「さ……さよか」

 謙也はなんでか分からんけど、安心したみたいに肩下ろして小さく呟く。
 ちょっと気になったけど、俺はひとまず置いて話を進めた。

「それに俺、コンビニで買いたいモンあんねん」

 別に嘘とかそんなんやなくて、裂けるチーズが久しぶりに食べたい気分やったからそう言うた。

「せやからあの辺で待っててくれたらありがたいねんけど……?」

 謙也はここで待っとくて言おうとして口開いたんやろうけど、

「謙也、白石の言う通りにしよ。俺も出たばっかの雑誌とか読みたいし、ちょうどええやろ」

 流石副部長言うべきか……俺の気持ち汲んでくれた健二郎が謙也を諭す。その証拠に健二郎は俺の方見て、ニコッと笑った。

「そうですよ謙也さん。小石川先輩の言う通り行きましょ。それに俺らここおったら部長やりづらいかもしれへんし」

 この後輩もなかなか鋭い。
 的確な言葉、ありがとう。

 謙也は渋々って感じやったけど、鞄手に取って、

「待ってるからな白石っ!」

 部室から出ていった。
 他のみんなも『ゆっくりでええからな』とか、『本読んでるんで遅めでええですよ』とか、なんやかんやで俺に気ぃ遣いながら出てった。

 静かになった部室で、俺は一人息吐いて。
 久しぶりに、みんなと帰れる帰路に心踊らせ、俺はシャーペンを動かした。
 こん時の俺は、ストーカーはおらへんから大丈夫、自主練が終わるあの時間に現れるから大丈夫……そう、思い込んどった。

 ――部誌を書き終え、着替えて鍵閉めて。
 部誌と鍵を届けに行かなアカンから職員室行ったのに、あの不精髭おりやがらへん。しゃあないから顧問の机ん上に置いて周りにおった先生に『置いときます』て伝言頼んで、俺は帰るっちゅーか、みんなところに行くことにした。
 校舎から出、見えた空はまだ明るくて。自主練して帰る時は、いつも真っ暗やからなんや新鮮やった。
 まだ運動場で練習しとる野球部……なんかな? 何言うてんのか分からんけど、その声を聞きながら校門を抜けてコンビニに向かおうとした――その時、

「っ!」

 突然背後から腕を掴まれ、ものすごい力で引っ張られた。どんっと背中がぶつかったのは俺の腕を掴んだ人物。

 すぐに……一瞬で分かってしもた。

 コイツは多分、いや……絶対、絶対にあのストーカーや……っ!

 なんでっ
 なんでおんねんっ!

 そんなん考えてる暇ものうて、俺は必死にストーカーの手を振りほどこうとする。せやけど思てた以上にストーカーの力は強うて、振りほどくことが出来ひん。
 助けを求めたくて叫びとうても、恐怖で声が出えへん。

 焦ったんがアカンかったんか、ストーカーのもう一本の手が伸びてきて腕んとこで体を押さえつけられ、手で口を塞がれた。
 その手にはハンカチが添えられとって、布の感触がする。

「んっ、んんーっ!」

 塞がれたことによりなんとかせなって気持ちが勝って、声は出るようになったけど、ハンカチで押さえられとるから明確な音にならへん。
 俺はストーカーの腕ん中でしばらく抵抗を続けとったけど、だんだん意識が薄れていくんを感じた。
 そう、睡魔が襲ってきた時みたいなあのウトウト感が……。
 まさかて思った時にはもう遅うて、俺は吸い過ぎてた。
 襲い掛かってくる眠気には勝てんで、だんだん力が入らんようなった俺はストーカーの思うままで。体を引きづられ、車の中に寝かされる。
 寝たくないのに、寝たら終わりかもしれんのに、俺の意識はそこで――ブツリと途絶えた。

