ごみ3

「――忍足くん」
 後ろからそう声をかけられ、彼――忍足 謙也は立ち止まり、振り返った。
 視線の先には二人の女子生徒がいて。名前は知らないが、隣のクラスの女子だということを謙也は思い出す。
 二人はそそくさと謙也に近づいてき、
「あの、コレ……」
 二人のうち一人、ショートカットの女子が謙也に一枚の封筒を差し出した。それは誰が見てもラブレターというヤツで。
 謙也は一瞬ぎょっとしたが、
「白石くんに渡して欲しいんやけど……」
 その言葉を聞いて納得した。
 謙也自身、貰ったことがない訳ではないが、「渡してほしい」と頼まれることの方が圧倒的に多い。それは謙也の人柄からくるものと、渡す相手がいつも同じ――白石蔵ノ介だからだった。
 謙也は困ったような笑みを浮かべ、
「えっと……こーゆうんは、自分で渡した方がええんとちゃう? その方が想いも伝わるやろし……」
 遠回しに断ろうとする。
 ――正直言ってうんざりしていた。
 何が嬉しくてこんなことをしなければいけないのか――全く分からない。
「それができひんから頼んでんねんやろ……」
 呟くように言った彼女の弱々しい言葉と裏腹に、力が込められたのか、手紙に皺が寄る。
 彼女の言っていることは分かる。でなければ自分に頼んだりしないだろう。
「お願い忍足くん! 渡してくれるだけでええから!」
 手紙を謙也に、突き出すような形をとって、ショートカットの女子は頭を下げた。
「え……っ!? ちょお……」
 ここまでされると思っていなかった謙也はその行動に少々焦る。
 さらに「私からもお願い!」と言って、彼女に付き添うようにいた、おそらく彼女の友人であろうもう一人の女子も頭を下げてきた。
 もともと気のいい性格から、頼み事はだいたい引き受けてしまう性だ。おまけにそれが女子からの頼みとなれば、ますます断りづらくなるというもので、
「わ、分かった……白石に渡すわ……」
 断ろうと思っていても、結局最後は引き受ける。
 女子生徒二人はパッと顔を輝かせ、声を揃えて「ありがとう」と口にする。嬉しそうに笑う彼女らと正反対に、謙也は苦笑いを零すしかなかった。
 謙也は渡された手紙を学ランのポケットに入れ、キャピキャピ声を上げてはしゃぐ二人の背中を見送る。
 二人の背中が完全に見えなくなると手紙を取り出し、『白石くんへ』とかわいらしく書かれた字を見てため息をつくのだった。






「――どないしたん謙也。元気ないやん?」
 この前の席替えで白石と謙也は前後となり、謙也が席につくなり白石は体を後ろに向けた。
「そ、そぉか?」
「めちゃめちゃ疲れた顔してんで」
 言いながら白石は、持っていたシャーペンで謙也の額をおかしそうにつつく。白石のその行動に、謙也は少しムッとして欝陶しそうにそのシャーペンを払った。
「人がせっかく心配したってんのに、失礼なやっちゃな」
 謙也の悩みのタネが、自分だと知らない白石はニヤニヤと笑う。そんな彼を恨めしく思いながら、謙也はポケットに手を入れ例の手紙を触った。
 取り出す一歩前で、手が止まる。
「余計なお世話やボケ」
 全てから目を背けるかのように、謙也は白石から目を反らした。同時にポケットからから出てくる手。その手には、何も握られていない。
 ――謙也が白石に抱く感情。
 それは『友情』ではなかった。
 親同士仲が良く、幼い頃からよく遊んでいた二人。学区が違った為、小学校こそ違ったがそれでも関係は変わらず、まさに『親友』という言葉がぴったりな間柄だった。
 しかしそう『見える』だけであって、謙也が内に秘める感情は180度違っていた。
 ――白石が好き。
 謙也は白石を、恋愛対象として見ているた。
 いつからだったかは覚えていない。
 気付いたら謙也は、白石のことが好きだった。
 男が男を……
 この感情が間違ったものだということは理解している。だから好きでもない女の子と付き合って、断ち切ろうとしたが、結局は無理だった。
 想いの全てが、白石に向いてしまう。
 それほどに謙也は、白石のことが好きだった。
 だが、想いを伝える気はない。
 そんなことをすれば、白石を困らせてしまうこと間違いないし、なにより今の関係を壊したくなかった。
「――ボケて……俺がボケやったらお前は間違いなくアホやな」
 アーホと言って、再び白石は謙也の頭をつついた。
「……」
 しかし謙也が何の反応も示さずにいると白石は飽きたのか、面白くなさそうな顔して前を向いてしまった。
 視線を元に戻し、謙也は白石の背中を見つめる。ぼんやり眺めていると、白石は右手で頬杖をついて左手でシャーペンを持ち直し、カリカリと何かを書き始めた。
 おそらく学校新聞で連載している、小説の原稿を書いているのだろうと謙也は思った。〆切りがどうだの、白石が話していたのは記憶に新しい。
 訳の分からない小説だが、白石が『書いたもの』だと思うと何故か全部読めてしまうし、新聞を捨てることも出来なかった。意味もなく机の引き出しにたまっていく学校新聞。それは日に日に、無意味に募っていく、白石への想いを表しているようだった。
 その後しばらくして授業が始まったが、苦手な世界史だったこともあってか、謙也の耳は右から左という感じだった。






 結局手紙を渡せずじまいのまま、部活を迎えてしまった。
「――何ぼぉーっとしとうねんっ!」
 練習中、ボールが何度も謙也の横を通り過ぎ、部長である白石の声が何度響いたことだろうか。
 それほどに謙也はぼーっとしていた。
 いつ、どのタイミングで手紙を渡そうか、必死に彼は考えていた。本当なら握り潰したいところだが、そんなことをすれば自分の人格を疑われる。








連載用に考えてました。
この後、結局白石にラブレターを渡して、健也が自分の気持ちを抑えきれなくなって暴走。嫌だと泣き叫ぶ白石を無理矢理抱くんですね。白石はあくまで謙也を親友と見ていたので、当然ながらこの件があって以来謙也を避ける……というお話が書きたかったんです。つまりは謙也の熱い気持ちに白石がだんだん絆されて、好きになっていくというお話です。
しかし謙也があまりに身勝手になること間違いなしだったので……ここで力尽きました。私には書けなかったのです。



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