もう二度と…
うしろを振り返ればの続きです。未読の方はこちらからどうぞ。


 白石がストーカーに襲われてから、半年が経った。

 俺達は三年になって、一年生の新入部員も入って……夏に行われる全国大会目指して、毎日練習に打ち込んどる。すごい一年と、九州で名をはせとった獅子学中からの転入生がやってきて、今年は優勝狙えるかもとみんな喜んでた。

 もちろん白石も、や。

 流石にあんなことがあったから、しばらくは俺らと一緒に帰っとったけど、三年になって部長としての重みが強なったんか……また残っとる。一人になったコートで、一人、ラケットを振っとった。

 みんなは――俺以外の全員が、白石はもう大丈夫やと思っとる。

 せやけど俺には分かる。
 白石をずっと見てきた俺には……分かってしもた。

 白石は大丈夫なんかやない。まだ、あのことを引きづっとる。傍目から分からんのは流石聖書いうたところか。襲われる前となんも変わらん、『以前』と同じ白石。前とちゃうところは、それが自然と出てきたモンやなくて白石が演じてるってとこや。
 俺らに見せる笑顔も、怒った顔も……白石の一挙一動がすべて偽りのモンに見えてしまう。全部……作りモンに見えてしもてしゃあないんや。

 そない思てても、俺にはどうすることも出来んかった。

 もしこのことを聞いたりしたら……白石はどないなってしまうか分からへん。
 俺らに心配かけまいとして、必死に自分を演じとるんや。それを壊したりしたら……そっからの白石とか想像出来ひんかった。

 ――それに、俺が白石を心配する資格とかなんかあらへんかった。

 俺は……白石が好きや。友達としてやなくて、恋愛対象として白石が好きやった……。
 正直一年の頃は白石が苦手で、あんま話すこともなかった。金髪で派手な俺と違て、白石はどっちかっていうたら間違いなく真面目系。勉強も、部活も率なくこなす。あぁ……天才っちゅーのはこういうヤツのことを指すんか……て、嫉妬心丸出しの感情でそんな風に思てた。せから気に喰わんかった。白石とはクラスも部活も一緒やったけど、ほとんど縁がないまんまに終わんかなて、そんな風にも思てた。

 それがどうや?
 たったひとつのことがきっかけで、俺が抱く白石のイメージは一気に変わった。
 確か……七月の、中間テスト後のことやったと思う。
 部活が終わったらさっさと他の一年部員らと帰った俺やけど、途中で携帯がないことに気づいて。部活前、メールチェックしたんを最後に携帯を見てへんから……あるとしたら部室や。携帯ないと色々不便やし、一緒に帰ってるヤツに詫びいれてから俺は学校に戻ることにした。
 先輩もほぼ俺らと一緒に帰っとったから、コートには誰もおらんと思ってた。

 せやのにそこには白石がおって……一人、ラケット振っとった。

 額から流れる汗を拭おうともせず、一生懸命ラケットを振る白石の姿がそこにはあった。ユニフォームがびっちり背中に張り付いとって、汗の量を物語る。

 その瞬間、俺は分かってしもた。

 白石は俺が思てるような天才やなくて、毎日みんなが帰った後、こうやって自主練を重ねて勝ち取ったモンなんやと。白石が、努力して掴んだモンなんやと気付かされた。

 俺は、たいした努力もせんと、ひがんどった自分が急に恥ずかしなってきた。そういえば俺らが帰る頃、おんなじように身支度する白石を見たことあらへん。
 声も掛けられんで、見取れたみたいに白石を見てたら、白石とバッチリ目が合うて。慌てて目ぇ反らしたけど、白石は俺に気付いたみたいでこっちにやってきた。白石とまともに喋ったんは、これが始めてやった。

 ――それからや。
 俺と白石が仲良うなったんは。
 白石は俺が思てたような固いヤツやなくて、なかなかおもろいヤツやった。まぁたまに思い付いたみたいに言う、ギャグは少々いただけへんけど……なにより一緒におって楽しかった。