 朦朧とする意識の中、俺の名を呼ぶ謙也の声が聞こえたんは気のせいやったんやろか……。






「――……ぅっ」

 ガサッと誰かが動く音で、俺の意識は虚ろやが覚醒した。目開けてもほとんど真っ暗で、わずかな光しか感じひん。布かなんかが巻かれてるみたいや。
 体を動かそうとしても縛られてるみたいで、両手両足が動かされへん。チャリ…ッと金属の鳴る音がし、伝わる感触から手錠かなんかが鎖に繋がっとて、それが動かされへんなんかに引っ掛けられとるっちゅーとこやろか。両手両足に金属の冷たい感触がする。背中に感じる感触から寝かされとるんは、布団の上。厚みからベットな気がする。知らん人間の臭いがした。
 それでもなんとかならんかと体を動かしとったら、

「おはよう『白石』くん」

 男の声がして、体がビクッて反応した。
 誰なんて言わんでも分かる。
 ……ストーカーや。
 ねっとりとした粘着質のある喋り方で、気持ち悪うて寒気が走る。
 それと、なんで俺の名前知ってんねん……っ。調べたんかコイツ……っ!

「いや〜、起きてくれてよかったよ。じゃないと僕、我慢出来なくなって勝手に始めちゃうとこだったんだからさ……」

 ストーカーは嬉しそうに声を弾ませ訳の分からないことを口にし、がさついた手で俺の頬に触れてきた。
 ストーカーの息が吹きかかる距離。
 気色悪い、やめて欲しい、離れてや……っ

「白石くんってホント色白いね……。テニス部なのにこれだけ色が白いって、日に焼けにくい体質なのかな?」

 ホント綺麗だな……と言いながら、ストーカーの手は俺の体のあちこちを触る。
 恐怖で引き攣ってた口やけど、ストーカーのあまりの行動に我慢出来んで、

「……アンタ、ずっと俺を付け回しとったヤツやろ……っ、なんやねん……なんで俺にこんな……っ」

 声は震えとったけど、俺は意を決して口を開いた。
 視界が塞がれてる分、ストーカーがどんなヤツで次何をしようとしてるか分からんから、恐怖が増す。
 その代わり触覚やら聴覚が冴え渡っとって、ストーカーがニタニタと嫌らしく笑うのが空気で分かった。

「そんなの、決まってるじゃない。キミのことが……『好き』だからだよ……」
「っ!」

 好き……やて?
 何を言うとんのやコイツは……。
 驚く俺をよそに、ストーカーは語り始めた。

「最初は……見てるだけでよかったんだ。仕事帰りに偶然見かけて、キミの美しさに僕は心奪われてしまった。男だとかそんなのは関係ない。僕にとってキミは『最高の存在』になったんだよ。
それからは……キミの虜さ。キミを見れると思って毎日キミの学校へ行ったよ。学校は制服ですぐ分かったからね。キミはテニス部の部長で、みんなが帰った後もいつも練習してた。頑張り屋なキミに僕はさらに惹かれてしまった……キミを知れば知る程、僕はキミを……見ているだけでは満足出来なくなったんだ。今よりももっと、キミのことを知りたくなった。その欲求は日に日に抑えられないものになって、キミのことを追い回すようになった。校門とところで待っていればキミに会える……そう思って二時間待ったこともあったよ。いやぁ、懐かしいなぁ。
悪いことをしてるとは思ったよ。だけどキミがいけないんだ。キミが僕を狂わせる。キミの魅力が僕を惹きつけて離さない。離さないんだ……っ」
「……」

 ストーカーの、まるで俺が悪いみたいな口ぶりにおかしいと思わずにはいられへん。気色悪い。
 男は興奮しとんのか、段々声が荒くなっとった。

「我慢出来ないんだ……っ。キミが僕に対して、恐怖の念を抱いてるのはすぐに分かった。ゴメンね、本当にゴメン。分かってるけど自分を抑えられない。もう限界なんだ……。
だからこうさせてもらった。
キミが欲しくて、欲しくて堪らないんだよ……。キミがいつ出てきてもいいように、三時間前からずっと待ってたんだ。今日という日に決めていたからね。白石くん、僕はキミが好きなんだ……」

