはいつも、包帯で隠してる方の腕で。包帯は机の上に巻かれて置かれてた。
 当たり前のことやけど人目を気にしとんのか、服着て見えへんとこばっかに傷があった。

 自身を言葉で傷付け、体をも傷付ける白石。

 白石の精神状態はもう計り知れんもんやろう……。

 こんな醜い俺でも、白石の為になんか出来ることはないやろか――。そんな考えだけが頭ん中を巡ってた。

「謙也、ホンマ勘忍やで。なんか取りに来たんやろ? 俺なんかほっといて、さっさと帰り」

 偽りの笑顔を貼付ける白石。
 白石の心情を考えたら、俺はもう帰っるべきやのに白石の腕を離せずにおる。

「け、謙也……?」

 腕を離そうとせぇへん俺を、白石は不安げに見つめてきた。

 ――親友やったら出来ひん、白石に、醜い感情を向けとる俺やからこそ、出来ること。

「白石……」
「………なに?」

 これしかない思た。

「俺に手伝わせてくれんかな? ――ヤるの」

 親友のフリして、白石を気遣う友達のフリして、俺は……そう口にした。

 ――これが間違った選択やったんか、そうやなかったんかはこの時点ではまだ分からへん。
 せやけど俺は、白石の負担を軽くしてやりたくて、ただその思いしかなかった。



end.
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