 俺は当たり前のように、白石に惹かれてった。
 もちろん友達としてやなく、恋愛対象として、や。
 白石に抱く感情が、女の子を好きになるみたいな気持ちやって気付いたんは結構早かった。
 男が男を……なんて、普通に考えたらおかしいて認めたないけど、俺はそれを否定せんかった。
 白石を思う気持ちは本物や。それを無下に否定したりせぇへん。

 ……白石に『好きや』て言う気はさらさらなかった。

 白石とこうやっておれるだけで俺は十分やし、なによりも、この関係が壊れてまうことが怖かった。
 白石を、好きでいさせてもらうだけで俺は十分なんや。

 ――多分俺は、自分が白石に抱く感情が『キレイ』なモンやと、どっかで思ってたんやと思う。

 それが半年前の一件で……別のモンなんやと俺は思い知らされた。

 白石を襲ったあの男は……白石が好きやと喚いとった。白石くん白石くんて、何度も何度も白石の名前を呼んで……白石を、求めてた。すぐに分かった。この男は白石が好きなんやと。

 後から聞いた話やけど、アイツは何週間も前から白石をストーカーしとったらしい。
 白石のことがやっぱり好きで、それが爆発してしもたとも。

 やり方を間違えただけで、俺とあの男が白石に向ける感情は……まるで一緒やった。
 確かに、あの男のやり方は常軌を逸しとる。けど、白石を愛する感情には違いない。それを間違えただけや……。

 あの時、ぐちゃぐちゃになった裸の白石を見た時、俺におかしな感情がなかったと言えばそれは嘘になる。すぐにハッとなって、白石に覆いかぶさるあの男を殴りにかかったけど、間違いなく俺はあの時――興奮しとった。
 白石は犯されそうになって辛い思いをしたのに、俺はそんな白石を見て、確かに興奮したんや。
 怒りは覚えた。頭に血ぃ上って、白石をこんな目に合わせたあの男を殺したろと思た。白石がさらわれたとこを見た時は、頭が真っ白になってごっつい心配もした。

 せやけど、ベットの上でぐちゃぐちゃになってる白石は扇情的で……俺も、あんな風に犯してみたいと思てしもた。あの男と、おんなじことを思てしもたんや。
 そう考えだしたらあの男と自分が被ってもうて、それを打ち消すみたいに警官が抑えてくれるまで俺は拳を振るっとた。 
 白石に『醜い』感情を向けとる、自分自身を俺は殴っとったんや。

 俺は最悪や。
 白石を好きやと思てながら、こんな『醜い』感情を、知らず知らずの内ずっと抱いとったんや。
 それがこの一件で、たまたま出てきただけ。

 俺は……ホンマに最低や……。

 俺はそんな気持ちを誤魔化すみたいに、白石を強く抱きしめて。溢れ出てきそうな感情を押し殺した。

 ――俺は自分が許されへん。

 想うだけなら、白石に恋い焦がれるだけなら自由や思てた。けど、それは大きな間違いで……この想いは許されへんモノやった。

 白石に触れたい。
 白石とキスしたい。
 白石を……抱きたい。

 無意識に押し殺しとったんやろか、気付いてしもたら溢れてくるばっかりで、どんどん膨らんでく。

 あの男もこんな気持ちやったんやろか。嫌やのに、分かりたくないのに、ストーカーの気持ちが分かってまう。

 こんな『醜い』想いを抱えとる俺が、白石の側におる資格はない。
 あの男とおんなじようなこと思とる俺が、白石を心配する資格なんかないんや……。

 俺は、『醜い』。

 白石の側におったら、俺はいつかあの男みたいに爆発してまいそうで怖い……っ。
 あの男のように白石を押し倒し、自分の欲をぶちまけてしまうんやないかって、そればっかり思ってまう。
 俺は白石の側におったらアカンのや。
 相応しくない。多分、いや絶対白石を傷付けてまう。それだけは、白石を傷つけることだけはしたなかった。