 その言動全てにびっくりして言葉失っとたら、ストーカーが動く気配して、

「……っ!」

 唇に何か、押し当てられた。
 それは最初ざらついとったけど、はぁと鼻から抜けるようなストーカーの声を間近に感じて……その瞬間分かってしもた。
 首を振って暴れてみたけど、顔を両手で挟まれて逃れることが出来ひん。
 ねっとりした何かが無理矢理俺の唇をこじ開け中に入ってきて、俺は躊躇いなく思いっきりそれを噛んだ。
 それはすぐ俺の口から退散してって、ストーカーは苦しげに声を漏らした。

「痛いじゃないか……白石くん……」

 薄気味悪い笑い声を含みながら、ストーカーはそう口にする。
 ――俺は今、ストーカーにキスされた。
 舌を入れられ、動き回ろうとしたところを噛んでやったのだ。
 気持ち悪さに吐き気がし、目頭が熱なってきた。涙が溢れてきそうなんをグッと堪えて、知りたくなくても分かってしもたことを俺は聞く。

「アンタ……俺をどうするつもりやねん……っ」

 否定して欲しい。
 否定してくれたら少しはマシやのに、そんな夢みたいな話は、

「僕はキミを――犯したいんだ」

 ある筈がなかった。

 体に伝わる感触から学ランは脱がされとるみたいで、ストーカーは俺のシャツのボタンにそっと指で触れる。それを一つずつ外してって前を開けられ、中に着とった下着をたくし上げられた。肌が直接空気に触れる。

「……い、やや……いややぁっ、いやや、いややいややいややっ!」

 体を必死に動かし、狂ったみたいに俺は声を上げ続ける。嫌や……絶対に嫌や……っ

「ははっ、照れなくてもいいんだよ白石くん。すぐ気持ちよくしてあげるから……」

 ストーカーは喚く俺をよそに脇腹に手を添え、

「白石くんのココ……綺麗なピンク色してるね……」
「……っ」

 ぺちゃっと濡れた音を立てて、舌を這わせ俺の乳首をしゃぶり始めた。舐めるだけやなくて、赤ん坊が母乳を吸うみたいにちゅーちゅー吸い付いてきて……

「っ、……ぁっ」

 変や。こんなんおかしい……っ
 俺は男で、こんなとこ舐められて気持ち悪いのに、気持ち悪い筈やのに……なんでか気持ちいい。
 出したくないのに俺の口からは甘い声が漏れて、ストーカーの口での愛撫に、俺の体は間違いなく感じとった。視界が塞がれとる分、余計感じる。

 これじゃあストーカーの思うままや。
 そんなん、

「や、めろやっ!」

 俺は嫌や……っ!

「う……っ」

 鎖が長かったんか、かろうじて動かせた足で、ストーカーの体をおもいっきり叩いたった。
 ストーカーは低い声て小さく呻き、俺から離れていく気配がした。
 それでも、鎖で繋がれとるから逃げることは出来んくて、跡が残るんやないってぐらい無我夢中で体捻っとったら、

「ダメだよ……白石くん。こんなことしちゃあ……」

 ストーカーがまた近付いてきて……

「僕だって怒っちゃうよ……」

 ピタリと首筋に鋭いモノがあてられんのを感じて、俺の動きが止まった。

「……っ」
「僕だって『コンナモノ』は使いたくないんだよ……でも白石くんが暴れるからいけないんだ……」

 暴れたくても、暴れれんようになった。恐怖で体が強張る。

「暴れちゃダメだよ……じゃないと僕は……愛しいキミを傷付けかねない……」

 俺を好きだとかワケの分からんことを言って、誘拐までするようなヤツだ。コイツならやりかねないと本気で思った。

 俺の首筋に、おそらく刃物が突き付けられとる。

 恐怖が……俺の体を拘束した。

「いい子だね……白石くん……」

 俺の頭を撫でて刃物は離れてったけど、次暴れたりしたら本気で殺られかねへん。
 こんなとこで死ぬのだけは勘弁だった。
 俺は……大人しくすることに決めた。そうするしかなかった。







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