ごみ2


「――あーもー、分からへんっ!」

 テスト一週間前を迎えた今日。
 三年ということもあり、危機感を感じ始めた俺は、白石に頼んで放課後の教室で勉強を見てもらっていた。
 英語や数学は基本を理解していれば、そこから発展させて問題を解いていけるのだが、苦手な世界史はそういう訳にはいかない。
 国ごとにやっていることが違うから、分かりやすいよう教科書では別々に纏めているのに、いざ年表を開いてみれば、ばらばらに習ったことが実は同じ年代だったりする。まぁそれは常識的に考えれば当然だ。教科書内でこの国にスポットライトが当たっているからといって、他の国の時間が止まっているなんてことはない。同じように時が流れている。
 それが俺の中でいまいち繋がらず、分からないまま放置しているのが現状だ。 その他にも世界史が苦手な理由として、横文字――つまりはカタカナに馴染めず、単語を覚えられないというのもある。だいたい日本人なのだから、世界史よりも日本史を重点的に学んだ方がいいように思う。
 そのことを白石に言ったら、

『そんなん屁理屈やん』

 と、一蹴されてしまった。

 う〜っと低い唸り声を上げながら、俺は机に突っ伏す。一つ一つ単語を覚えようにも、積み上げていけばそれが頭の中でぐちゃぐちゃになって、段々と分からなくなってくる。苦手とはこういうものかと、改めて思い知らされた。

「何やってんねん」

 そんな俺を見て、白石は容赦なく丸めた教科書で頭を叩いてきた。パンッなんかじゃなくて、バンッとおもいっきり。
 少し涙目になって、俺は直ぐさま顔を上げる。

「俺がわざわざ残って教えたってんのに、なんやねんお前は」

 そこには眉間に皺を寄せ、明らかに怒っているだろう白石の顔が。
 もっとも過ぎて、俺には謝罪の言葉しか出てこない。

「すまん白石……」

 素直に謝れば、白石の眉間の皺はスッと消えて。今度は呆れたようにため息を吐いた。

「……謙也は焦りすぎやねん。世界史とかこういう暗記系は、一個ずつゆっくり覚えったらええ。面倒臭がらんと分かるまでやってったら、絶対出来るはずや」
「……」

 と、言われましても。
 白石は世界史が苦手……というか、それ以前に苦手教科がないからそんなことが言えるんだと、俺は思わずにはいられなかった。
 俺がまだ渋い顔をしていると、白石は再びため息を吐いて。顎の下へ手を持っていき、『考える』仕草を取る。
 なんだろうとしばらく白石を眺めていると、何か思いついたように顔を輝かせ俺の方を見て意味深に笑った。
 その何かありすぎる笑みに、嫌な――いや、絶対何かあると思い、恐る恐る俺は尋ねてみる。

「……どないしたん白石」
「めちゃくちゃえぇこと思いついてん」

 それは白石にとって『いいこと』であっても、俺にとって『いいこと』であるとは限らない。ドキドキしながら、白石の次の言葉を待つ。

「名付けて『馬に人参』作戦」

 口角を上げ、ニコリと可愛いらしく笑う白石。
 その笑みに、俺は別の意味でドキリとした。
 しかしその笑顔とは裏腹に、

「――今度の世界史のテスト、60点以下やったら、一週間俺にお触り禁止な」
「な……っ!?」

 白石が口にしたのは、俺にとってはやはり……『いいこと』ではなかった。
 一週間、白石にお触り禁止?
 ……冗談じゃない。一週間も白石に触れないなんて、俺には堪えられない。地獄と同じだ。
 ならば白石の条件を、世界史で60点以上を取ればいいだけの話だが、俺にはその60点の壁をこれまで越えられた試しがない。他の教科なら話は別だが、世界史だけは無理だった。白石はそのことを知っていて、こんなことを言ってきたのは間違いなかった。
 口にしたことは必ず実行する白石のことだ。今ここでやめてくれるよう頼まなければ、俺に未来はない。

「お触り禁止てそんなん無理っ! 絶対無理っ! 一週間白石に触られへんとか、俺堪えられへん!」

 必死に訴える俺を、白石は待ちぃやと宥める。

「俺は『馬に人参』や言うた筈やで? 要するに自分にええ点とって貰いたいねん。せやから――」

 白石は先程まで目を通していた教科書をパタンと閉じ、

「もし謙也が80点以上取れたら……『ご褒美』やるわ」

 目を細め、心底面白そうに言った。

「ご、褒美……?」
「せや。謙也が喜びそうなこと一つしたる。俺が言うんやから、自分絶対喜ぶで?」

 その自信は一体どこからくるんだろうか……。
 愉快そうに笑みを浮かべ、自信満々に口にする白石。その笑顔から察するに、コロコロと変わる俺の態度を見て、楽しんでることは間違いなかった。
 しかし白石が言う『俺の絶対喜ぶこと』というのは少し気になる……いや、少しどころか、かなり気になる……。
 あの白石がこれほどまで自信たっぷりに言うのだ。彼の言う通り、俺は喜んで、がっかりするようなことはおそらくない。
 そもそも俺が喜ぶことって何だ?
 白石が俺の傍にいてくれること事態、俺にとっての『喜び』だから、もちろんそれ以上のことをしてくれるということだろう。
 しばし考え、脳裏に浮かんだ妄想と呼ぶに相応しい想像に、俺の顔は赤く染まっていく。
 ……白石の痴態を想像して、全身の熱が上がっていくのを感じた。

