猫舌なキミへ









 ――白石と同居を始めて早九ヶ月。
 親はもちろん俺たちの関係を知らない訳で。同居を許してくれたのは、通っている大学の関係だった。
 学部こそ違うもの、俺と白石は同じ大学に進学。しかし家からかなり遠い為、マンションを借りようという話が持ち上がった。最初は俺一人、と考えていたようだが、白石の母親と俺の母親が何気なしに話した際、それなら俺と白石で一部屋を借りた方が家賃が浮くんじゃないかという話になったのだ。
 俺と白石からしてみれば願ってもない話だった。喰らいつくようにその話に乗り、すぐに入居の手続きを済ませた。
 俺と白石もバイトをしているから生活費はなんとかしろというものだったが、家賃を払わなくていい分、生活は楽だ。
 特別な贅沢をしなければ、生活が苦しくなることはない。
 ――親公認の同居。俺達の関係(そもそも言っていないから知らないはずだ)が認められた訳ではないが、堂々と二人で暮らすことが出来た。






 ――紺色のソファーに寝転がり、音楽番組を見ている白石。好きなアーティストが出るとかで、いつもなら俺にチャンネル権があるのに、『見たい見たい』と駄々をこねられ結局譲ってしまった。お陰でドラマが一回抜け、来週見た時話が繋がらないこと確実である。
 仕方ないので俺はダイニングテーブルの椅子に腰掛け、来週末までに仕上げなければならないレポートに手をつけた。ノートパソコンを開き、カチカチとキーホードを打っていく。
 そうした作業を続けている内に、喉が渇いてきた。暖房をつけているせいか、やたらと空気が乾燥している。
 ここまで打てたら……と区切りをつけ、そこに辿り着いたところで、俺は席を立った。
 すぐ後ろの台所に移動し、棚に入っているカップを手にした時、

「――謙也ー、俺にもいれてー」

 と言う、白石の声がした。
 見れば白石は、ソファーの背もたれに顔を乗せ、こちらを向いている。
 恐らく俺が後ろで動くのを察し、そう言ってきたのだろう。白石は自分も喉が渇いていたが動くのが面倒で、俺が動くのを待っていたように感じる。

「何がええ?」

 ついでで頼まれるのはいつものことなので、俺はもう一つカップを取り出すと白石にそう尋ねた。

「んー……カフェオレがええ。牛乳多めでな」
「はいはい、任せとき」
「頼んだで」

 用件を済ませると、白石はさっさとテレビの方を向いてしまった。
 ほんの少し淋しさを感じながら、俺は作業にかかる。サーバーの上にドリッパーをセットし、フィルタをかぶせて手慣れた手つきでコーヒーをいれ始めた。
 最初は速さにこだわる性格が災いして、豆をろくに蒸らさずお湯を注ぎ、まずいコーヒーを白石に飲ませてしまったものだが、今は違う。
 見事、白石の舌を唸らせることの出来る、コーヒーを完成させたのだ。
 今日もいい具合にコーヒーの色が出ている。
 俺はこのままカップにいれてコーヒーとして楽しむつもりだが、白石の要望はカフェオレなので、カップに牛乳を半分程度注ぎレンジで温めた。
 近頃白石はカフェオレにこっている。この間二人で行った、喫茶店で飲んだカフェオレがたいそう気に入ったらしく、好きになったそうだ。
 ピーッと電子音が鳴り響き、俺はレンジの中からカップを取り出す。
 普通カフェオレは、コーヒーと牛乳を同じ割合で入れるものなのだが、白石は『牛乳多め』と言っていたので、控えめにコーヒーを注いだ。
 そこへさらに、温めもしていない牛乳を少量注ぎ、スプーンで丁寧に掻き交ぜる。自分の分のコーヒーを入れると、白石の分も持ってソファーに近付いた。

「おおきに」

 白石は俺の気配に気付いたのか、身体を起こしソファーに座った。伸ばしてきた手にカップを差し出すと、さっさとレポートの続きをしてしまおうと思ったのに、

「謙也、一緒に見よや」

 座ったことにより空いた、自分の隣を指しながら白石が誘ってきた。
 ……乗らない訳がない。
 俺はカップを手に、ソファーへ腰掛けた。

「……なんやの白石。見たいとこ、もう終わったん?」
「あぁ、終わったで。……チャンネル変えるか?」

 白石が俺を呼んだ時点で感づいてはいたが……やはり少し、いや、だいぶ悲しい。
 白石からリモコンを受け取ると適当にチャンネルを回し、面白そうと思った番組で止めた。リモコンをソファーの前に設置されているローテーブルに置くと、俺はコーヒーを一口啜る。自分で言うのもなんだが、やっぱり美味しい。

「んーっ、やっぱり美味いわ。謙也のカフェオレ」

 白石からも絶賛の声が上がる。
 それを聞いたら、俺が抱いていた不満が全部吹っ飛んでいった。

「そりゃ白石に美味いモン飲ましたろー思て、色々研究したからな。美味ないと困るわ」
「それはどーも、ありがとーございます」
「なんで棒読みやねん」

 すかさず突っ込みを入れると、白石はけらけらと笑い声を立てる。

「それに謙也。俺が飲みやすいよう、温度調整してるやろ?」
「……」

 俺が冷たい牛乳を足す理由。
 それは猫舌な白石がすぐ飲めるよう、温度を下げる為だった。入れるところを見られた事なかったから、バレてないと思ったのに、流石白石というべきか。

「知ってたんか」
「なんとなく。謙也が俺の舌、火傷するようなモン飲ませる思えへんし」

 その自信はどこからやってくるのか……。
 嬉しいが、こう正面から言われるとほんの少し恥ずかしくて、俺は白石から目を反らす。
 白石はなんでもズバズバ、はっきりものを言う。その遠慮のない発言に、時に傷つき、時に喜び、まさに俺の気持ちを左右する魔法の言葉。

「俺、謙也のカフェオレめっちゃ好き」

 ほら、今だって。
 恥ずかしいのをごまかす為、俺はコーヒーをグビグビ飲む。

「ホンマ好きやねんで……」

 掠れた甘ったるい声を出し、俺の耳元で白石は囁く。あまりのエロさに俺はコーヒーを吹き掛けたが、危ういところでこれに堪え、飲み干した。
 白石は中身のなくなったカップを俺の手から奪い、自分の分と合わせてテーブルに置くと、体を密着させてくる。俺の首に手を回し、肩に顎も乗せてきた。
 ――あぁ、これはもう……

「……なぁ白石」
「ん?」
「もしかして……誘っとる?」

 白石がベタベタしてくる時はたいてい『シたい』のサイン。付き合い始めた頃は俺が恥ずかしくて言い出せず、白石に言われるままにされていたが、今は違う。
 白石と付き合い始めて、もう五年。ヘタレと言われる俺も、これぐらいは言えるようになった。
 俺が聞くと白石は意味深に笑って言う。

「そう思うんやったら襲うぐらいのことしいや、ボケ」

 ボケと言われるのは心外だが、事実だけに何も言えない。
 けど、このままって言うのもあまりに釈なので、俺は白石の体を離すとそのまま押し倒した。
 白石の顔を挟むように手をつき、俺は真っ直ぐ白石を見つめる。

「襲いとうて、しゃあないっちゅー話や……」

 ありのままを告げると、白石の手がスッと伸びてきて、その指先が俺の頬に触れた。

「ええで? このままシても」

 妖艶に微笑む白石。
 俺はゆっくり顔を近付け、白石にキスすると、先程飲んでいたカフェオレの味がした。



end.
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