「――じゃあ、今日はここまで。みんな、お疲れさん」

 柔和な笑みを浮かべた白石のこの言葉を合図に、今日の活動は終わりを迎える。
 白石を中心に集まった俺達部員は、お疲れ様でしたと声を揃え、各々解散していった。
 三年は雑談を交わしながら水飲みに行ったり部室向かったり、一、二年は片付けがあるから各コートに散って、ボールやら得点板やら用具を直し始める。
 そん中で一つだけ後輩が向かわへんコートがあって。ここはいっつも白石が自主練に使っとるコートやから、後輩も分かっとるみたいで片付けようとせぇへん。
 白石がが片付けんでえぇって自主練再開させた時に後輩に言うとったから、白石が片付けてくれって言うまで後輩は動かへんやろう。

 片付けられることのないコート。
 それは白石が今日も自主練することを示しとる。

 いつものことやけど、白石の『偽り』に気付くことなく、雑談を交わしながらみんな部室に向かって行く。白石も自分をごまかしながら、同じように部室に向かって……俺はその背中を追った。
 ふと見えた、白石の左腕に巻かれた包帯。毒手やとか言うて金ちゃんを脅かす為に使っとるけど、ホンマはあの時……ついた手首の傷跡を隠す為に巻いとるんやと俺は思っとる。右手首にはリストバンドがつけられとって、白石は手首を絶対見せようとせぇへん。

 白石は隠しごとが多すぎる。
 少しぐらい相談してくれたってええのに、白石は一人でなんでも抱え込みすぎるんや。
 弱いとこを、絶対人に見せへん。

 ……あんなことがあったから、ちょっとはマシになると思た。
 もしかしたら白石もその気やったんかもしれん。なんかあったら、俺達に相談する気やったんかもしれん。
 せやけど後輩が増えたことや、三年最後の大会が近付いてることなんかが、白石の、部長としての重みをおっきくして……話せんようにしてる気がした。
 なんでも、一人で抱え込む。

 『完璧』を、『聖書』と呼ばれる自分を演じる白石。

 俺にはもう、そんな白石を見守ることしか出来ひん……っ。
 一緒におったら、俺はもっと白石を追い詰めてまう。それだけはしたなかった……。

「――謙也くん、どうかしたの?」
「えっ」

 後ろから小春に話しかけられて、びっくりした俺は振り返った。

「何か考え事? 眉間に皺、寄ってるわよ?」

 小春は自分の眉間を指差して、ニコリと微笑む。俺は自分の眉間を触って、あ…と声を漏らした。
 俺は考えてることがすぐ顔に出るらしいから、無意識の内に難しい顔してたようで、小春に心配されてしもた。
 小春なら心よう聞いてくれるとは思うけど、話が内容が内容なだけに言いづらい。ハハハと乾いとったけど笑ってごまかして、俺はなんでもあらへんと言った。

「そう? それならいいんだけど……」
「うん、ホンマになんでもあらへん。ちょっとな、今日の晩飯なんやろと考えててん」

 うわ、自分で言っときながらアホ丸出しやろ俺……。
 案の定、

「謙也お前アホやろー!」

 小春の隣にちゃっかりおったユウジにアホ呼ばわりされて。
 確かに俺もアホやと思ったけど、

「うっさいわボケっ!」

 と反論しておいた。






 制服に着替え、帰り支度を済ませて次々にいなくなっていく部員達。片付けに行ってた一、二年も既に戻ってきとって、喋りながら早々に着替えを始めとった。

「――それじゃあ蔵リン、また明日ねっ」
「またな蔵ノ介っ!」

 部誌を書いとる白石にそう言うた後、小春と腕を組もうとしたユウジの手が見事払われて、涙目になりながら先に出てった小春を追い掛けてユウジは部室を出てった。そんな二人の様子に白石は苦笑しながら、再びシャーペンを動かす。でもさよならって言葉が聞こえたら、白石は必ず顔を上げて、また明日なってみんなにそう言うた。

 それから、

「……また明日な、白石」
「おー、謙也。また明日」

 白石はこんな俺にも……言葉と、笑顔をくれる。
 作りモンやったとしても、白石の笑顔はやっぱり綺麗で。心臓をわしづかまれたみたいに胸がギュッてなる。俺はドクドクと鼓動を繰り返す心臓を軽く抑えながら、俺は部室を出てった。






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