「謙也、顔真っ赤やで?」

 顔の赤くなった俺を見て、クスクスと笑い声を立てる白石。勘のいい彼のことだ。俺が何を想像して、顔を赤くしたのか分かってる。

「うっさいわアホっ!」

 恥ずかしくて、赤くなった頬を俺は手で覆った。してから気付いた。どこの乙女だ、俺は。

「もちろん、やらしいこともいっぱいしてくれてええねんで?」

 指の隙間から見えた白石は、頬杖をついて妖艶に微笑んでいた。俺の反応に満足しているだろうことは、容易に想像出来る。

「あ、でも、60点から79点まではなんもなしやで? この辺の点数て、ええんか悪いんかよぅ分からんし、中途半端な気ぃして好きちゃうねんな……」

 普通の奴からしたら十分高得点だが、優等生である白石から見ればあまりよくないらしい。
 まぁ成績の5段階評価でも、だいたい4がつくラインだから、良いと言えば良いが、微妙といえば微妙だ。

「で、どうすんの。この話乗る? それともやめとく?」

 ……聞かなくても分かってる癖に。
 白石は分かってることでも、わざと惚けて俺に言わせようとする傾向がある。
 意地が悪いといえば全くその通りなのだが、白石いわく『言ってもろた方が嬉しい』らしいので、俺は毎回上手く乗せられていた。
 そして今回も……
 俺は顔を覆っていた手を下ろすと、白石の目をじっと見つめ、

「乗るに……決まっとるやろっ!」

 恥ずかしながらもそう告げた。
 ――その瞬間、俺の世界史に対する考え方が変わった。






 白石の『馬に人参』作戦は大成功で、俺に絶大な効果を発揮していた。
 今回は白石に頼んだりしたが、いつもは他の教科優先で、後回し……というか、やっても点数が取れないから、前日に教科書を読む程度なのに、前日どころか白石に『乗る』と言ったその日から世界史のテスト勉強を開始した。もちろん、他の教科も抜かりなく。世界史が高得点だったとしても、他の教科が悪ければ白石に『なし』と言われるかもしれない。そんな考えからだった。
 見たいテレビも我慢し、白石のご褒美だけを夢見て、俺は勉強に取り組んだ。その光景はやはり異様だったらしく、家族に『大丈夫か』と心配される程だった。
 学校でも時間さえあれば教科書を開いていたので、ここでもまた『大丈夫か』とクラスメートに心配された。しかも俺が苦手だと公言している世界史だったから尚更だ。
 クラスメートにからかわれる俺を見て、白石は笑っていた。
 白石はテスト前でも関係なく、俺を誘ってセックスに持ち込もうとするのだが、今回はそれがない。白石に触れたり、キスは毎日のようにしているが、そんな雰囲気になることが一度もなかった。
 どうやら白石は『来たるべき日』まで、取っておこうという考えらしい。

 ――そんな感じで迎えたテスト当日。
 定期テストは三日に分けて行われ、今回はその二日目に問題の世界史が入っていた。
 一日目は得意の英語と数学だったので楽々とこなし、二日目の国語の後、世界史に全力でぶつかった。
 一生分の勉強をしたんじゃないかってぐらい頑張り、挑んだ世界史は、自分でも不思議なぐらいペンが進んだ。
 ……分からない問題がない。
 一度もペンが止まることなく問題を全て解き、時間があったので見直しまで念入りにした。
 テスト後、白石に『どやった?』と聞かれ、自信はあるが結果はまだ分からないので、ここは謙虚に『出来たとは思うやけどな……』と言っておいた。しかし白石は、俺の気持ちを見透かしているような気がした。

 そしてとうとう……

「この前のテスト返してくから、出席番号順に取りにきてなー」

 テスト返却の日がやってきた。
 この日を、この時間を、俺はどれほど待ったことか。
 テストはだいたい、その教科の最初の授業で返される。

 俺は出席番号が5だから、当然ながら名前を呼ばれるのが早く、テストを取りに行く体制をとる。もしかしてミスがあったんじゃないかとか、あの問題の答えはあれであってるかとか、様々な不安が沸き起こり俺の心拍数を上げていく。

「忍足ー」

 自分の名前が呼ばれた瞬間、バクバク言っていた心臓が一際大きく跳ねた。
 3番の奴が呼ばれた時点で、先生の立つ教卓付近に既に控えていた俺は、手を伸ばしテストを受け取る。点数が見えないよう、先生はテストを軽く二つに折って渡すので、俺はそのままの状態で自分の席につき、一気に開いた。

「……!」

 目にした点数に、俺は思わず――ガッツポーズを取っていた。
 ……87点。
 白石が言った点数を、7点も上回った。それは同時に、白石からの『ご褒美』が貰える、ということを意味している。

「――その様子やと、よかったみたいやな」

 頭はフワフワ状態で、いつの間にか授業は終わっていたらしく、白石はニヤニヤしながら俺の席にやってきた。

「おうっ! 見てやコレ、87点やで!」
 机の上に置いていたテストを俺は白石に見せる。

「すごいやないか謙也。87点て……よう頑張ったなぁ」

 白石は自分のことみたいに喜んでくれ、俺はなんだか照れ臭くなった。

「ホンマすごいで謙也」
「まぁ……頑張ったからな」

 






流れに入るまでの文があまりに長くて没に。
私、謙也と同じで世界史が苦手だったので……なんかそのことについて語ってる感が出てる気がします。
ちなみに白石くんのご褒美というのは裸エプロンでした(笑)
これが書きたいがためにこれを書き始めたのに、なかなかそのシーンに入れず、その内に飽きちゃったんですね要するに。
裸エプロンは私の永遠の夢なので、いつか絶対、書いてみたいです!
白石は肌が白いので、黒のフリルのついたエプロンとかマジで似合うと思う……

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